とあるファーストキスまでのあらすじ



「っお前、俺のことが好きなのか」

は?、と自発的に男の声が零れた。あまりにも馬鹿げた問いだったもので。ごっめん次元ちゃん、と心中ですら彼をちゃん付けで呼び謝罪する気もないけど一応帽子がわりに3文字被せておく。何を言ったのかはわかったが、何を伝えたいのかは男にはわからなかった。
「意味わかんねぇんだけど」
当然のごとく放たれた言葉が自分の鼓膜を揺らした直後、羞恥からか顔を伏せていた彼はがばっと面(おもて)をあげる。ルパンは目を見張った。確か日本人って黄色人種だったよな?と自分自身に問いたくなるほどに彼は赤面していた。
(…いやいや、たぶん赤色人種だったんだろ、たぶん)
「っだ」
「だ?」
「って、お前、じゃあなんで、そういう、ことを」
「"好きでもないならキス迫ってくんなよ"ってか?」
「ばっ…」
どうやら図星らしい。
よかった、正解は越後製菓じゃなかったのか、とルパンは思わなかった。
(こーゆーとこはしっかり確認してくんのね、変なとこ真面目っつか、めんどく)

「俺はお前とこういうことしたいとか1ミクロンも思ってねぇし、お前が俺のことをどうとかんなこと果てしなくどうでもいいけどやっぱりしっかり言って来るのが礼儀っつーもんじゃねぇの。てかお前あんなに不二子とかに『愛してる』とか言っておきながら結局そういうオチかよやだやだ。っ…だからつまり俺が言いてぇのはお前が俺のこと好きで好きで仕方ないってんならまぁもちろん妥協案なわけだけど少しくらいは考えてやらんでもねぇっつーか、てかお前本気で俺のことどうとかそういうあれなわけだ、そうか」

……めんどくせッ!



「あぁわかったわかったもういい、いいよ、もう」
(お前が何考えてんのか、さっぱりわかんねぇのがわかった)
ルパンはすぅ、と瞳を閉じ瞼を見せ付けて、吐き捨てるように言った。ため息混じりのその言葉は次元の体内にずくりと埋まる。
(あ、やべぇ俺、)
もしかしてめんどくさい奴だと思われたんじゃ、なんて、よく出来ましたの花丸スタンプを押したくなるようなことを頭に浮かべる。もしかして、は余計だけれど。
(いや、だけど、)
男の放つ雰囲気がじわりじわりと自分の骨を冷やしていくような嫌な感じがして、次元は視線を彼から外す。

間違っているのは、自分か、彼か。
キスだなんてそんなこと、この男にすれば大したことではないかもしれない。聞けば大勢の女と付き合っていたことがあるらしいし、何人か現在甘い噂のある女の名前も知っている。ならば、そのうちの誰かと、もしくはそのすべてと、口づけくらいはしたことがあるのかもしれない。高校に入ってから知り合った彼の、過去を次元は知らなかった。
だれど、
(だけど、俺にとっては――…)

じゃあ、とルパンは難儀そうにガムを地面に吐くがごとく呟いて次元を凄むようについていた手を壁から外し、ひらりと振り返る。トッ、とわざとらしく音の立つように一歩踏み込んで、"いいのか?"と問うように背中を向けたままに左右の足を交互に前にだす。次元はぐっと息を飲む。何故こんな感情が沸いて来るのかわからない。この感情のはっきりした輪郭もわからない。どうして目を奴の背から外せないのかわからない。
なんで、
(なんであいつが)
友人の境を大きく跨いで、そこから自分を連れだそうとするのかわからない。
『な、キスしていい?』
『…は?え、キス?え?』
(あっさり言っちまいやがって)
「馬鹿じゃねぇの、…お前…」




朝になった。次元はしかめっつらを惜しむことなく晒して、どかどかと家中に足音を響かせる。帰りてぇ、と家を出る前から呟いて、髪をとぎ、歯磨きをすませた。この辺りでようやく脳の半分くらいが覚醒し、そういや宿題やってねぇなと思いつく。日常茶飯事だ。宿題は基本やらないのがモットーなのだが、次元の成績しか知らぬ者からは相当な真面目っ子だと思われているらしく、宿題を写させろという内容の言葉をよく投げ掛けられ、やってねぇよと半笑いで返すとちょっと引き攣った顔で睨まれる。そして彼等は次元の左隣の本当の真面目っ子に宿題を写させてもらうのだ。いい加減次元が真面目でないのがわかってもよい頃合いのはずだが。鏡の奥で無愛想な顔をする自分が相変わらず朝が弱いことを確認すると、またあいつに宿題見せてもらお、と最低なアイデアを浮かべる。いつもよりいくらか学ランが少し重かった。

教室にたどり着くとあらかたの挨拶を済ませて1番後ろの自分の席に腰掛ける。左隣りの見慣れたボブヘアがなにがそんなに気に食わないのか教科書を睨みつけていた。その前の席の女は鏡とにらめっこをしているようだ。
次元はちらりとそれを盗み見るとなぜかため息をつく。校舎に入ってから肩の上に重いものが乗っているような、足が地面にびったりと張り付くような、そんな感じがしていた。

「あっ」
不二子が声をあげる。つられて次元も廊下へ視線を投げた。
「ルパぁ〜ン!この前言ってたバッグ、また安くなってたのよっ」
不二子はうふんと肩を揺らし、口元を隠すため左手をあげるが尚怪しい。怖いほど綺麗に笑いながら出口へ近づく。名を呼ばれた男は瞳だけ不二子へ向けたかと思うと、ぎゅるりと体を反転させ、飛び込むように入口に近づく。わざとなのか無意識なのか定かではないが、自分に比べて身長の低い不二子に合わせるように腰を曲げて彼に顔を寄せた。
「ごめんって不二子、もう少し待ってくれたらプレゼントすっからさぁ」
そこ声がでているのかと思うほどパタパタと両手を体の前で動かして、自身の思いを伝える。だってね、と先ほどまでの言葉を追い掛けるようにして話しつづけていた。
「…」
なんでかは知らないが彼に視線が搦め捕られて外せない。
「どうかしたのか次元」
一本調子な口調で歩み寄る五ェ門を一瞥もせずに机の上に突っ伏した。
「べっっっっつに」
喉の奥から搾り出した声はやけに不愉快に響く。
「む?気分がよくないのか?」
幼子を慰めるように、次元の頭の上に掌を乗せる。五ェ門の場合は次元の頭を撫でるのがほぼ日課と化しているのだが。
何故かいつもより勢いのない次元に、五ェ門は首を傾げる思いだ。
(…ルパンのアホめ…あん、な、あんなことしといて普通にさ、そういうかんじで当たり前のように生活されっと、なんか俺ばっか意識してるみてぇな…)

"意識"

「ッ…!」
ぼぉ、と顔の温度が上昇する。
「誰が…っ!」
「っ!どうしたのだ次元」
どうやら声と同時に顔もあげていたらしい。予想外に広く明るくなった視界に、自らの心情が照らされあらわになっているようでぴりぴりと耳の裏が熱くなった。
「次元?」
「っなに!?」
「いや、今日のお主些か変だぞ…」
「んなことねぇよっ…!」

(ありえないありえない、意識なんてするか、女好きで八方美人な、俺が1番気に入らねぇ人種だ)





1時間目は古典だった。
その後は波が押し迫るように世話しなく時計の針は同じ場所をぐるぐるぐるぐる駆けずり回って、長い長い午前中が終わる。


次元は席を立った。
お食事前のエチケット。手を洗うためにだ。よくコンビニのお手拭きを持ってきて利用するのだが、生憎本日は持ち合わせていない。ちなみに弁当は必ず自身の手づくりだ。ぱたぱたとスリッパを羽のように鳴らしながら歩みを進める。席が1番後ろの彼は、悪い、と笑みに近い表情をぶら下げてお弁当ゾーン建設中の女子に空間を空けていただいた。クラスと廊下を仕切る扉をぐわらと開いて、少々大きめに足を開くと廊下へ出てこれた。ぱ、と右側へ目をやる。1組の方向だ。誰もいない。
(な、にを)
何をしてんだ俺は、と自分を嫌悪する前にあの男の姿を探していたのだと自覚する。
(馬鹿か)
ぎりっと力強く歯を噛み合わせ、いつもの倍近く大きく腕を振る。(これは余談だが、歯の噛み合わせがよいと勉強にもスポーツにも好成績が残せる可能性が高くなるらしい。)


そして半分走る。お花を摘みに。

「次元ちゃん」
「――はっ!?」

次元が手を洗っていた(というか流れ落ちる水にぼーっと手を通していた)時に、声をかけたのは例の男だった。
「な、んだよ」
「そっちこそなんなのよ、朝からずっっとちらちらこっち見てたくせに話しかけてこねぇしさ。」
「みっ…てねぇよ自意識過剰!」
「そういうわかりきった嘘をやめろって言っ…」
ルパンは言葉を止めた。ここで声を荒げるのは得策ではない。人目につく可能性が高すぎる。
「ちょ、こい」
「は!?」
ルパンが腕を掴む。それだけで脈が駆け足を始めるのを、次元は感じていた。トイレの中に男を連れ込むと、男は小さな声で言った。
「お前、俺とキスしたくないんだろ?」
「だっ…!」
突然の言葉に火がついたように次元の顔が赤くなる。
「から、そういうことをぬけぬけと…」
「めんどくさいよお前。」
「ッ…!」
ずしん、と碇が降ろされたように胸のあたりが重くなった。
「うじうじするししつこいにめんどいしホントやだお前」
「ッッッ!」
グサグサグサッと矢が次元の心に突き刺さった。まぁこれは隠喩というやつだけれど。



「俺はしたいよ、お前と」
「っ」

ぐ、と低い声がトイレに反響し、次元の思考はぼやけていく。
「百人切りすんじゃねぇんじゃなかったのかよ女好き」
「っさいなぁ、青春は勢いとノリと性欲でできてんの」
「どういうことだよ…」


ルパンの手が、次元の肩に、
「なぁー俺トイレ行ってくるから待っててー」
「あぁはいはいはやくしろよ」
「任せろ」

「っルパン!」
「え、は?」


がしゃん、と鍵のかかる音が反響した。

「なに今の?びびったー」
「いいからはよしろ」
「へいへい」

すぐそこで交わされる日常の会話。その場所の1番奥の個室に、ふたりはいた。

「なんだよ、次元ちゃ…」
「しっ」
「………」

人差し指を起立させ自らの唇の正面へ持ってくる仕種はなぜか彼を幼く見せる。洋式のトイレを避けるために狭い隙間に体を押し込める男子高校生の体はぴったりと張り付き、鼓動がはやるのが相手にもあっさりと伝わった。ははは、と足跡をのこしながら遠くなっていく話し声。

「もっかい聞く」
「あ?」
「…お前、俺、の、こっ…」




人が何を語るかより、人が何をするかを見極めろ。さすればその者の真意は見えて来るであろう、とは、よく言ったものだ。


重ねられた唇は、
(うわ、なんだ、すげぇやらかいっていうか、気持ち悪いっていうか、いいっていうか、人間にこんなやらかい部分があんだな、すげぇな)
強引に割り開かれ
(え!?っちょ、それはありなのか!?俺ははじめっ…ていうかそんなことより俺やり方わかんないぜ?!おそらくたぶんきっと絶対下手だし馬鹿にされんじゃ…?ってか、ここ学校っ…)
捩込まれた舌が向かった先は、思い切り噛み付いてくる次元の歯と歯の間だった。

―――ガリッ!


「――!?いっ…」

痛覚に突き刺さるものが鋭過ぎて、声のあげれぬ男に、原因を作った男は言った。


「お前のせいで…俺のファーストキスがトイレになっちまったじゃねぇか!反省しろぶぁか!」



駆け出して行った次元は、瞳に涙を溜めていたようにも見えた。
ルパンは思う。
(なにそれ可愛い…ぜってぇもっと泣かしてやる…!)
次元は思う。
(あの野郎許さねぇ…!調子のりやがって…!もう二度とさせてやるか!)


言葉にできない感情に、人は本当の思いを溶かす。


とあるファーストキスまでのあらすじ
(大事なのは次ですけどね)








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長いわりに中身がない、という話だ。
質問ありがとうございましたっ
何度でも大歓迎なんでまた質問してくださってもいいですよ!


120601 葉月


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9万ヒット記念質問企画参加してくださった方へのお礼文でした。



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