もう何が何だからわからない 『ひっ、』 朝、寝間着から私服へ着替えていたとき、鏡に映った私の体を見てビックリした。 『なにっ、これ、』 そう、鏡に映る私の鎖骨には無数の赤い花が散らばっていた。世間的に言うと、内出血、鬱血痕、…キスマーク、というものだった。一つだけならば虫にでも刺されたのか、と思うが数が尋常じゃない。これではキスマークというよりも、重なり過ぎていて痣のようにも見えるほどだ。だが私はこれを付けられた記憶がない。…ということは、私が寝ている間に誰かが付けたということだ。 誰がやったか、なんて予想はとっくについている。雪男はこんなことしない。ならば―――燐しかいないのだ。 燐は一体何がしたいのか。私の脳みそではそれはさっぱりわからなかった。 ひとまず鎖骨が隠れる服に着替えてベッドに寝転がり、古びた天井を見ながら考える。 どうしようか。こんなことは誰にも言えない。しえみにも勝呂くんたちにも…雪男にも。私がそんなことを考えていた時だった。コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。私は意識をはっきりさせ返事をする。入ってきたのは雪男だった。 『あ…、雪男。どうした?』 「朝食を届けに来たんだ」 『……燐は?』 「兄さんは今日は朝早くに出かけたんだよ」 『そっか…』 兄さんのほうがよかった?と意地の悪い笑みを浮かべそう言った雪男にそんなことないよ、と笑い返した。…正直燐じゃなくてよかったと思ってしまった。だって今は燐に会いたくはないから。燐を怖いと思ってしまう私はやはりおかしいのか。 「――それ、なに?」 『えっ?』 下を俯いていた私が顔を上げると、そこには見たことが無いほど冷たい表情をしていた雪男の顔があった。氷のように冷めた色をしている眼差しは鋭く私を見ていた。見たことのない雪男の表情に私は戸惑い動揺を隠せなかった。だが雪男は相変わらずの冷たい態度で私の鎖骨を指差した。 そこでようやく気付いた。前から見たら鎖骨は隠れているが上からみたら鎖骨は見えるらしい。つまり、雪男にキスマークを見られたのだ。 ―――どうしよう。雪男は頭が良いから頭の回転ま早い。もうきっと燐がやったと気付いているはずだ。嫌な汗が私の顔を伝った。 「これ、兄さんがやったの?」 どさっ、と音を立てて私は再びベッドへと寝転がった、いや、押し倒された。 『あの、雪男…っ?』 無言で覆いかぶさる雪男に恐怖心が湧いた。押し倒されたあの時の燐と雪男が重なって見えた。私と雪男の距離は最早ゼロに近かった。無表情の雪男の顔が、今にも重なりそうなほど。 『ゆき、お』 「気に食わないなぁ」 『い…っ』 雪男が鎖骨に爪を立てた。ぷつり、ぷつりと血が出てきて鈍い痛みが体中に走った。それを舐め取る雪男を見て、なにがなんだかわからなくなってきた。もう燐も雪男も、何がしたいのか、全部全部全部わからなくなってきた。 「兄さんも…やってくれるよ、本当に」 『雪男っ、やめ…っ』 燐が付けたであろうキスマークの上からさらに新しくキスマークを付ける雪男。抵抗は全く意味のないもので、頭も働かなければ力も入らない。そんな状況に思わず涙が零れた。 ―――最近、私泣いてばかりだなあ、なんてぼーっとする頭で考えてみる。雪男は私の涙に気付いて、優しい手つきで涙を拭ってくれた。 「泣かないで」 『雪男のせいだよ…っ、馬鹿』 目尻にキスをする雪男。そんな彼の目にも確かな"狂気"は含まれていた。そういうとこは兄弟そっくりなんだね。…そんなとこ、似なくていいのに。なんだか悔しくなって下唇を噛んだ。 運命が、少しずつ動く音がした。それは確かに―――私にも聞こえた。もしかしたらこれは、警報だったのかもしれない。 |