人が下手に出りゃあいい気になったのか
霊美と紫乃は俺の部屋にずかずか入ると
どかっと座って、勝手に雑誌まで読み始めた。

「おい。こら。てめぇ。何くつろいでんだ!!」

「まぁまぁ。君に話したいことがあるんだよ。紫乃さんのことでね」

俺は無言で紫乃に目を向ける。
彼女は申し訳なさそうに頭を下げていた。
謙虚な美人に免じて話を聞いてやることにする。

「それじゃあ紫乃さん。エース君に話してくれるかな?成仏せずにあそこに居着いていた理由を」

霊美は煎餅をバリバリしながら紫乃に視線を向ける。
その煎餅は俺の隠し煎餅だ。
食うんじゃねぇ。


『・・・はい。私は元々あそこの住人ではありません。私の生家は空襲で燃えてしまいましたので』

空襲。という単語。
すると紫乃は昔の戦争時代を生きた人間ということになる。

「じゃあなんであの廃墟に?」

『それは、私の遺影と位牌があそこに捨てられたからです』

「・・・」

俺はそこで口をつぐんだ。
紫乃の瞳は悲しく揺れていて、それ以上は何も言えなかったからだ。

『捨てたのは私の親族です。でも、私には親も子もおりませんでしたので、きっと遠い遠い親族なのでしょう。誰か分からぬ位牌と遺影。置いておくなんて嫌だったのでしょうね』

紫乃はそう言ってにこりと悲しげに笑った。
バカな俺にだって分かる。
祖先を供養しなきゃならねぇことぐらい。

『でも、私にとってあそこは居心地がよかった。あの廃墟にいる幽霊さんたちはとても優しく・・・。あそこに面白半分でやって来た方々の体を使って仏間を綺麗にし、私の遺影と位牌を置いてくれたんです』

「だからあんなに仏間が綺麗だったんだな」

まぁ人に取り憑いて、仏間の掃除をさせる幽霊達は優しい幽霊なのか?
という疑問が残ったが、言わずに留めておこう。

『・・・私が成仏できない理由は、二つあるのです。一つはちゃんとした供養をしてもらいたい。あと一つは・・・。』

紫乃はそこまで言ってきゅっと唇を噛んだ。

『あと一つは・・・。寅次郎さんにもう一度会いたい』

「寅次郎?」

紫乃はそう言ってさめざめと泣き出したのだ。
それからは、寅次郎と言う名を連呼しなき続ける紫乃。

「・・・紫乃。落ち着けよ。話してくれねぇか?その寅次郎ってやつのこと」

俺がそう言えば、紫乃はハッと目を見開く。


『・・・あなたは優しいお方ですね。』

紫乃は細い指で涙を拭うと、ふんわりと笑う。
俺はなんだか恥ずかしくなって頬を掻いた。

『寅次郎さんと私は、密かに思い合っていました。何時も約束の場所で待っていてくれた寅次郎さん。そこで当時貴重な白米を使った一つのおにぎりをわけあって食べたのが懐かしい・・・』

紫乃は遠い目をして続ける。

『でも、戦況は厳しくなり。ついに寅次郎さんの元へ赤紙がやってきてしまいました。』

「あかがみ?」

俺は聞いたことあるような、ないような単語に首をかしげた。
そうすれば煎餅バリバリする霊美が、ボソリと呟いたんだ。

「その当時、軍隊から国民に送られた召集令状のことだよ。その色が赤かった事から赤紙と呼ばれたんだ。そんなことも知らないのかい?」

「・・・う。知らなかった」

煎餅食いながらどや顔すんな。
俺はそう思いながらも、また紫乃に視線を向ける。

『寅次郎さんは赤紙に従い、出兵することに・・・。その時私に寅次郎は言ったのです。"必ず生きて帰ってきます。私が帰ってきたら・・・私と夫婦になってください"・・・と。』

紫乃はそこで暗い影を落とす。

『しかし、約束は果たされる事なく・・・。私は流行り病にかかり終戦と共にこの世から去ってしまいました。それから幽霊になった私は寅次郎さんを探し回りましたがみつかりませんでした。もし、また会えるのなら・・・寅次郎さんに会いたい・・・』

紫乃はそこで話を終える。


「まぁ。そういう事だよ。エース君。ん?どうしたんだい?」

俺はハッとして目から出る水を拭いた。
決して涙じゃない。
あれだ。
取りすぎた水分が目から出てるだけだ。

「っ・・・な、なんでもねぇよ」

「・・・泣いていたのかい?キシシ。意外に涙脆いんだね」

「うるせぇ!!シバクぞてめぇ!!」

紫乃は頭をそんな俺たちに頭を下げて言い放つ。

『お願いします。どうか、どうか!寅次郎さんを探して頂けないでしょうか!!一目でいいのです。彼に会いたい!!』


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