春が過ぎて
夏が過ぎて
秋が過ぎて
冬が過ぎて

そうしてまた春が来て。

捲るように変わる季節と共に俺もあいつも成長した。
そして初めて知ったんだ。
これが俺の初恋だった。

そんなある日
ふって気づいた。
出会った時よりもあいつがすっごく小さくなってたんだ。
細かった腕はさらに細くなり
元々色白だったが、更に白くなった気がした。

ゴホゴホと咳き込む事も増えた。
あの人形のように綺麗で艶やかな髪にも、艶がなくなった。

唯一変わらなかったのは心配する俺に大丈夫と微笑むその笑顔だけだった。


ある日いつものようにメモ帳で会話をしていた時だった。

おれは、大きくなったらかいぞくになりたいんだ。

紙に綴った俺の夢に

かいぞくになりたいの?

と綴り返すあいつ。




ああ。かいぞくになるんだのが夢なんだ!

大きな夢だね

おまえの夢は?

わたしのゆめは・・・


あいつはそこまで書いて、ペンを止めた。
白い頬が真っ赤になってて、潤んだ大きな瞳で俺を見つめるもんだから
俺だって恥ずかしくなった。


わたしのゆめは、エースのおよめさん。

震える手で綴られたあいつの夢に、俺は今まで経験したことないくらいに
心臓が早く脈打った。
しばらくして、俺はこう書いた。

いいよ。

それは俺の精一杯の気持ちだったんだ。

あいつの顔が
花が咲くみてぇに笑った。
だから約束したんだ。

俺はいつか、今よりもっと強くなって
海賊王になったその時がきたら
お前を、向かえに来るって。



それからしばらくして
あいつが俺の前から姿を消した。
あれは雨がザァザァ降る、冷たい日だったのを覚えてる。

次の日も、そのまた次の日も。

あいつが俺の前に姿を現す事はなかった。

そしてついに
その古本屋がなくなったんだ。
ずっとシャッターが閉められていたその建物が
壊されていた。


どうしようもなく、虚しい気持ちが全身を駆け巡って
その日は日が沈むまで、その瓦礫の山を見つめていたっけ。


そんな俺も17になった。
決めていたんだ。17になったら海に出るって。
明日はその旅立ちの日でもあった。
柄にもなく、俺は街をぶらつきながら
昔を思い出したわけで・・・。
自然とあの路地へ足が進む。

けどよ。こんなに鮮明に思い出せるのに
あいつの名前だけは思い出せねぇんだ。
何度もあのメモ帳に書いたあいつの名前。

俺はあの古本屋の跡地の前に立っていた。
そこには民家が建っていて、昔の面影なんかありゃしない。
ここに来れば、あいつの名前を思い出せるかもって思ったが
思い出すどころか、またあの虚しい気持ちがフラッシュバックするだけだった。


バカらしくなって踵を翻そうとすれば、ふって誰かに意識を持っていかれるような感覚に陥った。
慌てて振り返れば、さっきまで路地を歩いてた人の姿がなくなってた。
まるで写真の中にいるかのような、セピア色の世界。
そして、壊され瓦礫になったはずの
あの古本屋がそこへ佇んでいた。
それはまるで俺を待っていたかのように。

「エース」

澄んだ声が俺を呼んだ。
聞いたことのないその声に振り向けば、綺麗な着物をきた女が立ってた。
白くて、細くて、人形みてぇに綺麗な黒髪と瞳。

俺は目を見開いた。

「お前・・・」

「うふふ。驚かせてごめんね?」

そこに居たのは、成長したあいつの姿だったんだ。




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