3月3日、放課後。

学校からの帰り道、お母さんとケーキの材料を買いに行こうと待ち合わせた時間にはまだ少し間があって、以前から見かけては気になっていた小さな店を覗き込む。

flower shop。 そう書かれた古びた看板の下には、正直それと似つかわしくないくらいの美しい花がたくさん咲き誇っていた。

「綺麗…」

思わずそう漏らしては一輪一輪、見定めるように視線を巡らせる。

「あやね、」

背後から降り注いだ声に、少し驚いて肩を揺らしてからそっと振り向いた。
視線を後方へと移すと、見覚えのある顔。綾斗の先輩で、隣の学校の三年生、春田椎名くん。

久しく見なかったその顔に更に驚きが募った。

どうすればいいのか、少し考えた末に会釈をして、相手も同じような仕草をしたのを見て少しだけおかしくなった。妙に他人行儀でありきたりな挨拶。

どちらからともなく歩み寄ると、十数センチほど上にある端正な顔を見上げた。

「椎名くん、お久しぶりね」

少し首を傾げてにこりと笑むと、肯定の意だろうか、彼は綺麗な瞳を細めて小さく頷いた。その目元から彼の優しさが伝わって来て、暖かい気持ちで満たされる。


「なにか気になった花でもあったの?」

今度は彼が首を傾げて、私に問いを投げかける。

「そうね、気になった、というか…なんとなく、少し見るだけのつもりが、いつの間にか魅入ってしまって。」

美しく、凛々しく咲き誇った花に、心が惹かれていたのは事実だ。
曖昧な返答にも彼はまた笑って、「そっか」と話を続けた。

2人道の端に立ち止まって、くだらない話をして、どのくらい時間が経っただろう。
普段あまり話す機会がなかった彼との話は思った以上に楽しくて、つい話し込んでしまった。

女特有の長話にも不満一つ見せずに付き合ってくれる彼は、やっぱり優しいんだなあ、そう思った。



「私ね、今日誕生日なのよ。」

話の途中、なんとなくそんな話題を振ってみる。

本当になんとなく出た言葉で、特別なにか祝って欲しいわけじゃなかったけれど、こんなに優しい彼が急に告げられた祝い事に、どう返すのか、気になったというのもあって。


案の定彼は驚いて、その綺麗な瞳を丸く見開いた。その時揺れた細い髪が陽に煌めいて、少し眩しかった。

「え、知らなかった…おめでとう。」
驚きの表情のまま、祝いの言葉をくれて、それだけでも、やっぱり祝ってもらうのは嬉しくて、心が弾んだ。

「ありがとう、椎名くん。家に帰ったらね、家族でパーティーするのよ。綾斗がなにか素敵なプレゼントを用意してくれてるかも…なんてね、ないかな。」

思わず期待なんかを口にしちゃって、自分の嬉しそうな声色に、自分自身で驚いた。


「綾斗はお姉さん思いだから、きっと用意してくれてるよ」

「そんなことないわよ、いつも喧嘩ばかりしているもの。」

「喧嘩するほど仲がいい、だろ?」


フォローしてくれている椎名くんの言葉に、恥ずかしさを隠すように疑いの言葉をかける。
素直にありがとう、そう言えればいいのだけれど、弟との話をするのは少し照れてしまって。

そんな話をしていると、椎名くんがふと花屋の方を見て、その横顔は何処かに何か思いを馳せている、ような気がした。

「この花さ、俺の知り合いに似てるんだよね」

ぽつりと漏れたその言葉を聞いて、彼の目線を追うと、一輪の白い百合が大きく、しなやかに花弁を開かせていた。

「似てる?…面白いことをいうわね、」

くすりと笑みをこぼして、ああ、あの子の事かあ、と微笑ましい気持ちを押さえ込んだ。

なんて分かりやすいのかしら、この人は。気づいていないあの子のほうに驚いてしまうくらいだわ。

「花言葉、とか、あるのかな」

百合を見つめたままに、誰に問うでもなくそう尋ねた彼に、記憶の引き出しを探しては告げる。

「…純粋、無垢、とかじゃなかったかしら。」

確かにあの子にぴったりだわ。
そう考えて感嘆の息をつく。

「大切な子には、優しくね」

優しくしたくらいじゃ気づいてはもらえないかもしれないけれど。

そう心の中で付け足してふふっ、と声を漏らした。


少しなにかを考える素振りを見せてから、彼は視線の先にあった一輪の花を手に取り店内へと向かった。

今時花をプレゼントだなんて、やるじゃない。

内心冷やかしの言葉をかけながら、そんなにまで想ってもらえる彼女を羨ましく思った。

揺れる綺麗な黒髪を脳内に描きながら、「早く気づいてあげなさいよ、」なんて、聞こえるはずもないおせっかいを。



数分後、店頭にしゃがみ込んで花を眺めていると、店内から椎名くんの姿が出てきて、その手の中に見えるしっかりとラッピングの施された花に、目をやる。
立ち上がって「遅かったね」と声をかけると、「女の子にプレゼントしたいって言ったら、何故かこんな綺麗なラッピングしてもらっちゃって。」そう笑った彼がおかしくて、柄にもなく声をあげて笑った。

2人で存分に笑って、ふう、と息をついてはどちらからともなく「帰ろうか」、そう声をかける。

帰り道、ごく自然に私を送ろうとしてくれる椎名くんに、ああ、これはモテるんだろうなあ、なんて考えて。

「もうここでいいよ、ありがとう」

流石に悪いな、と思って途中で別れを促す。
彼は少し渋ったけれど、「大丈夫よ」と付け加えると、そっか、と笑んで引き下がった。

ばいばい、と手を振って帰路に着くと、すぐさま後ろから引き止める声が降りかかった。

「どうしたの?」

もう一度向き直ると、私が歩を進める前に、彼が近づいてきてくれた。

迷ったように俯いて言葉を詰まらせる彼に、疑問の視線を巡らせていると、ふう、と小さく息をついてその端正な顔がこちらを向いた。


「まずは、お誕生日おめでとう」

「…あ、ありがとう?」


改めて言われるとなんだか照れ臭くて、無意識に疑問符がついてしまった。
そして彼は後ろに組んでいた手を前に出して、そこに握られた一輪の、真っ赤な薔薇をこちらに差し出した。

「花屋で、綺音に似た花を見つけたんだ。なにも用意できなかったから、これ。プレゼント。」

似てる、先程も使われたその不思議な表現に、笑みがこぼれる。

なんだか嬉しくて、照れ臭くて、だらしなく緩んだ笑顔しか浮かべることができなかった。


「ありがとう…花なんてもらうの、はじめて。嬉しいわ…」

ありふれた言葉しか出て来なくて、感謝をめいっぱいに伝えるだけの語彙力がない自分を少しだけ恨んだ。


「よかった。次は、大切な人に貰えるといいね。」

「…えー、もらえるかしら?」

「もらえるよ、綺音なら。」

本当に貰いたい人に、貰えるわけなんてなくて、その事実を、確証を間近で見ているはずの彼から出た前向きな言葉が嬉しくて、不思議と心が痛むことはなかった。

今度こそ椎名くんと別れて、帰路につく。
人と一緒にいると案外時が経つのはすぐで、早く行かないとお母さんとの待ち合わせに遅れてしまう。

ちらりと、右手に包んだ綺麗な赤い薔薇を見て。

あの人も、こんなプレゼントをしたりするのかしら。
その相手が私である事は無いとしても。

そんな想いを、いつの間に夕陽に染まった広い空に、ぽつりと溶かした。




Red rose -another-



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