君の全てで僕を愛して


 



彼は機嫌を損ねている。
世界は謎めいたお宝や未解決の事件であふれているけれど、それだけは誰にでもあっさりと見て取れる事実だった。長年愛用する煙草をふかしながら、けれども一向に心を落ち着かせる気配もはない。たんたんたん、と少しずつスピードを増していく貧乏揺すり。一気にニコチンを肺に取り入れてもまだまだ苛立ちは消えなかった。
(あの馬鹿、どこほっつき歩いてやがる!)
一週間ほど、男と連絡が取れないでいた。確かに、相手の男のキャッチフレーズは長年『神出鬼没』だが、仲間にまで姿をみせないというのはどういうことなのか。また女がらみじゃねぇだろうな、なんて嫌な予感が頭をよぎる。
(クソッ)
まだ長い煙草を床に投げ捨てると、勢いに任せて踏み潰し、靴のかかとでぐりぐりとひねって火を消した。この煙草の火のように、自分の苛立ちが消えたらどんなにいいか。



がちゃっと、ドアノブがおろされる音が響き、ほとんど無意識に男はソファから跳ね起きた。

「たっだいまぁ次元。いい子にお留守番してたぁ?」
「ってめぇルパン、一体いつまで待たす気だよ!」
「しっかたねぇじゃん、不二子がどーしても”七色の奇跡”が欲しいっていうからさぁ」
「あぁ!?」
七色の奇跡とは、数か月ほど前に発見された希少なダイアの原石を加工しネックレスにしたもので、あたる光の角度や強さによって七色に輝く宝石のことだ。原石が発見されてからすぐ目をつけたルパンはそれがオークションに出展されるのを待っていた。
「なんであの女が絡んでくるんだよ!」
「いいじゃない別に、どーしてもって言われちゃってさぁ」

何週間も待ちぼうけをくらい、そのうえお宝は女のものになるなんて。

「…っ」
奥歯をぎちりとかみしめるとさらなる苛立ちがつま先から駆け上がり、怒りがふつふつと煮えたぎる。
(ルパンの馬鹿野郎…ッ!)
「もういいっ!」
次元が声を荒げると、あまりの驚きにかの大泥棒の動きは一時停止。この分からず屋、俺がどんな思いでお前を待ってたか、なんて決して口にしない言葉が脳内ではぐるりぐるりと回ってる。
「え、ちょ、待てってば次元ちゃ」
「触るな!」
伸ばした右手が弾かれた。あらあらなんだかいやぁな空気、これはマジのヤツだよね?と女心と悪人の悪巧みはあっさり見抜くくせに相棒の気持ちが見えてない。
(馬鹿みてぇだ俺ばっかり)
(な、なんでこんな怒ってんの?いつものことじゃないのよ)
(いつもいつも、我慢してばっかりで)
(そりゃまぁ一週間もほっといたのは悪かったけど)
(だけど、お前のためならどれだけでも我慢できるって、俺は)
「っ次げ」

「お前が好きなのは、俺じゃなかったのかよ!」




「……え?」
「………………は?」



しばしの沈黙の後。
ぶわっと次元の頬が朱に染まった。
「――っ…!」
「次元、今のって」
「うるせぇ!俺ぁ何にも言ってねぇぞ!」
今さら何をおっしゃるやら。ルパンは羞恥のあまり逃げだそうと後ずさりする次元を追う。
「なぁにぃ寂しかったんなら素直にそう言えってば。」
「ふざけたことぬかすな!俺はっ…」
振り返り様にそう言うといつの間にか背後に迫ってきていたルパンと視線がぶつかる。その瞳の黒の深さに、思わず言葉が途切れ、どくりと嫌に心臓が跳ねた。
「“俺は”、なに?」
自分の瞳を通して体の中のすべてを見透かしているような、そんな彼の笑みが憎い。彼があんまり優しく微笑むから、思わず次元は視線を逸らした。
「っ…なんでも、ねぇっ」
「逃げるの?」
「そんなんじゃ」
んぅっ、と意に介さぬ声が漏れた。
体を壁に押し付けられ、手で顔をつかまれて、無理矢理に彼のほうに顔を向けさせられてしまっては、割り入ってくる舌を受け入れるしかなかった。ぬるり、と絡みつくそれは口内をくまなく這い回り、ちゅる…なんて淫靡な音を生む。まるで力を吸い取られていくかのように、徐々に次元の抵抗が弱まっていった。足ががくがくと震え、図らずとも彼の背に腕を回してしまった。
「んっ…っく、ふ」
交じり合い、どちらのものともわかわなくなった液体を、顔を傾けられてどぷどぷと口内へ注がれる。んくんくと次元はそれを必死に喉に通した。
「ふ…」
「は、ぁっ…」
ゆっくりと唇が離れると、舌先からてらてらと照明を反射させる液体がキスの証を見せつけるようにつぅ、と糸を引く。
そのジャケットのように赤い赤い舌が、どうしようもなく魅力的だった。

「…俺が好きなのはお前だよ…?次元」




嘘つけ、この浮気者






ちゅ、次元の喉元にキスをした。
下から上へ彼の味をたっぷりと堪能しつつ、壁に体重を預ける彼のボタンを外していく。ぞくぞくと身震いする次元は自ら体制を崩さないようにジャケットを脱ぎ去った。
(ルパン)
自分のなにもかもを奪い去って、何もかもを埋め尽くす男。それなのにすべてを与えてはくれない。だけどお世辞にも素直とは言えない彼は、簡単に欲しいとは言えないのだ。
シャツが開くと、肉の薄い男の肌が現れる。つんと上を向く胸の尖り。それにルパンがふぅっと息を吹き掛けた。
「んっ…」
ふるる、と体を震わせ、もどかしさに身もだえる。大きな手が入り込んでくる。
(手、熱ィ)
ざりりと音が立ちそうなほどひどく丁寧に腹筋のあたりをまさぐられた。くすっぐたい、の次にもどかしいがきて、たりないが来る。まだかよ、って言いたくなるのをこらえているとそれはそれはゆっくりとルパンの手の平が上ってきて、次元の胸に触れた。
(ん、っ)
唇をきゅ、と結べば聞かれたくないような声は出てこない。何度か体を重ねるごとに、男はどこをどいう触れば次元が反応するかをしってしまった。次元はそれが気に入らない。
「…っ」
つつ…並んだ五本の指が軽く当たった。ぴく、と勝手に肩がはねる。こんなにもおれの体は敏感だっただろうかと、次元は小さく羞恥を覚えた。それもこれも、どれもこれも、コイツのせいだ。コイツの手はいつも驚くほど熱くて、いつもどうしようもなく俺を欲していて、俺はおかしくなっちまったんだ。こんな奴のせいで。
突然だった。
がぶっと、ルパンがおれの首筋に噛みついた。
「いっ…いてぇよ、なにすんだ!」
「なんとなく」
「サルかおめぇは、この…ッ」
「お前、歯形似合うんだよ」
「はぁ?」
噛まれたとこを手でさすっているとその手をはがされた。おい、ルパン?と言おうと口を開けたら、そいつは自分で噛んだところを長い舌の先で撫でた。
「ッ…!」
ぴくん、と一瞬だけ腰が浮いた。噛まれたばかりで、びりびりと痛みがうずくその場所を舐められたから、よけいに大げさに、
「…感じた?」
「――なッ…」
「マゾの素質、あんじゃないの…?」
「っ…ばっかやろ…ん…っ」

彼が親指の腹で尖りの先を撫で、ぷちゅ、と押し潰し、それだけで背が沿った。ルパンの指が外れると、次元のそれはぷっくりと赤く晴れ上がる。
「かーわいい」
「っ見んな…」
「照れてら」
「るさいっ…」
じりじりと耳が熱くなる。
「舐めて欲しい?」
「っ聞くな…!」
「聞きたいなぁ」
「ばか…」
「ね、舐めてって言って」
「…嫌だ」
ルパンはぎりぎりまで顔を寄せるが、相手がつい、と顔を逸らしてしまった。ルパンはむっと口を尖らせる。
「けち」

そう不平をこぼすと、ルパンは舌で次元の胸を舐め上げた。んっと次元の口からは声が漏れる。遊ぶように舌で先を転がし、反対側は指先で少し強めに摘み、くりくりと捻った。
「はぁ、…ぁ…っ」
じくじくと腰が熱に浮かされるような感覚がして、零すため息の甘さが増す。唇を離し曲げていた腰と膝を伸ばして顔の高さを揃えると、ルパンは次元のベルトのバックルを外し、そのままスラックスと下着を膝まで下ろした。硬度を持ち始めていたそこに手を伸ばし、
「っぁ…」
大きな手で彼のものを包み込んだ。
「…もう濡れてる」
低い低いその声と、熱い熱いその吐息。
「ぁっ、なん…っ!おま、そんなこっ…」
いつの間にか次元とルパンのそれが重なり合い、絡めた指を上下する度ぐちゅぐちゅと水音が跳ね、
「っ、は…ぁっ…ん、んっ…」
それを次元の喘ぎ声が追いかける。いつもなら低く響くその声が上擦るのを聞くたび、ルパンは言いようもない興奮を覚えた。上下する手を早め、唇を噛み締める次元に、深い口づけを与える。
「っふ…んぅっ…」
ふる、と肩を震わせ、目じりに涙を浮かべながらも次元はそのキスに答えた。彼の舌をたっぷりと嬲り味わった後、キツく舌を吸い上げる。
「ん!っんん…くぅ…っ!!」


次元の欲は勢いよく溢れ出し、ルパンのジャケットを汚した。
「っあ…!わり、俺っ…」
「あーらら、こりゃだめだわ」
「ごめ…」
「いーよ別に。これの代わりなんていくらでもあるんだし」
"お前と違って。"
(…とか、カワイコちゃん相手ならいっくらでも言えんだけっどもねぇ…)
ルパンはジャケットを脱ぎ捨てると、黄色いネクタイに指をかけ緩める。
「っ次元…」
(ルパン)
ぐらぁ、世界が傾く。
ムードにも声にも欲にも溺れてる。
もちろん、お前にも。


「いれてって言って」
「…誰が言うか…っ」

ふぅん、と悪人丸出しの笑みで返した大泥棒は、ぐいっと次元に背を向けさせ両手をまとめて掴んでしまうと、

「じゃあ言わせてあげる」

後ろから次元の股の間に自身を滑らせた。
「っぁ…!」
ずりゅ、と卑猥な音がこだまする。ぞくぞくぞくっと肌が粟立つような電撃が駆け上がった。
「あっつ…」
お前の方が熱いっつーの、とか思いつつ、次元はルパンのそれを太股で挟む。
「っく…ん、ぁ」
火照った体にはあまりにも悪質な感覚だった。背後から聞こえる男の呼吸が野生味を増して、理性なんて馬鹿みたいに容易に消えていく。そのものを確信犯的に擦り付けられる、どろどろの秘部を意識せずにはいられなかった。
「っ、く…っ」
ずりゅりゅ、ずちゅっ…水気を帯びたその音が鼓膜から次元を犯す。
(あぁ、くそっ)
思い出すのは何時もの。あの、荒々しく強引でサディスティックな彼ばかりだ。自分がどんなに嫌だといっても『嘘つき』なんて言ってあっさり見抜いてめちゃくちゃに抱く。明日の仕事や下手をすれば当日の予定があっても、自分の都合なんてお構いなしでセックスをするのだ。
ただひたすら、次元が好きだと囁いて。
(なんで)
「っん、んっ…!」
(いつもは、こんな)
「あ、ルパ…ッ、嫌だ、もう…っ」
(いつも、いつもは)
「ん…?もう、…なぁに?」
ぐっと低い声で囁くと次元はかぁと頬を染めた。
(あぁくそ、こんなこと)
絶対言わないと決めていたのに。

「…いれ、て…っ」


「…っ」
狙って言わせたはずなのに、羞恥に震える彼の声がどうしようもなくルパンの心臓を高鳴らせた。
「…チクショーかわいいなぁ…もう…っ」
「うるさいっ…!もう、頼むから、はやくっ…」
「あんま煽んないでよ…こっちだって余裕ないんだから」

ぎゅう、と一際強く抱きしめられたかと思うと、
「あ、あ…っ!」
ずっと欲しかったものが次元の中に入り込んできた。
「は、あぁっ…ん、っあ、くっ…!」
どこからともなくローションを出し、それを使用したらしいルパンのそれは易々と次元の中を貫いていく。びくびくと敏感に反応する彼は骨ばった背中を見せつけるように沿って、恥ずかしげもなくルパンを締め付けた。
「ったく、ほんと、うちの相棒はいやらしいったら…」
「はぁ…はぁっ…」
肩で息をする次元の耳にルパンは唇を寄せる。長い長い舌に次元の耳たぶを這わすと、
黒い男は吐息を堪えるように歯を噛み締めた。
「全部入ったよ…わかる?」
「っい、いちいち、言うなっ…」
「お前が欲しいって言ったんでしょ?」
「だ、ってそれは、お前がっ…」
「俺が?何?」
「ルパンが、意地の悪いこと、する、からっ…」
「そんなことしてないよ?次元が入れてほしくないなら入れないほうがいいかなって思ったんじゃん」
「っ…俺のこと、好きだ、とか言うなら、こんなやり方すんなよ…っ」
「…え?」
ルパンの瞳に驚愕の色が現れる。
「お前は嘘も方便っていうか、言って当たり前みてぇなとこがあるし…っ」
ぎゅう、と次元は右手でこぶしを作った。
「ふ、不二子の奴が言ったことならなんだって呑んじまって、…俺は、お前の言うことやってばっかで…!」
ごく、とルパンは息を呑む。

「お、前は、やっぱ、不二子が一番なのか、とか…っ」

(あぁもう、何言ってんだ俺)

「馬鹿かお前は!!」
「うぇっ!?」

声を張り上げたルパンに次元はびくりと肩を震わした。
「あーもー…もーもーっ!!!」
「なん、だよ」
「煽んなって言ってんのにこのっ…」

「る」
「明日の予定はオールキャンセル。一日中愛してやるから覚悟しなさい」
「なっ…馬鹿はどっちだ!!」


次元の叫び声が木霊する。
数秒後にはその声に甘味が加わった。ルパンは額を濡らす汗などお構いなしに恋人を抱き寄せて、いつものように愛を囁く。思い切り優しく、彼にしか聞かせない声で。

「愛してるよ、次元」

ゆっくりと腰を引くと、名残惜しそうにそれを締め付けられ、また貫くと内壁が絡みつきふるふると震えた。全身を駆ける快感に、世界が形を変えていく。そして彼を呼んだ。
「あっ…!はぁっ…、っぁルパン、ルパンっ…!」


例えば、愛しい君の、心の中が見えたとして。
その愛は本当に、自分と釣り合っているのだろうか。自分ばかりが熱くなって恋焦がれて、重くなってしまっているのではないか。
お前をこの瞳が映す度、どうしようもなく息が苦しくなる。お前の声をこの耳が受け取る度、言葉にできない感情が俺の体を包んでしまう。お前が俺を呼ぶ度、俺に触れる度、すべての瞬間に思い知らされる。
俺がお前を好きだということを。
言葉だけなんて、体だけなんて、心だけなんて。物足りないんだ。俺には。あさましい俺はお前の全部が欲しくて欲しくて、だけど奪う度胸もない。ただ見てるだけなんだ。愛をひたすらに求めながら。
俺なんてとっくの間に、お前に人生捧げたのにさ。











「好きだ…っ」








君の全てで僕を愛して。
(僕が君にそうするように)










END






「春のル次祭」に投稿しました。幸せすぎる企画です!たまらん!
私ごときが文を提出するのは大変おこがましいのですが、参加させていただきました!ありがとうございます!

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