『今回の任務は長引いたな』

ルーカスはリエッタが待つ家に急いだ。
しかし何故だか村の雰囲気がいつもと違う。
村人達はこちらを見てヒソヒソと眉を寄せている。
ルーカスはおかしいと思いながらも家路を急いだ。

『ただいま!』

木製の扉をあければ、いつも漂ってくる食欲をそそる匂いがしなかった。
いえはもぬけの殻で、そこに愛しい妻の姿はなかった。

一瞬で血の気が引いていく。
ルーカスはその場から動けなくなってしまった。

『あら。お帰りなさい』

振り向けばそこにいたのは助産婦だった。
まるで可哀想なものをみるような目でルーカスを見つめていた。

『リエッタは・・・リエッタは!?』

半ば錯乱状態のルーカスは助産婦に詰め寄る。
すると助産婦はため息混じりに事を話した。

『リエッタさんならあのシナト村の大僧正様と共にシナト村に行ったよ?大僧正様はこの辺の取締役でもあるからねぇ。その方に連れられてってことはなんか悪いことでもしたんじゃないかってもっぱらの噂だよ?可哀想にねぇルーカスさんも若いのに』

ルーカスは助産婦の話が終わる前に走り出していた。
シナト村。ただそれだけを目指し走る。
シナト村にはその晩に着いた。
任務で疲れきった体はそれにより更に負荷が掛かる。
それでも重いからだを引きずり大僧正が鎮座する奥間へと向かった。

『ルーカスさんですね。』

大僧正はわかっていたかのようにルーカスを見つめた。

『リエッタはどこだ?』

『奥様は禁足地へ』

『禁足地・・・』

『そうです。今は乗り越えるべきなのです。だからどうか・・・お引き取り願いたい』

『ふざけるな!妻は身重なんだぞ!!妻は連れて帰らせてもらう!』

『どうか。どうか。お願い致します。きっと謝罪しても仕切れぬでしょう。しかし、これは世界のためなのです』

大僧正は肩を震わせ泣きながら頭を垂れた。
ルーカスには何も分からぬ悔しさと、怒りのみが込み上げる。

『妻に会いたい。妻に会って話を聞かせてもらう』

ルーカスはそう言って必死に制止する大僧正を振り切った。



禁足地は高山特有の風が吹いていた。
そこに居たのは妻であるリエッタ。
黒髪を靡かせ、張られた結界のようなものの中心でただぼんやりと月を眺めていた。

『リエッタ』

名を呼べばリエッタは弾かれたかのよう振り向き笑う。
その顔に生気等なかった。

ルーカスはへらりと笑うリエッタの隣に座り込み二人でぼんやりと月を眺めた。

『あのね。アナタ。私の赤ちゃんは産まれてこれる子と、これない子がいるの』

『・・・何を言っているんだ?』

『その子は、私のせいで殺されてしまうの。私の代わりになって殺されて、しまうの』

リエッタの瞳からぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
ルーカスはその震える肩を抱いて、彼女が泣き止むのをただ待った。
しばらくしてポツリ、ポツリとリエッタが事を話してゆく。 ルーカスは何も言わずにそれを聞いた。

『ごめんなさい。だから私はあの場所から出てはならなかったの。アナタに出会ってはいけなかったの。』

ルーカスの瞳に揺れたのは、そう言って泣きじゃくる彼女の姿だった。

『遠くに、行こう』

ルーカスが放った言葉が風に溶けた。

『ここより遠くに。そうだ。旧大陸にでも行こうか。あそこは栄えた町が沢山ある。そこでこの子達を育てよう』

『でも・・・』

『憑き物があろうがなかろうが、君は俺の妻で、お腹の子は俺の子だ。一人も欠けちゃならない。絶対だ』


その夜。二人は禁足地から
姿を消したのだ。

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