どうせなら拒絶して欲しい
あの日から燐は何度も私へキスをするようになった。必要以上に私に触れようとする。最初は愛されているような気がして嬉しかった。だけど日を重ねるごとにそんな燐を怖く感じるようにもなってきた。燐は怖いくらいに私を大事にしてくれて、怖いくらい優しくしてくれる。だからこその恐怖。燐は一体何をしたいのか。私をどうしたいのか。
「名前」
隣にいる燐が私の名前を呼ぶ。きっと私へ語りかける一言一言にありったけの感情がこめられているのだろう。これは自惚れなんかじゃない。感じてしまうのだ。私を呼ぶ声に、愛があると。希望があると。慈しみがあると。…狂いがあると。わかってしまうのだ。わかりたくなかったけどね。
「今日は何してたんだ?」
『今日は本を読んでいたよ』
「どんな本?」
『ミステリーだよ』
「どれくらいの時間?」
『小1時間くらい』
また始まった。燐の質問タイム。これはいつも燐がいなかった時間のことを聞かれる。それもすごく詳しく。私の知らない時間を埋めようとしてるみたい。すべてを知ろうとしているのか。
「ふうん…そっか。なんか妬けるな」
『な、なんで』
「名前が1時間も俺以外のものに夢中になるなんて許せねぇ」
ちゅう
キスをされた。最初は顔を真っ赤にしたが、今は羞恥よりも少しの恐怖心のほうが勝っている。噛み付くように唇を貪り、吸い、舐める。少し離してからまたその行為の繰り返し。燐はこんな行為で満たされるのだろうか。私にはわからない。ねぇ燐。燐は何がしたいの。私にはよくわからない。ぐるぐると頭の中が燐でいっぱいになる。もしかしてこれも燐は狙っているのかな。自分でいっぱいにして欲しかったのかな。
『ん……』
最後に下唇を舐め唇を離してくれた。目が合うと燐はいつもみたいに柔らかい笑顔を私に見せてくれた。だから私をぎこちなく笑い返す。
「名前…好きだぜ、愛してる」
『…うん』
「誰でもなく、名前をだ。愛してる。どれだけ言っても足りねぇ。愛してる。ただ愛してる」
ぎゅうと抱きしめられ、愛の言葉をたくさん囁かれる。声色はすごく暖かい。だけど…狂喜も含まれている。なぜだか、涙がポロポロと流れ出してきた。燐は狂い始めている。私だ。私が原因だ。私が燐を壊してしまったんだ。狂い始めた歯車を回しているのだ誰でもなくこの私なんだよ。ごめんなさい…こんなつもりじゃなかった。ただ燐と友達でいたかった。それだけなのに。燐を壊してしまった。私の存在のせいで。
「なんで泣くんだよ」
涙を舐めとられ目尻にキスを落とされる。だけど涙は止まらない。燐は私の一番始めの友達だったんだ。学校で、塾でどことなく浮いていた私に話し掛けてくれて、仲良くしてくれて、一緒に遊んでくれて。だから燐とはなおさら仲の良い友人でいたかったんだ。あわよくば親友、なんてものになりたかったんだ。あの時の燐は本当に純粋だった、余計な感情が混じっていない眩しい笑顔は今でも脳裏に焼き付いている。
『…なんでもないよ』
「そうか。…泣き顔も可愛い」
更に強く抱きしめられる。ああ、もうやめてよ。そんなことをされたらもっと泣きたくなってしまう。
どうせなら拒絶して欲しいそうしたら楽になれるのに。なにも考えなくても、いいのに。私一人が壊れるだけなのに。私が犠牲になるだけなのに。私だけなのに。燐をこれ以上壊さないのに。全部全部全部全部全部私が犠牲になれば済んだことなのに。なんで?、神様は意地悪だ。