だから嫌いなんだ。


 



その言葉は唐突に俺の視界に転がった。

「どこまでならしていい?」
「…はっ?」

今朝の新聞を持つ手が小さく跳ねる。見張った眼に映るのはあまりにいつも通りの相棒。
「びびりすぎでしょお前。」
くつくつと喉元を鳴らすルパンの、馬鹿にするような口調。意味がわからないふりをしたって無駄だ。アイツは俺を知っている。そのことを俺は嫌というほど知っているから。

「どこまでも駄目だよ」
「なにそれずるい」

仕事仲間としてつくられる、1メートルの距離が音もなく埋まる。ドッ、と心臓を殴られたような衝撃があった。
「なぁ、ルパン、いっか、一回落ち着かね?」
「すんげー平常心だよ俺。」
「ほら、次の仕事の話、しようぜ?な?」
「どうでもいいよそんなの」
「よかねぇよぶぁか!」
追いかけてくるように拍動が駆け足になる。
「ほら次元ちゃんこっち」
「ちゃん付けやめろって何回言っ…」
俺の言葉が途切れる。
生物学的に無意味で無価値な、呼吸がし辛いだけのキスだ。
(うわ、まじか)
「っやめ、」
ぞくりと体温が下がるのは、彼の視線の弾丸が俺の瞳を撃ち抜き死にそうになったから。
知ってるかルパン、そういうの、殺気って云うんだ。

(くそ、こいつ体でけーし力強ぇし…!)

何が楽しいのか俺の体に掌を滑らせて、何が面白いのか口角をあげる。膝を弓を引くように強く曲げ、射抜くように、
思いっっ切り蹴った。
「っきめぇよガチホモッ!」
「っぶ!?」
文体じゃ表せない鈍い音と、ルパンの汚い声があがった。唸りながら腹を抑えてうずくまる。
っとその直後、
「っ…誰がガチホモかっ!」
「1番言いたいことそれか!?」
怒号とツッコミを小さな部屋にぎんぎん響かせる。

「…っとにかくやろうよ処女野郎」
「1文に矛盾が多過ぎて俺の腕じゃ捌けねぇよ…」
「なんか嫌なのかよ」
「…俺が女役っつーのはさ、」
「確定。」
「デスヨネー…」
「まじまじホントに腹くくってくんね?やばいからさぁ俺。何万年待たす気だよ。1億年と2千年前からやりたいのよ」
「名曲を汚すな…」
泣きたい。
「なぁ、」
どくん、

(ほらみろ、)
俺の体がお前への感情を語ってるじゃないか。
(ふざけんな)

お前の声が
お前の手が
お前の目が
お前自身が
俺のどっか大事ななんかを、一個ずつ壊して。

「ごっ」

そんなんだから俺は。
いつもお前に負けっぱなしで。

「ゴムはつけろよゴムはっ!」
「っは、子供出来るわけでもないでしょ!」
いつも通りの気に入らない顔で、俺の精一杯を馬鹿にする。
「性病になんだよぶぁか!ガキんとき習ったろっ!!」
この俺がどんなに恐いか、わかってんのかてめぇ

「優しくしねーとお前の噛みちぎるからなっっ!」

「え、フェラしてくれんの」
「……………」

そういう意味じゃねぇよ!








諸々の口喧嘩。
なんやかんやでベットで押し倒された。


「あー!あー!やっぱ駄目、だめだめ!やめろ!」
「うっせ…」
「まじだってルパン、死ぬってほんとに」
「指くらいいいだろ」
「あーもうなんで俺あの仕事おりなかったんだろ死にてぇ」
「アホか、死ぬんならその前に一発やらせろ」
「人で無しが!」
「ならお前も人外だろ」
「誰が、うぁっ…」

「…………………」
「…………………」
(死にてぇえええ)

「あーはいはい可愛いよ次元ちゃん、」
「っざけん…っ!」

ルパンの指が、その、あーなってこーなって、俺は必死に、だな

(やばいなんだ今のほんとキモい俺マジ死ねってかなんだよこの慣れてる感じもしかしてこいつ男とも?うーわなにそれ俺以外に誰か…っていうのはまぁ別にどうでもいいけど、ってかほんとにやばい、)
「っ…!」
「唇噛むなっての、ほれ」
「んぐっ…!?」

この馬鹿猿、じゃなかったルパンは俺の口に指突っ込んで来やがった。もちろん遠慮なく噛む。
(3本くらい食ってやる…!)
ぎちりと皮の奥の骨が抵抗する。少しずつ歯先が埋まっていくのがわかった。

「いってぇなぁもう…いれちゃうな?いいよね」
(いいわけあるか!)
「んぐ、っ…あ!」
宛がわれた時点で感じる圧倒的な質量に首を閉められたように呼吸が止まる。
「馬鹿、こきゅーしろ」
「んっ…く、っむ、り…ぃっ」
(痛い痛い痛い痛い痛いあー痛いああもうガチかよこの野郎許さねぇほんとに)

「ひっひっふー、だろ」
「っれは、しゅっ、さっ…」
何故ツッコミに必死なんだろ、俺。

「うぁ、…はっ」
「うわなに次元ちゃんてばエッロ…」
「ちゃん付け…ゃめろ…っての…っ」
(この馬鹿)
こんなときくらい、名前呼べよ畜生

競り上がって来る圧迫感。熱く冷たい電気が体中を駆け巡っていく。がくがく揺れる情けない体では抵抗できず、彼はどんどんと深く奥へ進む。
「っあ…!」
はっと渇いた吐息を漏らす。汗となって消えてしまったのか、喉には水分がほとんど無い。
(ルパン)
「ぐっ…っつぅ…」
「っちょ、次元、ほんとに食いちぎる気かよ、力抜け馬鹿」
「っせぇよ…!ほんと、死ぬ…っ」
「そんな痛ぇ…?」
(ルパン、)

彼の額に汗が滲んで、俺達の熱を帯びた吐息が絡み合う。
痛くて、痛くて、んでもって痛くて。
この馬鹿がどんな無茶しやがるか予想つかなくて、この痛みを与えるのはこいつだから、俺を助けてくれるのもこいつだけなわけで。ほとんど無意識に伸びた俺の腕が、ルパンの大きな背中へ向かう。痛みを逃がすために俺の手には力が伴い、彼のジャケットにシワをつくった。

「うぁっ…ルパン、…ルパンっ…」
どこから来たともわからない透明な塩水が、視界を歪ませるだけでは飽きたらず俺の頬を濡らしにかかる。
「ルパンっ…」
彼を呼ぶ俺の声は霧がかかった空のように掠れていて醜い。その音ばかり反響し、孤独感に苛まれる。
(なんで俺は)
触れただけで火傷しそうな俺達の肌がそれを喜ぶように互いを引き寄せる。

(こんなくだらないことを)

「ッ…」
自分の下で痛みに悶えるだけの俺を、なんとも言えない瞳で見下ろすルパン。

(そんな顔、したことなかったくせに)

堪らなく、キスをしたくなった。
「っ!」
無理矢理に抱き寄せて、彼の唇に噛み付く。
「んっ…く、」
捩込んだ舌はあっさりと絡め取られて、がつりがつりと歯がぶつかってしまう。
くだらなくてくだらなくて、鼻でわらっちまいたくなるような男同士の大した快感も生まない交尾をする理由は、
「んんっ…るぱ、ん…」
(俺は、こんなに)

「…んなに呼ぶなって…これ以上どうやって近づくんだよ」

こいつを、繋ぎ止める方法がそれ以外に見つからないから。
「あんま煽るなよ、加減出来なくなんだろ」
「…は、この意気地無しが…っ!」
「アホ、俺はなぁ」
「もっと…、ルパンっ…」
「…そういうのを、煽ってるっていうんだ」

手なんか抜くな、痛め付けたいならそうしろよ
お前の優しさなんて、吐き気がするから

「しらねぇからな。」
「あぁ」
気をよくした男は、ようやく俺を壊しにかかった。
「いっ…!っ、んっく…ぐぅっ…!」

 
この無意味で無価値なセックスは、きっと本能ってヤツだろう
優しさなんて欲しくないし、愛なんて以っての外。こんな奴と恋愛なんてごめんだっての。

 
「――…大介」

「!」
ほらみろ、こんな時に
「っつぅ、ぁっ…!…くぁ、んんっ…」
真実を語らぬ唇に反して、俺の体は嘘をつくのがあまりに下手だ。

「っる、ルパン、っ…!」
「ん、大介…っ」


だから、
だから嫌いなんだ。
(お前なんか、ずっと)













END









ぬるい!

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