俺を、見て。




俺の好きな人の好きな人には好きな人がいて、つい昨日、結ばれたという。

幸せそうに話す2人を見つめる俺の好きな人は、とても痛い横顔を浮かべた。





「…なあ、深瀬…なんで俺ダメだったんだろ」

いつもと同じ、俺の部屋でゲームをして、笑って、話して。
一息の隙間に漏れた言葉。一番聞きたくなかった言葉。

「さあ、なんででしょうね、…風間さん、あの人よりバカだからじゃないですか?」

これも、いつも通り。少し貶すように軽い言葉を投げかける。

「あほ、テストだってたった2点の差だったよ…俺とあいつの差なんて、そんなもんだったはずなのにな」

誰もいない場所をみて、誰も映らない瞳で、自嘲気味に微笑んで。

(俺なら、こんな顔させないのに)

なんて そんな自信もないくせに。


「ねえ風間さん、俺が慰めてあげましょうか」

どんな手でもいいから。この人の瞳に映りたくて。

「…どんなふうに?」

こんなことで報われるなんて、そんなわけないのに。

「……どうとでも、」

ふっと吐かれた息が合図かのように、風間さんの白くて長い腕が伸びてきて 俺の頬へと触れる。
ごく自然に、当たり前の行為であるかのように、その腕に抱かれて。

まるでコイビトに触れるかのようなその優しさが、痛くて。

(嗚呼、この人はこんな風に、あの人を包みたかったのかな、)

「深瀬、ごめんな、」

最中にぽそりと落ちたその言葉が心に突き刺さる。

ごめん?なにが?好きでもないのに抱いたこと?あの人の代わりにしたこと?それとも、俺の気持ちに気付いて?

…どれも、サイアクだ。





あの日から風間さんは、妙に俺にやさしくなった。

「深瀬、寒くないか?」

かけられる上着。そんな小さなことから、自分は大切にされている。そんな錯覚に陥る。

それが嫌で、つらくて、いたくて。

これは罪滅ぼしなのか、それとも同情なのか。



「なあ深瀬、してもいい?」

「…いいですよ、」

あれから、何度も何度も身体を重ねた。俺に触れるその手は、仕草は、ひどく優しくて、まるで宝物に触れるようで

(カンチガイ、させないで)

そんな願いも届かない。

「…っ、相模…」

この人の目にうつっているのは今でもやっぱり、

あの人だ。

触れられる度に痛むのは、心のずっとずっと奥のほう。





「よお、深瀬!辞書貸してくれないか?」

そんな関係を引きずって、3ヶ月ほどがたった。

そんなとき俺の前に現れたのは、俺の好きな人が今でも見つめている、その人。

「相模先輩、…なんですか」

無意識に体が強張る。この人はなにも悪くないのに、不快な感情がとめどなく溢れ出て。

「ん、なんか機嫌わるい?」

「…べつに」

笑顔に、苛立つ。

「辞書、でしたっけ」

近くのカバンから求められた物を取り出し目を合わせないようにしながら渡す。

「んーサンキュ、そーいやさ、お前最近風間と仲良いよなー、」

名前を聞いただけ、それだけでピクリと身体が揺れる。そんな話はききたくない。この人の口から出るその名前は、聞きたくない。

「そう、ですね」

震える声を誤魔化すように目を背ける。

「前は俺にばっか絡んできたのにさみしーなー」

はは、と声をあげて笑うその人に、ぷつりとなにかが切れる音を聞いた。

「ふ、ざけんな、」

どうして、あの人は、ずっと

「あんたにそんな事言える資格ねえだろ!!」

この人を想っていたのに。

「え、」

「風間さんのつらさも、苦しさも、笑顔も、一番近くで見てきたのは俺だ、あの人を一番近くで見て、一番、あの人を想っていたのも、俺だ」

要らない言葉までもが溢れて。自制すらも効かない。

「あの人のことを1番好きなのは、俺だ!」

今まで出したこともないような声で、痛む胸を抑えて叫ぶ。
周りのざわつきも視線も気にならない。なによりも浮かんだのはあの人の、風間さんの、痛い横顔で。



あの後心配した教師がその場に来て、周りの生徒や相模先輩を教室に返した。
俺は、事情を聞かれても黙って、少し落ち着け、そう言われて会議室に残された。

頭が冷えてから考えると、自分のしたことがどれだけ馬鹿なことかを思い知らされる。

こんな報われなくてつらいだけの気持ちに必死になって、少しでもあの人を繋ぎとめて起きたくて身体を許して。

「ほんっと、あほらし…」

ガチャ、俺の呟きにかぶるようにドアが開く。

教師が戻ってきたのか、そう思って見た先には、息を切らした、俺の報われない恋の相手。

「かざま、さん、?」

なんで、この人が来るんだ、授業中なはずなのに

「…っ、おまえ、相模に…」

その時点でもう、ダメだと思った。この先は聞いちゃいけない、傷つくだけだ。
俺は、大切な人の大切な人に、あんなことを、

「ごめんなさい、」

風間さんの言葉を遮るように声を張る。

「俺が全部悪いんです、迷惑かけてすいません、もう風間さんにも触れないし話しかけないです。すいません、相模さんにも謝っといてください」

一気にまくしたてるように、帰れというように大声を張ると、驚いたような顔。

「…なんで、そんなこというんだよ、」

予想外の反応に狼狽える。なんでって、俺が悪いのに、俺のワガママで、迷惑かけたのに

「は?…だって俺は、風間さ、…風間先輩の大切なヒトに怒鳴って、迷惑をかけたんですよ、これが当たり前でしょう」

少しでも特別な、人と違う点を作りたくて、背伸びして呼んでいた呼び方。それをわざと訂正する。

やっぱり俺はまだ、風間さんに気にかけてほしいと思ってる。その証拠がこれだ。情けない。

「…、俺は、お前と一緒にいたい」

「…っ、」

投げかけられたのは、引き止める言葉で、また期待をさせる。
なんて残酷なひとだ。

「そんなの、勝手ですよ先輩、俺は、相模先輩の代わりにしかなれない。貴方の1番になれないのに、まだ側にいろって言うんですか?…誘ったのも、好きになってしまったのも俺だ。悪いのも俺。それでも、それだからこそ、離れたい、つらい。俺を好きになって、1番にしてよ、」

身体の中心から痛みが駆け巡って、うまく言葉を紡げない。
勝手なのはどっちだ、
お願いだから早く去って。
これ以上惨めにさせないで。
これ以上、好きにさせないで。


「俺が好きなのは、お前だよ、深瀬 」

頭から降りかかる真剣な声に目を見張る。

「…なん、ですか、同情ですか、そんなのいらない、そんな同情、惨めになるだけだ」

「俺は本気だよ」

やめて、もう期待させないで。
先輩が好きなのは”相模先輩の代わりになる俺”であって俺自身ではない。そう分かっている。

だから。

「じゃあ相模先輩のこと、忘れてくれるんですか」

無理だと分かっているから、わざと笑みを浮かべて問う。

無言、沈黙、静かな否定。

(やっぱり、無理なんじゃないか、)

そっと顔を伏せると聞こえるのは機械音。不思議に思って見やるとそこには携帯を取り出す先輩。

「な、にを」

無言のまま操作を続け、こちらに画面を突きつける。

その画面に写っていたのは、アドレス消去済の表示。

「、え?」

意味が分からない。

「これでいいのかよ深瀬?相模のアドレスは消した。拒否もした。クラスも違う、もう接点は消えた。お前が嫌なら今までのメールも写真も全て消してやるよ」

先輩の、風間さんの言っていることが素直に入ってこない。

ただ、目が熱い。

「風間さん、なんで」

「だから、言っただろ、俺が好きなのは深瀬だ。確かに初めは相模が好きで、お前は代わりでしかなかった。都合のいいときに慰めてくれる後輩だった。」

ツキン、心が軋む。

「、でも違う。最初の時、こいつは俺が好きで、俺の為ならなんでもしてくれるだろうなと思った。でも、お前に触れるたびに相模のことが頭から消えていくんだ…」

「相模からのメールに3日も気づかなかったのも、初めてのことだった。驚いた。でもこんな酷いことをしておいて、心まで手に入れられるなんて思わなくて、せめて身体だけでも俺の手に入れておきたかったんだ…」

最後に ごめん、小さく呟いて、あの優しい腕で俺の身体を包む。

大好きな匂い、感触、温度。

冷えた身体に風間さんの体温が移ってくるような感じだった。

この温もりが欲しかった。
この瞳に映りたかった。
この腕に抱かれたかった。

「風間さん…好きです、」
「俺も、深瀬が好きだよ」

ずっと聞きたかった、セリフ。





「深瀬ぇーー!!なんでお前おいてくんだよ待っててくれてもいいだろ!」

「だって風間さん、追試長いんですもん、いーじゃないですか、どーせ俺んち来るんだし」

今この瞳に映るのは俺で、
この声は俺を呼んでくれている。

そして痛かったあの横顔は今、笑顔を浮かべている。



fin.

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