朝っぱらどこのチャンネルも同じことばっか言いやがって。
『5月23日、今日はキスの日です!』
にこっなんて綺麗な作り笑いを浮かべる液晶の奥の女に同情する。言いたかねぇよなぁそんなこと。日本中のバカップルどもがいちゃいちゃしてようが自分は朝はやく起きて原稿読まなきゃなんねぇんだから。
(…キスの日)
なぁんていわれて1番に浮かぶのはまぁもちろんあの人なんだけど。
ばっかばかしい、こんなくだらねぇイベント付き合ってられっか!
「…で、なんで俺はここに居るんだ…?」
自分でもわからねぇ。
気がついたときにゃ安アパートの扉の前に立ってた。もったりと香るしんせい。…あの人の匂い。だいたいキスの日ってなんだよ、くだらねぇ、なんでキスの日なんだよこんな中途半端な日が。どーせあれだろ、キスなんかしたことねぇガキがテキトーな口実作りのために考え出したような日なんだろ。馬鹿らしい。
ってわかってんのに会いに来るあたり俺の脳みそもなかなかの欲求不満っぷりだな。
(入るか)
ドアノブに触れる。
(いや、でも)
手を離す。
(…やっぱわざわざ来たし…)
手をかける
(あっでもなぁ)
手を離す
(いやいや、なんで帰るんだよっていう)
手をかける
(あぁやっぱだめだやめ)
「さっさと入らんか」
「…はい」
扉を開けて出てきた銭さんにすごく冷たい目でみられちまった。
「ったく、人ん家の前でいつまでもぼーっとしやがって!」
「…悪かったよ」
ぶちぶちと文句を言う銭さんの背中に謝罪する。
「なんか用なのか?」
「………」
黙る俺に体をよじって視線をやってから、銭さんはため息をついた。
(だってさ、そんなこと言えるか?)
「っ…銭さん」
「ん?」
あーなんつーか突如恥ずかしさが頭の上から降ってきた感じだ。羞恥心ってこれのことか。
台所からお茶を持ってきた銭さんが背中丸めながらやって来る。なんでそういうとこは律儀なんだよ、可愛いなぁおい。
「…今日なんの日が知ってるか?」
コトン、銭さんが湯呑みをちゃぶ台に置いた。
「今日?…知らんな、俺ぁ祝日とか関係ないからな」
「………」
じわじわじわじわ、耳が赤くなるのがわかる。
「…キスの日」
ふっ、
と彼が笑んだ。
「…そりゃあ、しないわけにはいかんな」
なんで会いに来たかって?
そんなの貴方と、キスがしたかったからに決まってる。
「…っ、したから帰る!」
「キスの日なんだから全身にキスしないとなぁ?」
「いらん!」
「わざわざ会いに来たのはどっちだ?」
「ッ…キスまでだからな」
「…それは約束できんな」
「……えろおやじ」
Kiss Me More !
(だって好きなんだもの)