君を好きになればよかった。


 



お前への感情が愛だと気づくのに、時間なんて必要なかった。
白と黒のちっぽけな路地裏から、色とりどりの無限の世界へ俺を連れ出した男。赤と緑と桃色と、白と黄色と青と黒と。限りなく輝く光のような男。どんな色にも変わって見せる、どんなことでもこなして見せる、全能なる泥棒。憧れたさ。その、まぶしい背中に。どこまでいっても追い付けやしねぇお前の、その隣の指定席が堪らなく欲しかった。相棒だと、お前が呼んだ日のことを、俺は今でも忘れちゃいねぇ。嬉しくて嬉しくて、涙が出ちまいそうだったこと。悲しくて悲しくて、泣き出しちまいそうになったこと。お前の中で、俺がなし得る最高の順位に俺が腰を下ろしたその日。お前の隣には、ブラウンの髪の、息を飲むような美女が居たよな。







「…次元、」
「…あぁ」
黄色のネクタイをほどきながら、気だるそうに俺の名を呼ぶ。それが俺達の合図だった。







「っあ、は…っ!」
渇いた叫びがベッドに吸い込まれる。俺の腰を抱く掌がぎちぎちと音を立てた。俺の粘膜を乱暴になぶるルパンのそれがたまらなく熱くて、激しい攻めにがつがつと肉が鳴る。さっと背後から手が伸びてきて、俺の口元を覆った。
「声、出すなよ…っ!」
「んぐっ…!」
呼吸が苦しくて、思わず濁った声が漏れ、ちっとあいつが舌を打ったのがわかった。

ルパンは、セックスの最中に俺の声を聞くのを酷く嫌う。
幾度となく体を重ねて、十分に学んだはずだったが、どんなに唇を噛んでも、息を殺しても、この掌に触れられて快感から逃れることなんか、できるわけがねぇ。
ルパン、
ルパン
…ルパン
口に出して名を呼ぼうもんならまた、機嫌をそこねちまうだろうから、俺は何度も頭の中でお前を呼ぶ。ひでぇ野郎だ。俺がどんな感情を抱いているか知っていて、こんなにめちゃくちゃに抱くのだから。
「っぅあっ!…は、…んっ…!」
ルパンが俺を抱くようになったのは、あの女に出会ってからだ。それまではおそらく俺の想いに気づいてはいたものの、あいつは見て見ぬふりしていた。俺はそれが正しい判断だと思ったし、可能性がゼロなのだと刻み込めば、いつかは諦められる日が来るのではないかと思っていた。今はただ、火が大きくなっているにすぎなかった。いつかは終わりが来る感情のはずだった。
けれど、俺たちの関係は変わってしまった。あの女のせいで。
あいつは報われたいわけじゃないんだろう。あの女が、好きだの愛してるだの言っただけで落ちるような安物だったのなら、あの名高きルパン三世が、世界中の宝をみついだりするもんか。

「は、ッ…!」

あの女に勝るもんなんかあるもんか。誰がみたってありゃあ、世界一いい女なんだから。

俺は今、恋をしている。
不毛な片想いってヤツを。













「……」
白い天井と目があった。
(えーっと)
今日は何日で、どうしては俺はここに居るんだっけ。
ざざざと駆けるような勢いで自分に関する情報が体内にやって来た。あぁそうだ、確か昨日は。
(ったくあの野郎、無茶しやがって…)
体を起こすと、まるで重力が俺のしらねぇ間に10倍になっちまったのかあと錯覚するほどにずしん、とベットに体が引き寄せられた。まぁそりゃ、俺も若くはねぇからな。あんなにされりゃあ体に響くに決まってら。
(…煙草)
ぎしぎしと悲鳴を上げる体を無視して、ベットとなりのテーブルに置きっぱなしのそいつに手を伸ばす。やけに軽い。たったの一本しか残っていなかった。
(ちっ、あの馬鹿、勝手に俺のヤニ吸いやがって…!)
あいつは俺と寝た後はてめぇの煙草じゃなくなぜだか俺のペルメルをくすねて吸う。ったく、いったい何が楽しいんだか。唇で煙草を挟んでから、ライターを持っていねぇことに気づいた。
(俺も相当疲れてんなぁ…)
がしがしと後頭部を書いた後、腕で体を支えながらベットの上を移動して、ライターを掴もうと手を伸ばす。と、目的物の真横にあった四角い黒のあれがブーッブーっと鳴き出した。液晶にあいつの名前が記される。

(…なんだよ、…あの馬鹿)

「ん、」
ごほっと軽く咳をすると喉になんか引っ掛かってるみたいな変な感覚があった。うまくしゃべれるだろうか。心配をかけるなんてことだけはしたかねぇんだが。一度息をつき、受信ボタンを押す。あぁくそ、なんだ、この感じ
「…もしもし」
『あー次元?』
「ん」
俺の携帯にかけといて俺かどうか確認する必要なんかねぇだろ
『次の仕事の資料、いつもんとこにあるから』
「…おう」
電話越しの声、とか。
『明々後日くらいには下見行くつもり。大丈夫?』
「おう、」
任せろ、と言おうとしたが如何せん喉の調子が悪いので飲み込んだ。
『俺今外出てるけどなんかいるもんとかあっかな?』
「いや、特に、ねぇよ」
『そ?』
「…ん」
指、震える。会って話すほうがまだ楽だ。こんなの、すげぇ、ちくちくする。
「なんだよ」
『別に。じゃあ、』
「あぁ」

電話を切った。

「はーぁっ」
ばふん、ベッドに全身を預ける。
「ばか…」
毎度毎度、大した用もねぇくせに翌朝はかかさず電話かけてきやがって。心配でもしてくれてんのか?やっぱり罪悪感か?どうでもいい、そんなの。ただ、
「あーもう…」
そんなちらっとの甘さが、どうしようもなく嬉しい。いっそ完全に突き放してくれればいいのだけど。それをしないのが彼なのだ。
(…好きだ)
「はー…」
お前を想うと息がうまくできなくなる。それくらいにはお前が好きだ。


「…っ気持ち悪ぃ!」
どこまで女々しいんだ俺ぁ。乙女かアホ。

「次元」
さっき電話で聞いたあの声よりぐっと若く、低い声がした。ドア越しに話し掛けて来たらしい。
「おう、五右ェ門、おはよう」
「…お早うという時間でもないのだが」
「え?」
ぱっ、携帯の表示画面をみると
(11時…)
随分と睡眠をとっちまったらしい。
「悪い、なんだ?」
「朝食の用意が出来ている。食欲があるのなら出て来ると良いのではないか」
「あぁ、わかった」
直ぐさま立ち上がろうと地面に足を着き体を前に倒すと、その程度の重さすら支られない軟弱な膝がかくりと折れた。
(わ)
咄嗟にテーブルに手を着く。あぶねぇとこだ。俺も随分へたれたもんよ。その時気づいた。俺はワイシャツ一枚しか着ていないことに。
(あぶねぇあぶねぇ)
あの野郎に変な目で見られるとこだった。散らばった衣服に寄っていって手に取り、パンツを履いてスラックスに足を通す。つきりと節々が痛むのなんて気にしちゃいられねぇ。はだけたワイシャツのボタンを上から3つ目までとめ終えると、俺はジャケットを羽織った。ネクタイは面倒だからやめておく。まぁ誰に会うわけでもねぇし。
扉を開けると食欲をダイレクトにつかみ取る香が鼻をくすぐった。口にゃなんにも含んでねぇってのにごくりと喉が鳴る。ぎゅるるると思い出したように腹の虫も声を上げた。ったくあいつめ、いきなり人の胃袋を握りやがって。
「五右ェ門、飯はなんだ」
「サンマの塩焼きとなめこの味噌汁、海藻サラダと筍ご飯だ」
「秋の味覚満載だな」
あぁちくしょう腹減った。
黒く光る箸を手に取り、木製の椀の中の味噌汁をちゃかちゃかと掻き回す。ぶわわと吹き上がる大豆の香を閉じ込めた湯気。欲望のままにそれを啜った。あぁ、んまい。
「次元」
「ん?」
時間遅れの朝食にかぶりつく俺に、時代遅れの侍はおずおず話し掛ける。
「その、…大丈夫か」
ごきゅると飯を食道に捩込み、俺は答えた。
「あぁ、すげぇ美味いよ」
笑顔で。
「そうか」こいつの言葉の意味が、違うものだと知っていたのに。






五右ェ門は夕方頃にアジトを出た。用事があるとかなんとか言って。
嘘なんて似合いもしねぇもんつかなけりゃいいのによ。

あいつが俺と体を重ねるのは決まってあの女とのデートのあとだ。落とせなかった女の変わりに、俺を抱く。
日を跨ぐ前に扉が開いた。何時までだって待つつもりでいたから、少し驚いた。
「…次元」
「…あぁ」
鬱陶しい酒の臭い。趣味の悪い、ただ値段高いだけのブランド酒。それから、
「シャワー、とか」
「めんどい。いいじゃん…いつものことだろ」

甘ったるい香水のそれ。
今まであいつと。
どこであいつと。
いつからあいつと。
どうしてあいつと。
どこまであいつと。

「…そうだな」
どうでもいいよな、お前が抱いてくれるなら。






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