Let's go!京都 day4
4日目は、二度目の自由行動日。先生が、あまり修学旅行生が訪れないような隠れた名所などを案内してくれた。……それはもう見事なガイドで。先生って、数学教師なのに日本史も専攻してたんだろうか? と思えるくらい。
贅沢を言うとキリがないのは分かってる。だから、二人きりでも甘い雰囲気にならないことに、不満を感じてる訳ではない。……多分。
ただ、先生は私といて本当に楽しいのかな、って思ったりするだけで。考え始めたら本当にキリがなくなることなので、ひとまず今は一緒に過ごす時間を大事にしたいと思う。少なくとも、私は嬉しくて、ドキドキして、隣を歩くだけで幸せ。
──そうして、楽しい時間はあっという間に終わり。出来るだけ人目を避ける為に、時間前にはホテルへと戻ってきた。その途中の道で……。
「あれ? メールだ……」
マナーモードにしていた携帯の表示を見る。
「侑二くん……?」
【件名 : 無題
本文 : 急に別れよう、と言われた。校長に俺とのことがバレたらしい。榊、どうしたらいいんだろう?別れたくなんかないのに】
「えぇっ!?」
思わず声が大きくなる。
「何だ? 突然大声で……」
「そうだ! 電話!」
慌てて侑二くんの番号にコールする。
『榊……? 悪いな、旅行中なのに』
声に、いつもの元気がない。落ち込んで……るよね、やっぱり。
「別れたくないんでしょ? ……どうするの?」
『ん……。とりあえず、これから会うことにした。バレたのは一部らしくて、今のうちになかったことにすれば表沙汰にはしない、って言われたんだってさ』
「ある意味……脅しだね」
電話の向こうから溜め息がもれる。
「榊、一体どうしたんだ……? 話が見えないのだが」
あ。先生もいたんだった。侑二くんのこと、少しは話してたんだけど……音羽先生とのこととかも。
「侑二くん、音羽先生と別れるかもしれなくて」
「……!」
先生の顔に、驚きの色が。さすがにこの2人の問題は他人事じゃないから。
『話し合ってみるよ、ひとまず。わざわざありがとな。……お前は、先生と上手くやるんだぜ? 今も一緒なんだろ?』
「侑二くん……!」
上手く言葉が探せないまま、一方的に電話は切れた。どう言ったらいいか、分からなかった。先生も、難しい顔をしている。
「先生なら、どうします?」
「榊?」
「もし、侑二くんたちみたいになったら……どうします?」
「……っ」
言葉に詰まってる先生が見える。……分かってる。先生は大人だから、立場もあるし。
「その……榊……」
「ごめんなさい。困らせるつもりはなかったんです。今の、忘れて下さい!」
無理に笑顔を作って、先生に背を向ける。……ダメ。ここで泣いたら、先生をもっと困らせるだけ。
「私、先に戻りますね! 今日は楽しかったですっ。ありがとうございました!」
涙が込み上げてきて、顔を見ないように一方的に告げる。
「榊! 待ちなさい!」
あ、マズい。涙、見られちゃったかな……。隠すように、両手で顔を覆い。そのままホテルに駆け込み、部屋に飛び込んだ。
まだ誰も戻らない部屋……。今日が楽しい一日だっただけに、静けさの中にいると余計に辛さが増す気がしてくる。
でも、考えてみたら変な話。私と先生って……何となく気持ちが分かって一緒にいるけど、つきあってる訳ではないし、お互い好きだと告白したわけでもない。微妙な関係、と言えばいいんだろうか。
もしかして、先生……そんなに私のこと好きなわけじゃないんじゃ、って疑ってしまう。マイナス思考になってしまう。
。。。。。
夜になり。男の子たちの部屋では枕投げが始まったらしく、なっちんも面白そ〜、と参加しに行ってしまった。私も誘われたのだけど、とてもそんな気分になれずやんわりと断った。
でも、一人でいると気分が益々滅入ってしまう。ひとまず移動してみようかと、ホテルの屋上に出ることにした。
「うわ……いい風」
あの後、侑二くんから連絡はない。こちらからも……連絡する気にはなれなくて、どうなったのかは分からない。
そして。後悔、した。先生に、あんなこと言って……バカだな、私。やっぱり子供だな。先生はやっぱり遠い存在なのかな。どうしても沈んでしまう思考を、空にしようと頭を振ってみる。
「う〜っっ! 元気出すのよっ! せっかくの旅行なのにーっ!」
「……お前、何してんだ?」
!? 気配を感じずに声を掛けられ。焦って振り向いた。
「そんなに頭振って、どうかしたのか?」
珪くん、だった。その顔を見るなり、一度こらえた涙がポツリ、と零れ落ちる。
「……瑠宇っ!?」
「ごめ、んね。抑え効かないや……」
今日の私は、ダメダメだ。ついには、珪くんにまで迷惑かけちゃってる。
「……そんなに辛いなら、やめろよ」
「……え? 珪くん?」
「先生なんて、やめとけよ……」
「先生って……。私、別に……」
ハッ、と思い出した。なっちんが、珪くんが私のこと好きなんだって言ってたこと。
「私……」
泣きやんで、珪くんに向き直る。……やめてしまえたら、楽になれるんだろうか? 先生じゃなくて、他の誰かと。例えば珪くんと恋愛出来たら。
「榊!」
えっ…!? 走ってくる、あれは──。
「先生っ……」
驚く私の腕を掴み。そのままグイッと、普段の先生では考えられない力で引き寄せる。
「私は周りに何を言われようと、君を手放すつもりはない! それだけは言っておきたかった」
「ちょっ……先生っ。珪くんが……」
見てるのに……。
珪くんは、無言のまま立ち去っていった。こんな先生見ちゃったんじゃ、何も言えなかったのかもしれない。
「あの……先生…」
引き寄せられ、そのまま抱き締められる形になってしまった。……どうしよう。言葉が見つからない。先生、何て言ったっけ?
“手放すつもりはない”
……? それって。
「私が君の問いにすぐに答えられなかったのは、迷いがあったからではない。むしろ、その逆だ」
「え……?」
「迷うことなく、君を選んでしまうと。そう決断出来る自分に驚いて躊躇したのだ。いつの間にか君の存在は私の中で大きくなっていたんだと、改めて気づかされた」
心の中にあった不安が取り除かれていく──。ジワッ、と。春の雪解けのように。
「先生、大好き……」
「榊……」
見上げると、優しい瞳をした先生が。
「私も、だ」
照れながらも私の耳元で小さく囁いた。先生の大きな手のひらが、髪を優しく撫でる。その手が、頬に触れて……。
「あ……」
額に、キス──。
ボッ、と赤くなる。キスされたところに全身の熱が集中してるかのように、熱さが増していって。
「〜〜〜っ!!!!」
ことの大きさに、我に返って。身体から力が抜けてくのを感じる。
「榊……?」
「ご、ごめんなさい。……力が抜けちゃって」
先生はそんな私を微笑んで見つめている。……やっぱり優しい瞳で。
。。。。。
翌日。侑二くんからのメールが届いた。
【件名 : 昨日はゴメン
本文 : 心配かけたな。二人で頑張ること、決めた。多佳子……いや、先生は、俺の将来に傷がつく、って恐れてたみたいだったんだ。そんなの、俺は気にしないからな。学校やめることなってもフルートがあるし。ま、やめないけどな。そういうわけで、お前も頑張れよ!昨日は一方的で悪かったな、もう大丈夫だから】
元気そうな文面を見て、自然に顔が緩む。よかったね……侑二くん。私も、自分のことのように嬉しいよ。
長かった修学旅行も明日で終わり。私にとって思い出深い、絶対に忘れられない旅行になった。先生にとっても、きっとそうだよね? 前の方で今日の日程を説明する先生に気づかれないように、そっと視線を送った──。
────Please forgive me who was not able to believe your mind.
(もう、迷わない)
(あの時、心は確かに重なり合ったから)
2009,October,13th. ; rewrite @ Ruri.Asaoka.