1週間程後のことだ。
「…次元、」
「ルパン…」
黄色のネクタイをほどきながら、気だるそうに俺の名を呼ぶ。俺達の合図。
「なんだよ、また酒…」
「黙って」
強引にベッドに押し倒され、身体を反転させられた。
「!なにす…」
「黙って、って言ったよね」
俺を貫いた黒い弾丸は俺を見てはいない。なんで。ルパン。
彼の唇を見つめたけれど、キスは貰えなかった。
びちゃり、冷えた液体を敏感な場所に乱雑にかけられて、一気に指を捩込まれる。
「いっ…!」
思わず濁った声が漏れ、ちっとあいつが舌を打ったのがわかった。適当に慣らすと、ルパンは無理矢理自分で俺の中に入って来た。
「待っ…!あ、ぁ、っ…!」
「うるさい…!」
「!」
後頭部を掴まれたかと思うと、ぐぐぐとシーツに顔をうずめさせられた。
(なん、なんだ、なんで)
「っ…!っ…」
なにかあったのか、ルパン
なにか、つらいことが。
ばちゅ、ばちゅ、と肉音が嫌というほどに響いて、ルパンの腰の動きも速くなる。
(ルパン…!)
俺は本当に愚かで間抜けで。不毛だと知っていたくせに、いつか、叶うなんて夢を。



「…不二子…!」





どくん、ルパンのそれは勢いよく欲望を吐き出した。



(馬鹿だ)

ごぷごぷと、熱い液体が体内に注がれる。
(馬鹿だ、俺)
「はぁ、っ」
ルパンは掠れた息を吐き出すと、なんの迷いもなく俺から自身を引き抜いて、俯せに倒れている俺なんかには目もくれず、下衣を整えると、そのまま部屋を出ていった。
(馬鹿)
扉が閉まる。声をかける気力もなかった。
「は…ははっ…」
(こんなにも馬鹿で愚かで間抜けで、…あわれな奴がいるか)

初めから、変わっていなかった。ルパンが愛したのは世界中でたった一人で、それ以外の人間はあいつにとってみんな大差ないただのヒト。
お前が抱いていたのは、いつだってあの女の分身だった。
"………会いたい"
本当は、俺じゃなかったんだろ。その電話の相手は、俺じゃなかったんだろ、ルパン。あの日くれたキスは、優しさは、抱擁は。本当はすべて、あの女に与えたかったんだろう。代用品?…出来るはずもない。俺には、あの女の代わりなんて出来やしなかったんだ。
「ルパン…」
それでも。それでも、気付いているか。お前を、馬鹿みたいに好きで仕方ない人間がいることに。
「俺は」
お前さえ、お前さえ居てくれればと。ほんとに、本当に心から。


「次元」

「!」
声のした方をみると、侍が痛々しく目を細めていた。
「な、に…を」
「っ…この、たわけが…っ!」
彼はゆっくりと近づいてくる。身体が震えるのがわかった。
「ごえも」
「どうしてお主は、自分を大切にしてやれぬのだ…!」
苦しいのは俺のはずなのに。どうしてお前は、俺より辛そうにしてるんだ。
五右ェ門は俺を抱きしめた。優しく。壊れ物を扱うように優しく。
「次元…っ」
「やめろよ…」
「…次元」
「やめろ」
「次元…」
「やめろって言ってんのがわかんねぇのか!」
俺は思い切り男をつきとばした。
「なにを…」
「同情か!?くだらねぇ、あぁ俺は愚かで哀れだ、可能性もねぇもんにありったけのもんを賭けて、光が見えたかと思えばこの有様だ!」
インインと寝室に俺の駄声が響き、じくじくと体内が焼ける。
「知ってたんだろ五右ェ門、そうだよ、俺はルパンと寝たんだ、何度も…っ!」
あの目に何度も見下ろされあの身体に組み敷かれ、醜く鳴いた。
「あいつは、あいつは、俺なんか要らないくせに、不二子さえ居ればいいくせに、俺を…っ」
そうだよ、何度も。
いつだって俺を呼んだ。きちんと名前を呼んだ。次元、と。あの、溶けるような声で。
「そうか、お前も俺とセックスがしたいのか?したいならそうすればいい、好きなだけ相手になるぜ、ほら…!」
手を広げて挑発しても。侍は、目を見張ったまま動かなかった。

「っ…なにが、足りない…?」
ぐつぐつと脳が煮える。ぐらぁ、ぐらぁ、また揺れた。ぐるぐるの黒は視界を埋めて、混じり合う感情が喉元を締め付ける。
「髪を伸ばせばよかったのか、口紅を引けばよかったのか、胸があればよかったのか、冷たくあしらえばよかったのか、騙して出し抜けばよかったのか、
…お前を、愛さなければよかったのか…?」

そんなこと
出来るはずもないのに。


「次元…良いのだ」
「…良くない、俺は俺はぁ…っ」
「次元」
白い筋肉質な腕が伸びてきた。怖い。怖い。怖い。
「泣けば良い」


「っ…」
「拙者はお主を愛している」

どうしてお前が
俺が欲しくて欲しくて堪らなかった言葉を
お前が言うんだ。俺なんかに。俺なんかに…!
「あっあ、うぁっ」
ぼろり。大きな粒が目から零れた。
「次元」
「ひっ、く、うっぅ…っ」
(五右ェ門)
「次元…わかっている、拙者には、わかっているからな」
「ああぁぁ…っ」
なにがわかるっていうんだ。俺にすら、なにもわからないっていうのに。だけど五右ェ門の掌があんまりあんまり大きくて、どうしようもなく優しく俺の頭を撫でるから、俺は餓鬼に戻ったように縋り付いて泣いた。

「大丈夫だ。…落ち着いたら、一緒にまた飯を食おう。今日はお主の好きな豆と薄い肉だぞ!」
「ふっ」
(ベーコンだろ、ばかだな)


俺の歩む道に、幸せな恋なんてねぇんだ。あるのはいつだって、掴めやしない、不毛な恋だ。









「ちぇっ…うまい」
「おぉそうか!」
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「お主が褒めてくれたからだ」
「…馬鹿」
「む、拙者は馬鹿ではないぞ。正直に答えただけだ。」
「それが馬鹿だっていうんだよ」
彼は笑った。俺も、つられて笑った。









翌朝(といっても例の如く昼頃だったのだが)。五右ェ門が部屋まで起こしに来た。
「大丈夫か?」
「別に、一発ヤッたくらいで寝込んだりしねぇよ」
「なっ…」
(しまった)
目の前にいるのはウブな若者だった。
「…あーなんつーか、」
携帯が鳴った。一度そいつに視線をやってから、目を離した。
「出なくて良いのか?」
「ああ。いいんだ。」
もう、終わったことだから。
「…そうか」
「っ」
黒髪が日の光を丁寧に抱き留めて、長い睫毛もきらりと光る。白い肌はそこらの女のそれよりも随分と透き通っていて、カメラなんて持ち合わせてはいねぇが、写真に収めたいほどに綺麗だった。
幸せそうに笑う奴だと思った。
「次元、そういえば」
「…なぁ五右ェ門」
言葉を遮ると彼はぱちくりと目を丸くする。

「お前、俺が本当に好きなのか」

「…あぁ、…そうだ。」
(はっきり言うね)
「良いのか俺で」
「お主でなくてはならんのだ」
「なんで俺なんか」
「お主だからに決まっている」
「俺なんて」
「次元、止めてくれぬか」
「え」
「自分を卑下しないでくれ。拙者の愛する人なのだ」

ぶあ、頬があつくなるのがわかった。馬鹿だ。こんな、安い言葉で。
「…わかった」

湯呑みを傾ける。ずずず。
「…するか?」
「な、…え、なっ…」
「するか、って」
「なん、どうしたのだ、突然」
「いいよ。お前さんがしたいんなら。」
「したく、など」
ない、と続けようと口を開いたのに、嘘はつけなかったらしい。
「したくないのか?こんなおっさん相手じゃ駄目か」
「そんなはずあろうものか!拙者がどれだけ…っ」
「じゃあいいじゃないか」
「…次元、拙者は」
「なんだよ」
「お主と、情事を行いたいわけではない」
「あぁ?体なしの清らかなお付き合いがしてぇってか?冗談だろ」
「そっそうではなく」
(結局してぇんじゃねぇか)
「拙者は、お主と」
「…なんだよ」


「…恋がしたいのだ」




「……ば」
なんだよ、あいつよりずっとロマンチストじゃねぇか
「馬鹿…っ」
「な、なんだっ拙者は…!」
「わかった、わかったからっ」
五右ェ門は立ち上がり、俺のそばに寄ってきた。俺の掌を握る。
「…好きだ」
「聞いた」
「好きなんだ」
「知ってるって」
「…拙者は、お主の中でどれほどの位置に居るのだろうな。」
「…ん?」
「言葉でどれだけの愛が届くのだろう。…なぁ次元、わかるか。拙者が、どんなにお主を好きなのか。」

こんなに。こんなにも。自分を好いてくれる人が居るなんて。そんなこと、あっていいんだろうか。
五右ェ門が目を伏せ唇を近づけてくる。
「…待っ、てくれ」
「…なんだ…?」
「キスは、いいよ。」
「何故」
「………」
「次元」
「したんだ、…あいつと。この前。…何年も一緒に居たってのに、初めてだったんだ。くだらねぇだろ、けどさ、俺は…」
「すまん、次元」
「んっ…!」

無理矢理に口づけられた。驚きのあまり、一瞬状況を理解しそこねる。
「ってめ、何すっ…!」
「次元お主は!またここで留まる気なのか!」
「っな…」

また、ここで。
あいつで止まる気だった

「次元、良いのだ。視線の先に辛いものしか見えぬときは、別の道を選んでも良いんだ」

どうしてお前は
俺の欲しい言葉を簡単に見つけちまうんだろうな

「幸せになって良いんだ…!」




俺の歩む道に幸福な恋など咲いてはいなかった。だから少し歩みを遅めて、こっそりと角を曲がったら、そこには花が咲いていた。美しい花が。

これが正しい道かはわからない。けれど、これだけは確かだ
優しく俺を包み込む、不器用な男に俺はきっと恋をする。










君を好きになればよかった
(運命ってのは気まぐれだからさ)










END
 











ようっやく終わった!
『liar』の小林清人さんに捧げます
相互ありがとうございました!
よろしくお願いします!

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