「お、お前口きけるように・・・」

俺はバカだと思った。
色々頭が混乱して、久しぶりの第一声がそれだ。
するとあいつは嬉しそうに頷いた。

「うん。エースの声聞こえるよ。すっごく綺麗な声」

「き、綺麗な声って!」

「ふふ、照れてる!」

口元を隠して笑うあいつに、俺は顔が熱くなるのを感じた。

「今までどこいってたんだよ!」

「ごめんね。いきなり居なくなって」

「心配してたんだぞ!・・・ま、まぁ会えたからいいけどよ。」

「ありがとう」

「そうだ!俺との約束覚えてるか?」

「うん。覚えてるよ。」

「俺、明日発つんだ。だから、その・・・俺が海賊王になったら!お前を嫁にもらってやるからな!」

「うん。ありがとエース」

儚く散る花のように
憂いを帯びたあいつの笑顔。
それはセピアの世界によく映えて
俺は唇を噛み締めた。

「あ、後よ!わりぃ・・俺、お前の名前・・・どうしても思い出せなくて」

正直無粋な質問だ。
初恋の相手の名前を忘れたから教えてくれって。
そう言いかければ、あいつは口を開いたんだ。

「いいの。思い出さないで。そのまま忘れて?」

「は?何言って・・・」

「忘れなきゃエースは前に進めないもの」

あいつは伏し目がちにそう呟いた。

しばらくして、沈黙を破るように
あいつが口を開いたんだ。

「あのね?ある女の子の話。していい?」

「え?あ、ああ」

意味が分からず間抜けな返事を返せば、あいつはクスリと笑って語りだした。

「ある女の子はね、生まれつき体が弱くて色んな病気にかかっていたの。そのせいで耳も聞こえなくなってしまった」

あいつが語る
女の子の話は・・・

「その子の親はそんな子どもの姿を見て受け入れられずにその子を捨ててしまったの。捨てられた女の子は親戚をたらい回しにされて、最終的に遠い遠い親戚の人に引き取られた。でもそこでも体が弱いその子はお荷物で・・・」

震える唇から紡がれるその話は
きっと
きっと
あいつ自身の話なんだ。
俺は体の震えが止まらなかった。

「でもね、その親戚の家は本屋さん。本が好きな女の子は進んでお手伝いしたのよ。それでも誉められることなんてなかったけど、頑張って頑張って毎日お店の前を掃除したの。そしたらね?ある日男の子と出会ったんだって」

「・・・」

「その子はね、黒髪でそばかすがあって目付きの悪い男の子。いつも何を言うわけでもなくじぃっと女の子を睨んでた。でもね、本当はすっごく心の優しい男の子だった。女の子は男の子と仲良くなって、少しずつだけど持病も良くなっていったの」

あいつの顔に影が落ちた。
何故だかその先が聞きたくなくて
俺はあいつを抱き締めたんだ。

「・・・エース」

「言うなよ」

「お願い。聞いて?」

「言うなって言ってんだ!!」

俺の背中を優しく撫でるあいつの掌。
腕の中の慈愛に満ちた表情に、俺は眉を寄せる。

「ある日、女の子は良くなっていた持病が急激に悪くなったのを知った。どんどん痩せて、自慢だった髪の毛にも艶がなくなっていって・・・。もう助からないところまで来てしまっていたの。それでもお店のお手伝いを欠かす事はしなかった。だって男の子に会えるから」

ふわりと綻ぶあいつの表情。
俺は自然と抱き締める腕の力を弱めた。

「結局ね、女の子は病に勝てなかった。苦しくて、辛くて、最期は誰に看取られる事もなく死んでいった。でもね?」

そしてあの花が咲くような笑顔が
俺に向いたんだ。





「でもね、彼女は幸せだった。」





気づけば俺は古本屋の跡地の前に立っていた。
人気のないセピアは
人気のあるカラーに変わり
それはいつもの街の風景だった。

抱き締めていた感覚は残ってる。
あいつは暖かかった。
もう掴むことの出来ないその体温を
掌に込めるようにして拳を作った。


「なまえ・・・。」


思い出した。彼女の名前はなまえ。
忘れていたんじゃない。忘れようとしてたんだ。
なまえが消えてしまった現実を
あの時の俺は幼いながらに忘れようとしたんだ。



でもね、彼女は幸せだった。



なまえが確に言ったその言葉。
俺は生涯忘れない。




おわり。



あとがき
10000hit企画第三弾!切!
なんか色々ツッコミどころ満載ですが
気にしたら負けです←
切ない感じを表現したくて
撃沈みたいな感じになってしまいましたが
いかがでしたでしょうか?
名前変換があまりなくてすみません(泣)
では読んでくださりありがとうございました!



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