初めてお前とセックスをした時、俺はどうしようもなく嬉しかった。
俺に向けられている感情が、愛だの恋だのってキラキラしたもんじゃなくたって、お前が触れてくれるだけでよかったんだ。俺は。
こんなふうに服を脱がすんだと思った。こんなふうに肌をなぞるのだと思った。こんな目で相手を見つめるのだと思った。こんなに強く抱きしめるのだと思った。こんなに、辛そうに欲を吐き出すのかと思った。こんなにも黒い感情を隠し持っていたのかと思った。こんなに、こんなに、こんなにも。あの女を愛しているのだと思った。
だけど俺は。
『…次元』
本能のままに吐き出す声を、欲塗れの情事を、苦しそうに目を細めるあいつを。俺だけが手に入れることが出来る、それだけでよかった。
あの女に勝てることなんか何一つありゃしない。けど、あいつの1番弱い部分を知っているのは俺だけだ。それが堪らなく嬉しかった。馬鹿みてぇだって?わかってる。わかってるさ。それでいいんだ俺なんて。決して手に入らないお前が、好きなんだから。








肌に浮かぶ青に触れた。
(…また増えちまった)
あいつの作る痣が、日に日に目につくようになっていく。この青はあいつの苦しみだ。欲しくて欲しくて堪らないものを得られない大泥棒の、余らせた力が生む傷。
(ルパン…)
俺じゃ駄目か。俺じゃあ駄目なのか。俺じゃお前の、その苦しみを消してやれはしないのか。

「次元…その傷は」
「っ!」
びくりと体が跳ね、無意識でドアの方を睨んだ。
「すまん、呼んでも返事がなかったので…」
「…いい。気にすんな」
「……何が良いと言うのだ」
彼の声の温度が下がる。
「え?」
「もう、見ておれぬ…!どうして、何故お主は…っ!」
「よしてくれ」
取り乱し、体を震わせる彼の言葉をぴしゃりと遮った。何故って、そんなの。
「お前さんには関係ねぇ。…そうだろ?五右ェ門」
「ッ…確かに、そうだがっ…」
「"だが"?だが、なんだよ。」
俺は彼を見た。優しさなんて篭めてやらない。感情なんてこれっぽっちもない、真っ白の視線を投げた。
「っ…」
ぐっと息を呑む五右ェ門。あぁなんて、俺とお前は違うんだ。
「なんだよ。」
お前と俺が、今まで作り上げたもんをぶっ壊しちまう気かい?
「…何も無い」
「そうか、ならいい」

俺は上半身裸のままベットから下りず、こう言った。

「…お前を好きになればよかった」


人間ってのは、こんなに残酷なことを言えるのかと思った。五右ェ門は何もないと言いながら何かいいたげな表情で、部屋をあとにした。
(悪い、)
心中で謝罪し、俺はため息をつく。


数時間後、煙草が切れたので部屋を出ると、足の指がダチィンッと音を上げ、小指から膝まで電流が走った。ばりばりと駆けた衝撃は数分間俺の小指を虐め抜く。
「ってぇ…」
目尻に涙の膜を張りつつ、俺は痛みの原因を視界に捕らえた。

「…五右ェ門か、」

救急箱だった。
不器用というか、何と言うか。
俺はしゃがみ込み、そっとその箱に触れた。
(…ありがとう)
心中で感謝し、俺は目を閉じる。やめとけよ、俺なんか。








沈黙を切り裂いたのは、聞き飽きた着信音だった。あまりに見慣れた名前が表示されて、思わず出るのを躊躇う。
「…もしもし」
『次元』
色でわかった。
あいつの声の色が、何時もとは、"相棒"であるときのそれとは、明らかに違ったんだ。
「…なんだよ」
『………会いたい』

どうして。
どうして、こんな。
お前は、俺を。どこまでお前を好きにすれば気が済むんだ。
俺だって俺のほうが、俺は。

気がついた時にはフィアットを転がし、あいつの指定したホテルへ向かっていた。どこかに住むもうひとりの俺が、忠告してくれた。"どうせあいつの気まぐれだ。期待なんかするもんじゃねぇ"と。俺は直ぐさまそいつを撃ち殺した。構わない。構わないんだ。お前が俺を必要としれくれるなら、2番でも。他人の代用品に成り下がっても。いいんだ。俺は。
…けれど、アジトを出る時すれ違った侍の表情が瞼の裏に残っていた。



扉を開けたのがどっちかすらわからなかった。
「…次元…」
「ルパン、お前っ…」
唐突に抱きしめられる。
「ばっ…おま、ここまだ廊下…っ」
「会いたかった。…ほんとに」
「っ…」
喉元を締め付けられるような感覚だった。震える手をあいつの背に回す。
俺も、会いたかったよ。…本当に。

部屋に入るなり、ベットに押し倒された。
「っ…ルパ…」
「………」
彼はぴたりと押し黙る。俺の声を聞きたくないという意味だろうか。
俺が唇を閉じると、ルパンは急に顔を寄せてきた。
「っ、なんだよ…!」
ボリュームは控えめに。
「なにって?」
「す…するんだろ、だったら…!」

「キスがしてぇんだよ」

(え…?)
キスなんていつぶりだろうか。とろけるような柔らかい口づけは、初めて感じる感触だった。俺とルパンの、初めてのキスだ。
「んっ…」
(ルパン、どうして)
「次元…」
(ルパン)

俺は、少しくらい
お前の中で大事なものとして認識されているだろうか。
この唇から、どれだけの愛が届くだろう。なぁルパン、知ってるか。俺がどんなにお前を好きかって。
「ん…っ」
キスなんて。あんなに嫌がっていたくせに。
「脱がすよ?」
「聞く、なよ…」
いつもなら、会話なんてほとんどしないくせに。
「痛くない…?」
「!んぁ、っ…!く、っ」
そんな優しさ、見せたこともないくせに。
「っ…ふ、ぅ…っ…!」
「…声、堪えなくていいよ」
(なんで)
「は、ぁっ」
(ルパン)
「次元…」
やめてくれ
「あっ、ぁ、ぁ…!」
(ルパン)
「っ次元…!」
やめてくれ
「ルパンっ…!」
(なぁルパン、…好きだよ)
期待させるようなそぶりなんて、頼むから見せてくれるな。
「ぁ、あっ…!」









アジトに戻ると、よれよれのラップがかかった飯がテーブルに並んでいた。
(もったいねぇ)
一つの皿の3倍くらいのサイズのラップだ。あのお馬鹿なお侍さんは、ラップをかけることもできないらしい。
その日の飯はやけに美味かった。いや、いつもあいつの手料理はうめぇんだが。今度は、もっと。ずっと、美味かった。










誰かが俺の髪を撫でている。
「…好きだ」
緩やかに甘く、低い声。全身が暖かくなる、白い指が触れると。
「好きなんだ」
嘘をつけ。俺なんかが誰かに愛されるもんか。俺は、幸福の掴み方を知らずに生まれてきたんだから。

「拙者はお主を、」

幸せな恋なんて
俺の歩む道のどこにだって咲かない。





 

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