罪の記憶と。




「 ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のーます、ってね!」

遠い昔の記憶。麦藁帽子を抑えながら差し出されたその小指はまだ、とても小さくて、彼女の華奢さを物語っていた。


それに絡めようとした僕の腕は、不思議と遠くへのびて

(あれ、なんでだろ)

彼女の首を包み込んだ。



「ッ!!!!」
鉛の様に重い身体を勢いよく起こすと、窓の外は黒。
生温い汗が頬を伝って、気持ちが悪い

「…くそ、またかよ」

五年前のあの日から、毎日のように見るあの夢。
必ず出てくるのは、家が近くてずっと、ずっと仲良しだった幼馴染。

約五年前の七月七日、突然に姿を消した幼馴染。

その日も僕は、彼女と遊んでいたらしいけれど、僕にはその日の記憶がほとんどなくて。

警察にもたくさん聞かれたけどなにもわからなくて。

酷くぼやけている彼女の顔。そんな不気味な夢を

ただ、ただ 見続けるんだ…

カレンダーを見ると、七月一日

「もうすぐ、か」
もうすぐ、彼女がいなくなってから五年がたつ。

「…はぁ、」

僕はそのまま風呂に向かうと汗を流した。

家を出るまでにはまだ三時間ほどの時間がある。

もう一度眠る気なんてものは起きず、読みかけの本を手に取り、時間を潰した


"七月一日 午前八時三十分"

ガタン、小さく音をたてて教室の隅、窓際の席に座る。

「※※くん、おはよう!」
クラスメイトが甲高い声で挨拶を交わす。

当然僕にはそんな馴れ合いは似合わないわけで。

チャイムの音を聞きながら机に頭を乗せた

ガラガラ、扉の開く音すらも煩わしい。
先生の話は全て右から左へと流れていって

「今日は転入生を紹介します」

ざわつく教室に、少しだけ頭をあげてみる

「転入生の、ヒイラギ ※※ さんだ」

…下の名前はクラスメイトのざわつきで聞き取れなかった。

この時期の転入生は珍しいと思いつつも、さして興味は湧かないので、再度机上に頭をおろす

そこからは先生の話が子守唄となったのか、僕の意識は薄れていった

ガタリ、隣で鳴った大きな音にビクリと肩を揺らしそちらを見やる。

「…ヒイラギです、よろしくね!」
人懐こい笑顔で笑いかけるそいつは、先ほど紹介された転入生。

「…はぁ、よろしく」
そっけなく無難に挨拶をかわすと、今度こそ深い眠りにおちる。


隣からの突き刺すような視線にすらも、気づかずに。


"七月一日 午後四時"

結局のところ、本日の授業はほとんど睡眠時間と化して、まともに内容なんぞ入らなかった。

「きりーつ、れい」

委員長の号令を遠くに聞き、ぞろぞろとひとが去り始める

「ねー今日どこいくぅー?」

「もうすぐ試合だし気合いれるぞ!」

青春を謳歌するその姿は僕には眩しくて

(…帰るか)

少し人の減った教室で、小さくため息をつき立ちあがる

そして扉に向かって足を浮かせた、その時だった

「まだ残ってるの?」

突如として後ろから聞こえたその声に、驚かないわけもなく。ガタンと机を揺らし勢いよく振り返る。

たしかに誰もいない。はずだった僕の後ろには、彼女

転入生 ヒイラギがいて。

「…なんだ、君か」

ふう、っと安堵の息をつく

「あ、なんだとはなによー!ひどいなあ…ねえ、このあと暇?」

ぷう、と頬を膨らませて、それから笑顔で僕にたずねる。

「…は?……暇だけど」

なんだよ、と不審に思いつつも小さく答える

「あ、よかったー!じゃあ良かったら、私にこの学校、案内してくれない?」

無邪気な笑顔を浮かべる彼女に、何故か懐かしみを感じた

「…いいよ」

無意識に頷く自分に驚きつつも、彼女を連れ教室をでた

それから学校内のめぼしい場所をさらりと案内して、彼女と別れた

彼女と話してる最中に感じた微妙な既視感、あれはなんだったのだろう

そんなことを頭の隅で考えつつ、その日は帰宅した


"七月三日 午前 七時"

相変わらず今日も夢見は悪い
おかげでここ最近クマが取れない。

(あーくそ……なんなんだよ)

小さな苛立ちを覚えつつも学校へ向かい、またいつもの日常を繰り返す。

少し変化があったといえば、今まで誰とも話さなかった僕が彼女と話すようになり、それが引き金となり、他のクラスメイトとも話すようになったこと。

憂鬱なだけだった学校も、それなりに有意義な場所となっていって、夢のことも、忘れられた

でも何故か、何故だか
彼女、ヒイラギが、他のクラスメイトと話す姿だけは、全く見なかった

"七月五日 午後九時"

この頃どこにいても感じるこの視線はなんだろう

いつどこにいても、後頭部に突き刺さる違和感。

いつでも"誰か"に

"見られている"気がする

自意識過剰と言われたらそこまでだが、確実に視線を感じる

この感じたことのあるこの視線は
、知っているこの視線は

"七月六日 午前十時"

明日は彼女、夢で僕を苦しめる幼馴染が消えてから五年。

顔もはっきり覚えていないようなそんな曖昧な記憶上の幼馴染。

母親いわく、彼女の写真は残っているらしいけど、見ようとは思わなかった

それより今気になるのはあの視線で。

身体が小刻みに震えるほどには恐怖を感じているみたいだ

「…震えてるけど、どうかした?」

母親の声にすら肩を震わせる。そっと振り返ると見慣れたその姿に安堵し、何気ない返事をかえす

「…べつに、なんでもない」そう答えると母親は「そっか、」と軽く頷き、背を向け台所へと姿を消した

なんなんだ、この違和感。視線を感じている時はいつも、いつも1人の顔が浮かんで

(なんで、こいつの)


"七月七日 午前九時"

瞼を開くと見える母親の顔。

「今日は…あの子の、あの子の消えた日でしょ…辛いかもしれないけど、今年こそ、アルバム、見てあげてね」

それだけ言い残すと去る母親の背中に視線を送りつつ、ふう、とため息をつく。

向き合わなければならない。

逃げてばかりじゃダメだ。

ダメなんだ。

過去と、向き合わなければ

ベッドから立ち上がり、リビングへ向かうと、机の上には一冊のアルバム。

それを手に取りまた、暗い部屋へと歩を進める

部屋に入ると舞い戻るあの視線

それを気に留めつつアルバムに手をかける

「だめ、あけないで」

耳元に聞こえたその声に、ばっと顔をあげても、そこに誰かいるはずもなくて

震える手を抑えつつ再度アルバムに触れる。

恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

「…っ、」
ぎゅう、と目を瞑り手に触れるそれを開く。

そして目を開くと

身体が動かない。ただただ小刻みに震えるだけで、いう事をきいてくれない。

僕の目に映ったそれは



「ヒイ…ラギ…?」


身体の大きさこと僕の知っているヒイラギとはちがうものの、僕と一緒に笑っている幼馴染。それは確かに、確かに転入生の

ヒイラギだった


その瞬間、頭がズキンと痛み、勢いよくベッドへと倒れこむ

そのまま遠のく意識をとどめる術などなくて

僕は意識を手放した




「ゆーびきーりげーんまーん♪」

小さく聞こえる聞き覚えのある音程に耳を傾ける

(ここは、どこだ)

重い瞼を無理やりに開けると飛び込んできたその景色は、信じ難いもの

幼い僕と、同じく幼い僕の幼馴染、ヒイラギだった

「嘘ついたら針千本のーます、ってね!」

夢で嫌なほど聞いたこのフレーズ


「大きくなったら結婚しようね!約束だよ?それまで、それまで私と、ずーっと一緒にいてね、」

ありがちなくだらない約束。

「嘘ついたら針千本のーます、」

何度も繰り返されるこのフレーズ


嫌な汗が流れる


「ヒイラギ、ごめん」

小さな僕がヒイラギへと手を伸ばす

(!、やめろ、)

「…え?」

目を見開くヒイラギをよそに、僕はそのままヒイラギの首を包み、ありったけの力を込める

(…やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろ!!!!!)

「ぐ、あっ…くる、し、やめ」

苦しそうに顔を歪め息をもらし、小さく喘ぐヒイラギに、僕は「ごめん」となんども謝り首をしめつづける

届かない声に、放心しそれを眺めていると、
ビクン、と大きく痙攣したあとにだらんと手足を垂らすヒイラギ

小さな僕は、"それ"をひと気の無い林に置くと、林の入口で意識を失った

それを合図に、僕の意識も遠のいて
僕は暗闇に身を任せた


意識を取り戻すと見えるのは、開かれたアルバム

そうだ、僕は
僕を慕ってくれて、いつもついてきたヒイラギのことが
鬱陶しくて、嫌いで、


「殺した」


転入してきたヒイラギに対して感じた既視感、
あの無邪気な笑顔、ころころ変わる表情。その正体なんか
「僕が1番、知っている」

後頭部に感じる視線の意味だって、今なら分かるじゃないか

「…はは、はははは、針千本のーます、か……」

頬を伝う涙とは逆に、僕のほおは緩んで、笑いが止まらなかった


「…いいよ、ヒイラギ、ごめんね、

僕は嘘をついた。ずっと一緒に、いられなかったね

ははは、君は僕に、針を飲ませに来たんだろ?

いつまでも後ろにいないで、おいでよ」

大きく手を広げると、目の前に見える僕の幼馴染

「大好きな、幼馴染」

目の前の"それ"は柔らかく微笑んで、僕の首を包みこむ

僕は愛しい幼馴染を抱き締めると、そのまま闇に溶け込んだ




「…もーあの子ったらまたプリント出してない、
…あら、転入生?へえ、
"サカモトくん"っていうのね」


-fin-








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