明日晴れるかな | ナノ


太陽が真上から少し傾いた午後2時。
メフィスト・フェレスとの約束を果たすために私は理事長室に来ている。
目の前に良い香が漂う紅茶が注がれた高そうなティーカップととても美味しそうで飴細工で作られた真っ赤な薔薇が乗せてある綺麗なケーキを出された。
ていうか飴細工を初めて生で見たな。


「どうぞ、遠慮なく食べて下さい」
「…ありがとうございます」


ケーキ用に置かれたフォークでケーキを少しだけ切りぱくりと食べてみる。
ちょっとだけ、もしかしたら毒が入ってるかもと疑ったけど、今のところは大丈夫で、むしろ普通以上に美味しい。
美味しいけれど、なぜだかメフィストがニヤニヤしながらずっとこっちを見ていて、正直食べづらい。


「……顔になにかついてますか?」
「いえ、何も」
「じゃあ、あの、見るのを止めてもらいたいのですが」
「ああ、すいません。つい」


ついってなんだ。
謝って起きながら相変わらず頬杖をついて私を見てくるし。
はあ、と小さく溜め息を吐いて手に持っていたフォークを皿に起き、メフィストのほうに向き直った。


「おや、もういいんですか?」
「残りは後からいただきます。…それよりも、そろそろ用件のほうを伺いたいのですが」
「固いですねえ。まあ、いいでしょう」


メフィストが私の真正面の椅子に座る。
先ほどよりも至近距離で隈が出来ているメフィストの目と合った。


「では本題に移らせてもらいましょう」
「単刀直入でお願いしますね」
「…ええ、わかりました。貴女のその甘い匂いはなんですか?」


やっぱりそう来たか。
メフィストも悪魔だから私の匂いは感じとっていると予想はしていたけどね。
ただ、この甘い匂いの正体が何か知らないのは予想外だった。
彼なら何としても調べあげると思っていたのだけど。


「もし私が答えない…と言ったら、どうしますか?」
「どうもしませんよ。ケーキを食べるなり、帰るなり好きにして結構です」


少しの間、居心地の悪い沈黙が続いた。
もはや私とメフィストは見つめ合うというより睨み合っている状況だ。
きっとここで話さなかったとしても、なんらかの形でこの男には絶対に知られるだろう。
それは予想というより確信に近かった。
ニッと私が笑みを深める。


「…わかりました、話します」
「ありがとうございます」
「いえ。私の甘い匂いというのは、"悪魔"のみ感じます。普通の人は感じません。悪魔が私の甘い匂いを嗅ぐと、どうやら私を傷付けなくなり、逆に守ろうとする」


ほう、とメフィストが目を細めて興味深そうに呟いた。


「証拠は?」
「理事長が感じている甘い匂いと、そして奥村先生から聞いていますよね。実技の授業で蝦蟇をいくら刺激しようが私を追いかけなかったと」
「それだけですか?」
「…そうですね、これなんかどうです?」


私はおもむろにさっきまでケーキを食べていたフォークを手に取りそれを自分の太もも目掛けて振り下ろした。
…が、フォークは太ももに刺さる前にメフィストが私の手首を掴んだおかげで寸前で止まった。
私の手を掴んだことが無意識だったからかメフィストも驚いていて、額から冷や汗が流れていた。


「お分かりいただけました?」
「ええ、十分過ぎるほどに」
「それは良かったです」


つまり、メフィストは悪魔だから甘い匂いがする私を傷付けたくないと思ってフォークが突き刺さる前に私の手を掴んで止めたんだ。
正直なところ成功するかどうかは全くわからなかったけど、無事成功したようなのでよかった。
もし失敗だったら太ももにフォークが突き刺さってるところだったしね。
まあ、一種の賭けのようなものだった。


「いやあ、驚きました。つまり貴女は悪魔に愛された少女だと!」
「そんな違いますよ」


興奮気味にそう言ったメフィストさんの動きが止まった。
それはどういうことですか、と白色のシルクハットを深く被った。


「愛されたわけではありません。むしろ私は邪魔な存在。守るといったって、それは本能じゃない。甘い匂いで悪魔を支配して守らせてるんですよ。つまり甘い匂いが脳に"守れ"と命令してるんです」
「おや、ずいぶんとシビアですねえ。もう少し自惚れてもいいと思いますけど」
「…自惚れは失敗への一歩ですよ」


残りのケーキと紅茶を口に詰め込む。
最後に残った飴細工の薔薇を砕けばすぐに溶けてなくなってしまった。


「ご馳走様でした。ケーキも紅茶もとっても美味しかったです」
「もうお帰りになりますか?」
「はい」


テーブルに置いていたケータイをパーカーのポケットに入れて入り口に向かう。
とにかくもう用件は済んだからここにこれ以上用はない。
長居は無用、万が一ボロが出てしまう前にここから立ち去りたい。


「ああ、名前さん」


ちょうどドアを開けたところで、メフィストから呼び止められた。
ぴたりと足を止めて振り返る。


「消したデータを戻しておいてくださると嬉しいですねえ」
「…はい」
「それだけです。またいつでも遊びに来てくださいね。歓迎しますよ」




disgusting
(お互い様だけどね)



 

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