苦い思い出 -雨咲綾斗




中学に入ってすぐに、周りより少し早く成長期が来た。

頭一つ飛び抜けた身長と掠れ気味の声に引き寄せられるように、俺の周りには女が集まるようになった。
きっと他より大人びた俺への好奇心を、恋慕と勘違いしたのだろう。

大抵の子は、少し優しくしただけで「好き」だのと言ってきて、断る理由もないからと交際を始めるとすぐに、「なんか違う」とか「やっぱりよくわからなかった」とか言って離れて行くんだ。

中学二年生の七月。そんな薄っぺらな感情に囲まれた中で、また1人、俺がフリーだと知った女が寄ってくる。

「私ね、綾斗くんのこと、ずっと好きだったの。綾斗くんの周りにはいつも可愛い女の子がたくさんいて、ずっと話しかけられなかったんだけど……」

俯き気味に、それでもはっきりとした口調で気持ちを投げかけてくる。

ああ、またか。なんて思いながらも、例のごとく断る理由もないので笑顔を作る。

「ありがとう、いいよ、付き合おうか。幸せにしてあげるよ、お姫様?」

何度繰り返したかわからないテンプレのような台詞。こんなクサイ台詞吐き気がするだけだろうに、なんでそんなに顔を赤らめているのか、なんでそんなに嬉しそうなのか。

やっぱりオトメゴコロはわからない。

どうせまたすぐに「わからない」そう言って自ら離れて行くんだろ、何も期待なんかしていない。ただの暇つぶしだ。
そう思っていた。

違う、やっとそう思ったのが、付き合ってから5ヶ月になる、12月の寒い日のことだ。

「綾斗くん、クリスマス一緒に過ごせる?」

5ヶ月前と変わらない屈託のない笑顔に、ほんの一瞬息が詰まる。いつもは2週間ほどで離れて行くのに。もっても1ヶ月程度だったのに。

とくになにをしてあげたわけでもない。今までと同じ、優しく接した。それだけ。 なのになんでだ、

「もちろん、エスコートは俺に任せてね。最高のクリスマスにしてみせるから」

いつも通りの笑顔でそう返して、5ヶ月間も一緒に居たのにそれを短く感じ、まだ一緒にいたい、なんて思った自分に、ひどく嫌気がさした。


三年の八月。
あれからずっと一緒に居て、一年間も一緒に居て、やっと「好き」という気持ちがわかって、彼女に惹かれて行った、そんな時のことだ。

彼女が俺から離れていった。

直接拒絶されたわけでも、別れを告げられたわけでもない。ただ、あきらかに俺を避け始めた。

最初は、「今日は一緒に帰れない」
それが何日も続いて、
次に、連絡が取れなくなった。
そして、先週、他の男と手を繋いでいるのを、見た。


べつに浮気されたからってなにを思うわけでもない。俺だって今までそれに近いことをして来たんだから。
それでも、どこかで傷ついている自分に、頭痛が襲った。

相手がそうなら。
子供みたいな対抗心で、他の女と出かけて、付き合って、傷を補って。

「雨咲くんあの子と別れたのぉ〜?じゃあ次は私と付き合ってよ〜」

明らかに作られた猫撫で声が耳に付く。

「ん?いいよ、付き合おうか。幸せにするよお姫様。」

言ってから気づく。
この台詞を出したのはいつぶりだろう。

それだけ、彼女と過ごした時間が、長かったんだ。

元に戻っただけ、それだけだ。
自分に言い聞かせては、寄ってきた女を抱き寄せる。


早いもので、明日は卒業式だ。
一年以上共に過ごした人への情は思ったより深いもので、ふっきれたのは冬になった頃。

それから付き合った人数は、たしか10人ほど。以前より増えた気がするけど、そんな考えは直ぐにふりはらった。

卒業前最後の遊びだ、なんて去っていった他の生徒たち。
そのおかげで三年の教室は静かで。中学校生活を振り返るにはうってつけだった。

そんな中残ってた1人の女の子に、卒業前に、って連絡先の書いた紙をもらったけど、それはポケットにしまって、今いるのは俺1人だけ。

空き教室の机上に座って、柄でもなく思い出なんかにふけっていると、唐突にあいたドアの音で現実へと引き戻される。

「あ、やとくん…」

詰まり気味の強張った声で俺の名前を呼ぶのは、忘れたかった、一番会いたくはなかった女。

「…久しぶりだね、なにかよう?」

無理して笑顔を浮かべるも、早く視界から消えてほしいという思いが声にでる。


「…ごめんね、わたし、伝えたいことがあって。」

一度息をついていつものはきはきとした話し方に戻った彼女は、真剣な眼差しで告げる。

なんだ今更。よりを戻したいっていうなら考えてもいいかも、そんなことしか頭に浮かばない俺はやっぱり最悪。

「なに?」

ふっと笑って見つめ返すと、少し長いけど黙って聞いて欲しい、と目を伏せた。

「私たちさあ、ずっと曖昧な関係だったでしょ?だからはっきりしておこうと思ったの。

綾斗くんはね、優しいしかっこいいし、私にはもったいないくらい素敵な彼氏だったよ。

でもね、それだけ。
それだけなんだ。

…綾斗くんがモテるのは知ってたし最初は、付き合ってるうちに少しずつでも好きになってもらえれば、なんて思ってたんだけどね、
待ってるの、疲れちゃった。

綾斗くん、全然私のこと好きそうに見えなかった。
勝手なのは分かってるけど、長い時間一緒にいればいるほどに、一緒に居るのがつらくなってたんだ。

でも、だから。もう終わろう?ちゃんと、終わろう。

綾斗くんなら新しい出会いもすぐにあるだろうし。ごめんね、勝手で。

…一年以上一緒にいたけど、やっぱり私には、綾斗くんがわからなかったや………

…あのね、大好き、でした…」



黙って聞いて、そう言われたから静かに聞いていたものの、耳に入ったのはわけのわからない言葉の羅列。


わからなかった??分かろうとすらしてくれなかったのに?
俺のなにをわかりたかったの?
それすら示してくれなかったのに?

離れていったのはどっちだ。
先に裏切ったのはどっちだ。

突き放したのはどっちだよ?

忘れていたのに、なかったことにしていたのに、今更掘り返して、また涼しい顔で他の男と歩くのか、

自己中心的な感情ばかりが溢れ出して、気持ちが悪かった。

最後に ごめんね、 と呟いた彼女は教室を出て行った。


俺は溢れ出す感情を必死に押さえながら、壁に寄りかかっては床へとへたり込む。

少しそのままでいると頭が冷えたのか、どうでもいい、そんな感情が支配して。

そっとポケットに手を入れると、一枚の紙と冷たい携帯電話が指先に触れる。

それを手にとった瞬間頭によぎったのはやっぱり、彼女の笑った顔で。


-fin


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