たとえば僕が、この世界を壊すなら。


 



指の先程度の弾丸が、満月ぐらいのサイズになって、
このちっぽけな青い惑星をぶちぬけらどんなにいいか。
覚悟しておけ。お前を殺すことなんて、いつだってできるんだ。



はじめて銃を手にしたときのことは今でも覚えている。
まだ幼い俺の手のひらには大きすぎたその黒い物体は、想像以上に重く、そして冷たい。右の人差し指を折り曲げるだけで放たれる鉛の球。どうん、と低いうねり声を上げてから世界を切り裂き駆け抜けた。当の俺はというと反動に耐え切れず弾かれた両腕を頭の上にやって万歳のポーズを決め込むと、馬鹿に大げさに後ろに尻餅をつく。弾丸は数メートル先の的を外れて奥の木の枝をへし折っていた。煙が上がる。全身が震えた。
『立て。もう一度だ』
『…はい』

これを使えば隣に居るこの男だって殺すことができる。幼い俺は、まるで無敵になったような気さえした。自分自身が強くなったのだと錯覚した。
そうだ、これは殺しの道具だ。誰かを殺すためにある。
(…俺と、同じだ)

ころすことでしか、いばしょをもらえないんだから。








「撃ってみろ」
俺より顔一つ分ほど背の高い筋肉の塊が、それはそれはでっけぇ手にしょっぺぇピストルをのせて俺に差し出した。なんだそりゃあ。幼稚園児のオモチャかなんかか?
「結構。俺はコイツがあるんでね」
右腕を引いてジャケットをなびかせ、腰に忍ばせてある恋人を見せてやる。一途なもんでね、浮気ができるほど器用じゃねえのよ。どっかの誰かさんと違って、とまでは言わねぇが。男はあからさまに不服そうな顔をして、わざとらしく舌を打つ。重そうな足をどっこらしょと持ち上げると一歩だけ下がった。おうおうよかった、このままじゃお前さんの頭を間違って撃ち抜いちまいそうだったんだよ。
「…3発撃って、あの的に一度も当たらなければ、長官殿がなんと言おうとお前をここから摘みだす。」
「おいおい冗談だろ?」
「ふっ、怖気づいたか?そうだろうな、なんせ20メートルも離れた的に―…」

「――3発もいらねぇよ」

パァン!
右の人差し指を折り曲げるだけで放たれる鉛の球。世界を切り裂き駆け抜けた。当の俺はというとただ立っているだけだ。ばふばふと砂埃がダンスを踊ってやがる。直径30センチの円は真ん中から煙をあげ、俺の合格を告げる。

「あーあ、ど真ん中から0.1ミリずれちまった。お前さんの長官殿に言っといてくれ、射撃場の地面をきちんとならしとけってな。」

どうやら口が開きっぱなしで返事が話せないらしい。まぁいいか、ずれたかどうかなんてこっからじゃみえねぇし。





「おっも…」
一体全体なんだってこんなに重くてくそあついもんを着なきゃなんねぇのか理解に苦しむ。そりゃ敵の攻撃から身を守るってのはわからねぇでもねぇが、こんなもん背負ってたら重くってまともに動けねぇだろ。暗い深緑色の、がさつく生地の洋服。所謂軍服ってやつに身を包んだ俺ははぁとため息をついた。長年のトレードマークであるボルサリーノはおろしたてのスーツとともにゴツい男に奪われ、勝手に持って行かれちまった。まぁ、この帽子があるのが唯一の救いかな、と洋服と同じ色の帽子の鍔に手をかける。白い手袋をさせられてるもんだからあまり感触はねぇが、これまた随分と重い。
「おぉ、次元。入隊試験は受かったようだな?」
銀色の単発の男が話しかけてきた。にやりと口元を持ち上げるとうっすらとシワができる。薄められた藍色の瞳がやけに眩しく、無意識にせずじが伸びた。
「試験?屋台の的あての間違いだろ?」
相手に俺の表情を見られないように、俺からもあの藍色が見えないように帽子を深くかぶったまま返した。男は途端に吹き出して大笑い。
「ハッハッハ!的あてか!そりゃあいい!確かにお前からすればあんなもの子供のお遊びと大差ないな!」
(お気楽なおっさんだ)
なにがそんなに面白かったのか、このひとはまた腹を抱えてわらいつづける。俺が自分で言ったこことはいえ、そんなに笑われるとなんか、こう、…そんなにおもしろかねぇだろう、と逆に落ち込む。
「ぶふっ…!的あてって…まとあっ…!ブフォッ!」
「いつまで笑ってんだ!そんな笑うようなことじゃねぇだろ!」
本人に言わすなよ!悲しいわ!

「あ、悪い」
「はぁ…」
思わずため息が溢れる。ったくかわんねぇなこの人も。
「そんな顔するなよーひさしぶりの再会だってぇのにつめたいねぇ次元ちゃんったら」
「…いえ、感謝してますよ。あんたに拾ってもらうのは二度目だ。」
「あぁ、そうだね。でも今回は拾われたというより、逃げてきたんだろう?」
目を見張る。どくり、嫌な感覚で心臓がはねる。
「はは、」

ほんとに、もう

「かなわねぇな、あんたにゃ。」
「ばれるとわかってるんなら嘘なんてつかなければいいのに。」
「ばれるとわかったうえでついてるんだから、わからないフリをしてくれたらいいのに。」

「冗談だろ?」

じりじり
じりじり。
胸が焦げる。

「あぁ、ちょっと、…休みたくなった。」

俺は太陽に近づきすぎたんだよ。






『あぶねぇ!!』
手を伸ばした刹那、弾ける赤い花火。ねっとりとしたあつい液体が俺の頬を濡らした。
ぞくりと全身の体温が急降下する。俺は名前を叫んだ。誰かの。名前を。
嫌だ。嫌だ、嫌だ。
『待て、だめだ、死ぬな、死ぬな…!!!!』
頼むから、独りにしてくれるな。
じわりじわりと広がっていく、お前の背中と同じ色。お前の体からぬくもりが消えていくような気がして怖くてたまらない。

『ばか、言うな、このくらいじゃ、死にゃあしないよ…』
『頼むから、死なないでくれ、』
笑うなよ。どろどろの汗まみれの顔で。俺なんかのために、笑うなよ。
『泣かないで、次元』


俺が、俺が殺したようなもんだ。
俺が足を引っ張ったらから。俺が邪魔をしたから。
俺が俺が、俺がいるから
お前の隣に、俺がいるから…!



「帰ろう、次元」

「ッ!」
目を開けると、夢のようにやさしく笑う男がいた。ここ一週間、どの男もどの男も深い緑の軍服を着ていたから、眩しくてぴりりと目が痛む。
「…もう来たのか。早いな。」
「なに?ご不満?ちゃーんと予告状も出したじゃない。」
「…は?」
「あれ?知らない?お前の長官殿のテーブルの上に置いといたんだけど。」
「なっ」
あの人かよ!
「よりによって…」
「ダメだった?」
「俺に出せよ!!」
「いやいや、盗むお宝を持ってる人に出すもんでしょあれって。」
まぁそうだけど。
(あのひとが俺に教えるわけねぇからな…くっそ)
「ま、というわけで。」
「あ?」

男はあぐらをかいて座っている俺に合わせて片膝をついた。
白い手袋に包まれた俺の手を取って、上目遣いに俺を見上げる。

「今宵、貴方をいただきに参上しました。
貴方の未来ごと、わたくしめに盗ませてはいただけませんか?」


なぁ、お前は、まぶしくて、明るくて。そんなお前を好きになって。
「…キザな野郎だ」
「あら、お嫌い?」
「…傷は」
「ん?」
「治ったのか。…傷」
「あぁ、あれね。たいしたことないよ、べつに」
「そうか。」
(よかった)

「ならいい。…帰れ」


「え?」

幸せだったよ、俺は。お前が好きだよ。今でもちゃんと。


「お前に俺はいらんだろ。」

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