止まった時計

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「私ね、幸せよ。だからね
ずっとこのまま、幸せなまま、時が止まればいいのに…、そう思うの。」


その言葉が合図だったかのように、彼女の身体は、宙を舞った。


ピタリ、
彼女の時計が止まった
不吉な音が聞こえた



ぽく、ぽく、ぽく…

規則的に鳴る木魚の音と、子守唄のようなお経が、嫌でも僕の耳を貫いて、
そこら中から聞こえるたくさんのすすり泣く声が僕のとてつもない喪失感と不快感を増幅させる。

「私ね、幸せよ」

そう笑った彼女の最期の顔が、頭から離れない。


「まだ若いのに可哀想ねぇ…」
「親御さんもこれから大変よねえ」

ヒソヒソと話す非常識な大人たちの声が異様にはっきりと聞こえるのは、僕が意識して耳を傾けているからかもしれない


お経が鳴り終わると、参列者は皆、先程までの暗い雰囲気を一気に捨て去り、呑気にお酒を飲む人だっていた。

これじゃ、彼女が可哀想だ。

そんな大人たちに嫌気がさして

「僕、先に帰るから」

そう吐き捨てるとすたすたと家へ向かって歩き出す。


家までの道は、どれも彼女との思い出ばかりが見える道ばかりで。

彼女が時間を止めたいと願ったように
僕は、時間を戻して欲しいと、そう願った。

まあ、時間が戻るわけないんだけど。


家へついて僕は直ぐにベッドに横になり。重くなった瞼をそっと閉じた。



目が覚めたら、僕の時間も止まっていればいいのに

それからの毎日は、学校にもいかずに
そんなことばかり考えてすごした。


「ねぇ、ご飯くらい、食べてよ…」

扉越しに聞こえる母の泣きそうな声に

「いらない、放っておいてよ」

そう答えたのはもう何度目になるだろうか


あれから一週間ほど過ぎて
水以外は一日一食だった僕はすっかりやせ細って。

もう、このまま彼女の元にいくのも悪くない。

そんなことを考えていた。

そんなときに、夢をみたんだ。

彼女が、以前と変わらない笑顔で、僕の部屋の机の引き出しを指差していて。

目が覚めてすぐに、僕は彼女の指差していた机の引き出しを開けた。

夢だとは分かっていたけれど、

「きっと、ここになにか、ある」

そう疑いもせずに思って。


引き出しを開けてみると案の定、引き出しには見覚えのない箱がひとつ、丁寧に置かれていて、

それを乱暴に開けると中には時計がふたつはいっていた。


ひとつは、完全に針が止まった時計。
もうひとつは、今にも針が止まりそうな時計。

まるで、彼女と僕のような時計。

はらり、何かが床に落ちて。
ゆっくりと拾いあげてみると、それは、紛れもない彼女からの手紙。大好きだった彼女の字。


" 私は、幸せなまま、時間を止めてしまったけれど、

貴方の時間は、止まらないでほしいから

生きて、

生きて、

生きて、幸せになって "

とても簡潔で、淡白な内容。それもまた彼女らしくて。

ぽた、ぽた
自分の目から水滴が流れて居るのに気づいた。

そして、

”自分は生きているんだ”

そう実感した。

短い文ではあったけれど、彼女の意思が詰まった手紙。

僕へ向けた、彼女の最後の願い。



「…僕の時計は、まだ動いているんだ。
僕は決してこの時計を
止めはしないから。」

嗚咽混じりの声で誰もいない空へとつぶやく。

彼女の時計は止まってしまったけれど、
僕の時計は動き続ける。

カチ、カチ

と確かに音を鳴らしながら

彼女の時間とともに、動き続けるんだ。


-fin-



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