「せかいにひとり。」
桜木郁×鞠塚梅


俺、鞠塚梅は、小学校のころからなんでもできた。
やることなすこと全てが人並みより優れていて。

小学校を卒業してすぐに難関校を受験し入試トップで入学。
中高一貫だったそこを中学卒業と共に去り、有名進学校にまたトップでの入学。

今までに獲得した賞は数しれず。
中学では陸上競技で大活躍。
全国大会にも出場した。

そのうえ生まれつき容姿も恵まれており家庭は裕福で。

周りからみたら皆が羨ましがるような生活を送っていたと思う。

でもそれは違くて、欲張りとは分かっていても、1番ほしいものだけは与えられなくて。

神様ってのは随分残酷なもんだ……



「鞠塚くん今日の英語の授業凄かった…!あの先生難しい質問ばかりしてくるのにさらっと答えちゃうんだもん!」

「ねーほんとほんと!憧れちゃうなあ〜!」

授業間の玄関ホール。同じ授業を受けていたであろう女子達の黄色く甲高い声。
いつものことでも、正直耳がいたい。

「…ありがとう、あれくらいたいしたことないよ」

気持ちとは裏腹に、頬の筋肉は勝手に緩んで、浮かべたくもない笑顔を作り出す。

「じゃあ俺教室行くから、またね」

最後にもう一度微笑むとみるみる紅潮する目の前の小さな頭に
小さくいらだちを覚えながら踵を返しては逆方向へと歩き出す。

「みてみて鞠塚くんよ…!ほんとかっこいい…!」
「あーーあ俺もあんな綺麗な顔だったらなー」

まただ。俺の「顔」「建前」「実績」
それだけで褒めちぎり媚びてくる奴ら。今までだってそんなことはたくさんあった

家が裕福だからと媚びてくる「友人」たち。
自分の評価をあげるために媚びてくる「先生」方。

もう、うんざりだ…




「…ただいま」
憂鬱な気持ちを更に重くさせる玄関を、ギィ、と音を立てて開く。

無駄にデカイ玄関。俺の小さな声は届くはずもなく、誰からも返答はなくて

下を向きながら重い足取りで母の元へ向かう。

コン、コン

母の部屋を小さくノックすると、一瞬の間のあとで届く返答。

その声はひどく冷たくて。一般家庭の母親が息子に向ける声とはかけ離れていて。

ぐっ、と拳に力を入れ、扉を開く。
「…失礼します」

仕事机を睨んだままこちらを見ようともしない母。
母は弁護士をやっていて、いつもこの調子。依頼書とのにらめっこだ。

父は医者で家には滅多に帰らないために、俺は実質片親育ちで。

「…で?何の用?」

無駄話は許さない、そう切り捨てるように冷ややかに投げかける母に、嫌気がさして。

「…これ、三者面談の希望表だって」

一枚の紙を突き出すと、ちらりと視線を向けた母親はあからさまに嫌そうな顔をつくり

「私は仕事で忙しいのよ?行けるわけないじゃないの」

そう吐き捨てた。

…分かっていた。どうせ来ないんだろうな、と
そう思っていた。中学のときだってそうだった。

「貴方はなんでもできるんだから進路なんて選び放題でしょう?もう高校生なんだから自分で選びなさいな」

相変わらず依頼書に向けたままの視線。
興味ないとでもいうような冷たい声色。

俺はなにも返さずに希望表をその場に落とし、重い空気のその部屋を

あとにした。


数日後。
授業と部活を終えて帰宅すると、相変わらず出迎えはおろか、おかえり、の一言も聞こえない空虚な家。

そのままリビングへと向かいソファーに目をやると、珍しく見える母親の姿。

ちらりとそちらを見やるとぱちりと目が合う。
(…目、あったの何年ぶりだ)

気まずくなりすぐにそらす。

「…この間の」

すると驚いた事に話をふってきたのは母親の方で。差し出すのは一枚の紙。

「なに、この紙」

受け取らずに冷たく返すと、はぁ、とため息をつく目の前のひと。

「三者面談の話。」

「え、くるの」

目を見張り淡い期待を寄せる。
でもそれが壊されるのは直後のことで

「なにいってるの、いけないって言ったでしょう?全て貴方に任せるって書いたの」

なんの悪びれもなくそう告げる母親に、俺の中の何かが壊れた音が聞こえて。

ぱん、と差し出す手をはねのけると勢いよく家を飛び出して
無我夢中に走り去る。

ぽろぽろと涙が頬を伝う。



どこまで来たのだろう。気付けば空からは大粒の雫が落ちてきていて。
思えば財布も携帯も、なにも持ってなくて。

(…どんだけバカなんだよ、俺)

適当な建物の屋根に隠れて。
まだ8時過ぎくらいだろうか。
隠れた建物からは光が漏れて。まだ営業中なんだろう。

放心状態で雨を見つめていると
カラン、小さな鈴の音とともに、すぐ横のドアが開いて。

出てきたのは若くて綺麗な金色の髪が雨にはえる、綺麗な男性。

その姿はあまりにも綺麗で、目がはなせなくて

「…あの、君、どうしたの?」

声をかけられるまでぼーっと見入ってしまった。

「、あ、えっと、す、すみません…じゃま、ですよね?」

ぺこりと頭を下げて去ろうとすると、唐突に掴まれる腕。

「え、」
「…勘違いだったらごめん、君……泣いてた?」

まっすぐに見つめられて、その瞳が綺麗すぎて、心が締め付けられて。

また一粒、大きな涙をながす

それは、悲しみの涙ではなくて
さっき流した涙とは違くて

(この人なら俺を愛してくれるかもしれない)

そんな、根拠のない安心感から流れた

運命の涙。

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