Melty-kiss



ぐちぐちと煮えたぎるようなそのキスで
溶かされてしまうは、あなたか、俺か。

「次元せーんせーい」
適当感が空気中ににじみ出るような声の後、それを追い越す勢いでニコチンの匂いがする。
「…ルパン先生、あなたがヘビースモーカーでいらっしゃるのはご自由ですし、まぁ俺も似たような気がありますが、副流煙と同伴はおやめいただけますか?生徒にも悪影響を及ぼします。」
それはもう珍しく職員室にやってきたその人の声を背中で聞いたまま、俺は俺らしく嫌味で返した。
「あーごめんごめん。でもイイでしょ?他に誰もいないわけだし。」
やめてくれと言ったのにそれを受け入れようとはしないその人はいかにもうまそうにぷかぁと白い二酸化炭素を吐き出した。ゆらゆらと揺れてから鼻先をくすぐる独特の匂いとともに立ち上がった煙はこの世のものとは思えないほどに優しく天井を撫でてから本当にこの世から居なくなった。
「そういうことが問題なんじゃありません。生徒の目に付く場所では生徒に恥じない行為をしてください。」

今は放課後で、外はだいぶ日も落ちてきた。部活で使用されている体育館や運動場はともかく、この辺りにはもう誰もいないだろう。俺と、この人しか。
「あー後半なに言ってんのかわかんなかったわー。とりあえず気を付けまぁーす」
(この男は…)

片っ端から人を怒らせないと会話ができないのだろうか。もう少しだけでいいから、真面目になってほしいと心底思った。
「…ね」

トン、と軽い音。俺のパソコンの隣には骨ばった大きい手の平。
「…やめてください。場所をわきまえてください。」
「自分の城からすっごく遠い職員室までわざわざ俺が来る理由なんてこれしかないでしょ」
酸素の色が変わっていくのが分かった。それに期待してぞくりと音を立てる心臓が憎らしい。
…彼が言う「城」とは保健室のことだ。養護教諭…つまり保険の先生であるこの人はほとんどそこから出てくることはせず、校内放送を無視したこともあったほどの出不精だ。
「…これ?これって、なんです?」
「…次元先生って、ほんとずるいね…」
「何のことです?すみません、なにぶん鈍くて」
はは、と肩だけで笑うと、揺らした肩をつかまれて、強引に顔を向けさせられた。

「お前に、キスしに来た」

そんな温い言葉に全身が震える。
相変わらずのニコチンの香りと、放置したままだらしなく生えている無精ひげ。そんなものにすら惹かれてしまうのだから俺は大分いかれてる。
「んん…っ」
唇を塞がれ、抵抗するような素振りを見せながら実はやめたくないから顔を合わせるように頭を傾けようとすると肘がパソコンにぶつかってガタン、と音がした。焦点の合わない至近距離で目が合ったのなら試合開始。ぎらつくルパン先生の瞳が俺をもっとおかしくしてしまう。椅子から腰を持ち上げてデスクに体重を預ける。がさがさと乾いた唇が濡れていく。お互いを食べあうようにがぶりがぶりとかみつくのが楽しい。くちゅる、と全身に響くような厭らしい音を鼓膜の内側から聞きながら、ルパン先生の長い舌に俺の舌を絡めた。
「…は…っん…ッ」
「ン…っふ、…っ」

ぴちゃ、とこの場所にふさわしくない水音。どうしようもなく煽られてしまう俺を笑うような吐息を落とす彼が憎らしいと思った。飄々として、何も考えていないようで何もかもを見透かしていて。
本能的に彼の背中に伸びた俺の両手が彼の白衣にシワを作る。この人に力を吸い取られ、ぶるぶると情けなく震える俺の手が、どこにも行くなと彼に言うのだ。
「っん…」

俺は当然のごとく俺が嫌いだった。本音を言う勇気はなくて隠すように嫌味のようなものをこぼして逃げる。そんな俺のことを好きになるはずが無かった。だから俺にキスをくれるこの人の神経が分からない。考えられない。俺はきっと俺に生まれなくても俺が居たとしたら全力で嫌っていたはずだから。俺にはないものしか持っていないのこの人を尊敬するし、好意を抱いてはいる。ただ、わからないだけで。だから、何もかもを忘れさせてくれるこの人のキスは好きだった。
こんなにもまずいキスをするのはこの人だけだろう。舌をばりばりと破壊するような苦味。煙草臭いキス。

そして
「ッ…」
キスが終わった。
「ごめん」
「え…?」
「これ以上は、ダメだ」
別に、構わないけど。キスが終わったという事実だけが俺の手の中に残った。
「これ以上すると、ここであんたを押し倒す破目になるよ」
「…………………へ?」
「あーちくしょー負けたー!!今日こそ僕のキスでめろんめろんにしてあげるつもりだったのに!」
「めろ…?」
新しい擬音語をつかわれても俺にはわかりません。
「次元先生ってばどうなってんの!?俺キス上手いって結構好評なんだけどなぁ…」
「……」
(好評…ね)
「…えっ!?あ、いや、昔の話ね!うん!」
「あなたの場合は現在進行形でしょ…べつにいいですけど」
「そそ、そんな、そんなこと言うなよー」
「事実ですから。」
きっぱりと言ってのけると、彼はうぐっとうなるようにしてから眉を寄せて黙り込んだ。今度は俺がしまった、と後悔する番だ。どうしてこんな言い方しかできないのか。俺の中の可愛げなんて滅んでしまったらしい。
「…じゃあ」
ルパン先生はじぃぃ…と俺を視線で縛り付けてしまった。
「何…?」
髪を撫でられる。
「キス、してくださいよ」
「え…?」
「今までで一番の…他のどんな女にも男にもしてない、最高の…俺にください」


くす、と弧を描いた唇に噛みついた。
オンリーワンになれないのなら、せめてナンバーワンにしてくれよ。


メルティーキス
あなたのその唇で、俺を跡形もなく溶かしてください。嫉妬と独占欲なんて不要なものを持つ俺を、あなたのキスで消し去って。







 
「…で?」
「え?」
「誰にうまいって言われたんです?まさか生徒じゃないでしょうね」
「…………」
「っ!!ルパン先生…!!あんたって人は…!!」
「だって、思い出ください!とか言ってきたんだよ!?」
「…誰でもいいのかアンタ…」
「だって、心は次元先生に捧げちゃったから、体ぐらい欲望のままにしたいじゃない?」
「なっ…」
「ん?うれしい??」
「うるさい!!!!!」

どろどろになるほど、ずっと前からあなたに惚れている。

  


end



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