モビーに戻った一同。
幸いな事に怪我人は多数出たが、その中に死者はいなかった。
医務室には治療のための長蛇の列が出来上がり
ナースと船医が忙しく動き回る。


「いてててー!もっと優しくしてよー!」

「サッチ隊長は大げさです!かすり傷なんだから、我慢してください!!」

「にゃーー!名誉の負傷にゃ!!我が生涯に一片の悔いはないにゃ!!」

「お前はただの打撲だよい」


わたわたと忙しく混雑する医務室。
そんなざわめきが遠くに聞こえるなか、ルピタはモビーの一室で
すやすやと眠るチチカナを見つめていた。

「ルピタ。入るぞ」

入ってきたのは、所々包帯を巻いたマーベルだった。

「マーベルさん」

「体は大丈夫か?」

「うん。私は全然平気だよ」

「そんな包帯だらけでよくいうよ。少し休んだらどうだ?」

マーベルはそう言って笑うと、ルピタの隣に腰かける。


「よく寝てやがる。それにしても驚きの連続だったな」

「・・・うん。マーベルさん達はこれからどうするの?」

「あー。旧大陸のギルド本部に報告をしにいかなきゃならねぇ。この船にあたしの部下を1人置いていこう。そうすりゃあモガの村まで案内してくれる」

マーベルはそう言いながら、目にかかったチチカナの前髪をそっとずらしてやる。
その眼差しは慈愛に満ちた母親の顔だ。



「おーいジェイク!」

エースは食堂で肉を頬張るジェイクに声をかけた。

「おぅ!エース!肉食うか?」

「んじゃ一本貰う」

エースはにんまり笑ってジェイクの隣に腰かけると肉を頬張った。

「大分怪我してんな」

「そう言うエースだって」

互いに包帯を巻かれた姿を見合って笑いあう。

「そういやぁ、ルピタの奴どこいきやがったんだ?」

「あいつならチチカナん所じゃねぇか?」

エースはふーんと返事を返すと、肉を素早く頬張り席を立つ。
甲板に出れば、夜風がひんやりとエースの頬をなでた。

その視線の先に、手すりにもたれ掛かり
空を見上げるルピタの姿がある。
エースは驚かせてやろうと、悪戯な笑みを浮かべ忍び足で近づいた。

「よぉ!!!」

「うわぁああ!!!あああああーーー!!!」

「驚きすぎだろ!!」

バクバクする心臓を押さえ、ルピタが振り返れば
そこにはエースの姿。

「なんだ。エース隊長か」

「なんだとはなんだ。」

エースはルピタの隣に並ぶと、同じように空を見上げる。
満天の星空は、今にも降ってきそうなくらい
近くにあった。

「綺麗だな」

「ですねー!金平糖みたい!あ、金平糖食べたい!」

「お前はほんと甘いもん好きだな」

エースがそんなルピタに苦笑いすれば、彼女は満面の笑みで返す。
そんなルピタに不覚にもドキリとしてしまったエースは
急いで顔を逸らした。

「なんか、色々あって一気に疲れちゃいましたねー」

「お、おぅ」

ルピタはそのままバタンと仰向けに寝転ぶと、クスクスと笑う。
そしてその腕を空に伸ばすと、まるで星空を掴もうとするようにその手のひらを広げた。

「こうすると、空しか見えないですよ」

そんなルピタに視線を移して、エースもその隣にバタンと仰向けに寝転んだ。

「本当だ」

二人の司会には無限に広がる星空しか映らない。
それを黙って見つめていれば
ルピタがボソリと呟いた。

「みんな、無事でなによりです」

「だな・・・」

何を話す訳でもなく、ただ目の前の星空を見続ける。
すると風に乗るような歌声が、微かに耳に入ってきた。
それはとても美しい歌声で、エースは思わず上半身を上げる。

「誰が歌ってんだ?」

辺りをキョロキョロするエースに、寝転んだままのルピタが口を開く。

「歌姫ですよ」

「うたひめ?」

「はい!歌姫の歌を聞けるのはとても運がいいんですよ」

ルピタはそう言ってニシシッと笑った。
それは聞いた事もない言語で
歌詞の意味は分からないものの、透き通ったその声に誰もが耳を傾けるほどだ。

「歌姫の姿は誰も見たことがないんです」

「え?そりゃどういう事だ?」

「大地の精霊だと言う人もいますし、歌に全てを捧げた女の亡霊だと言う人もいます。けどその正体は謎のままなんですよねー」

「ほぉ。それにしても綺麗な声だな。何言ってるかはわかんねぇけどよ」

「あはは。そうですよね。確か・・・古代の言葉で、生命ある全てを歌った歌だそうですよ。聞いてると不思議な感覚になります」

しばらくその歌声に聞き入れて、フッとエースが口を開いた。

「あのよ。ルピタ」

エースはそこで口ごもり、しばらくして意を決したようにまた口を開く。

「あのよ!俺たちが元の世界に戻る時が来たら・・・。一緒に戻らねぇか?あの海に」

夜風が空を舞う。
返事のないルピタにエースが視線を移せば

「・・・まじかよ」

彼女はスヤスヤと寝息をたてていたのだ。
そんな彼女頬をそっとつねってみても、起きる気配はない。

「・・・なんてな。俺は何言ってんだ。こいつにはこいつの目標があるってのによ」

エースは自嘲気味に笑うと、自分もバタンと寝転んだ。


生命を歌う声と共に
月光が照らすこの世界。

ある者はその光の中で
盃を交わし

ある者はその光の中で
眠り

ある者はその光の中で
その命を終わらせる

この世の理と言わんばかりに
歌いつづけるその歌声を遠くに聞きながら
エースは目を閉じた。








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