最近ね、夢を見るんだ
センセイが、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、僕の首に手をあてがう、そんな夢。


ぴぴぴぴ、

聞き慣れたアラーム音でふと意識を呼び起こされる。

「…朝、か」

ぽつりとため息交じりに漏らし布団を退けると、ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。

ぼんやりとした頭をコツン、一度叩いて、不気味なほどに殺風景な部屋をぐるりと見回して、クローゼットから着慣れたスーツを取り出し身に纏う

桜井雄貴、今年で24。
職業、教師
趣味、特になし

なにか特技があるわけでもなくて、人より長けたものなんてなにもない。
それが俺。

冬の空気に漏れる白い息も、手袋に包まれたその手も、やっぱり普通で。

俺が生きている意味なんて、あるんだろうか

そんなことを考えて過ごす日々。

こんな俺に「変化」が訪れたのはつい一ヶ月前のこと。

それはとても唐突に、俺の了承なども得ずに訪れて

「せん、せ、」

紅潮した頬。不規則に零れ落ちる吐息。まるで「自分は一切の穢れもない」そう伝えるかのような真っ直ぐな瞳。

白い肌は少し力を加えただけで紅く色づく。

「ん、せんせ…っ、せん、せい」

なんども「先生」と呼びかけてくるその声は俺の耳を侵食する。

新垣邦人、
俺に変化をもたらした”それ”の名前。

「センセイ、僕、センセイがすきです。」

俯きながら小さく投げかけてきたそいつを、その純粋さを、ただ穢したくて。

「…服を脱ぎなさい」

ストレスを押し付ける媒体になればいいと、そう思っていた。

思えばそれが始まり。

俺の「変化」の、始まりだった。


「先生おはよーございまーす」
「ああ、おはよう。」

建物に入ると数人の生徒から飛び交う声に応えて、小さく笑みを作って。

その中で一人、慌てたように近づいてくる小さな影。

「せ、先生、おはようございます、」

その影は ぎゅ、と目を瞑り、年頃の女子が好きな人へするそれのように言葉を投げてくる。

「ああ、おはよう」

他の生徒と同じように対応する。

ただ違うのはすれ違いざま

「放課後、数学準備室に来なさい」

誰にも聞こえないような小さな声で呟く
その影はびくっと肩を揺らしてから嬉しそうに頷くとぱたぱたと走り去って行く。


放課後の数学準備室、

「…っん、あ、」

押さえ付けたような小さな嬌声が部屋に響きわたる。

「先生、センセイ、すき、すき…っ」

なんども好きだと漏らすそれに、抑えられないモヤモヤをぶつけて

行為が終わると下校する新垣邦人を見送り、殺風景な部屋へと帰る

それが俺の1日。

つまらない、1日。

そんな日を一ヶ月繰り返し

今日もいつものようにすれ違いざまに囁く

「新垣、もう準備室へは来るな、」

口から一人でに零れたその言葉に、横で揺れる肩。

「なんで、ですか…」
震えた声で問いかける新垣に、罪悪感、背徳感、苛立ち。

色々なものが抑えられなくなり

「来るな、」

もう一度低く繰り返す。

「センセイ、僕に飽きたんですか、僕はもういらないですか、ねえ、ねえセンセイ」

人目すらも気にせずボロボロと粒を落とす、その行動が苛立ちを募らせて。
ぐい、と新垣の腕を掴み近くの教室へと入り込む。

「せんせ…?」
不安そうに震えるその体をを机の上に押し付け、細い首へと手を置く

「せ、ん、せい、?」
新垣が目を見開くと同時に、俺は腕に全体重をのせる。

「…っ、ねえ、セン、セ、僕、ね」
新垣は抵抗すらも見せずに笑みを浮かべ、俺の頬へと手を伸ばして

「僕ね、さい、きん、夢を、見るんだ」

「センセイが、ぐしゃぐ、しゃになっ、た顔で…ね、」

「ぼく、の、首、を、締…め、る」

「そんな、ゆ、め…」

その言葉に反応したかのように、俺の手から勝手に力が抜ける

ぷつり、苦しみから解放された新垣の腕は、吊るしていた糸が切れたかのように落下して

「新垣…」

はっとしてその華奢な体を抱き起こす

「…センセイ、泣かないで…」

彼が意識を手放すその瞬間に発した言葉
ふと彼の腕を見ると、そこには数滴の水分がはりついていて

自分の頬へと手をやると濡れる指。

「俺、泣いて…」

気づいてしまった。
俺は、愛してしまっていた。
穢そうとしていたこの小さな体を
抱き締めるその度に
愛してしまっていたんだ。

腕の中でどんどん体温を失うその体を、力の限りに抱き締めて

「新垣、新垣」
なんどもその名をよんで

「最近ね、夢を見るんだ」
本当に夢ならよかった、
そんな後悔の渦に呑み込まれる。

嗚呼、これが本当に夢なら

夢なら…


……dream……

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -