くたびれたシャツみたいな愛がいい 2





アジトに着いた。
半日しか経っていないというのに、次元は妙に懐かしく感じた。
もう、ここには戻ってこれないことを覚悟していたからだ。
だが、その覚悟は無意味に終わった。
だが今度は、また別の覚悟が必要らしい。

「次元、この一戦を越えたら、もうお前は何があっても俺から逃げられなくなる」

「ああ」

ルパンがアジトのドアを閉めた。

「逃げたいって、お前が俺の脚に縋って懇願しようが、俺の檻からは絶対に出してやらねえ」

「餌をくれて、居心地よくしてくれるならその必要はねえさ」

かちゃり、と鍵のかかる音が聞こえる。

「もし今日みたいなことがあったら、俺はお前を殺しちまうかもしれねえ」

「なら、お前の手が俺の血で汚れることはねえな」

だがその覚悟は、次元にとっては願ってもないことだった。

「……… もう、お前を相棒なんて呼べねえ」

「俺を、一人の…人間とし て見てくれるの、…なら、」

ああ、声が震えている。
こんなにも自分は、絆されやすかったのか。

「呼べなくなっても… いいっ」

二人を阻んでいた大きな壁が、崩れる音を確かに聞いた。
まずは、噛み付くようなキスを。
呼吸を奪って、自分だけを相手の肺に送り込むキスを。

くちゅり、くちゅり、

肺がそれで満たされる。
何とも心地の良い。

「っはあ…ぁ、は」

先に音を上げたのは次元だった。
つかの間の酸素の補給。
それからまた、ルパンが次元の酸素となる。
けど、この酸素は非常に厄介なもので、肺以外の箇所にもどんどん侵入してくるのだ。
例えば、脳。
男同士でどうやってセックスするんだとか、ヤるとしたらどっちが女役するんだとか、その前に自分の傷だらけの体を見たらルパンは萎えちまうんじゃないかとか、つらつらとそんなことを考えてはみるものの、ルパンが自分の一部となっていることを確認してしまえば、もう湧き上がってくる感情は愛しさのみとなった。
ルパンの舌が歯列をなぞり、頬の内を舐める。
くすぐったい。
舌を吸われる。
ぴり、と走る痺れに体が疼いた。
たかがキス程度なのにだ。
さすがは絶世の色男の末裔とでも言おうか。

「次元、次元、次元、」

狂ったように彼の名を連呼する大泥棒に、ガンマンは体が熱くなるのを感じた。
これほどまでに自分は、彼を欲していたのか。
男とは思えない細い腰に腕を絡みつかせ、そっと押し倒す。

「ま、待てっ!……ここで、」

「場所選ぶ余裕なんかねえ…どこだっていい、お前を感じたい。今すぐにだ」

「っ」

ああ、彼はこんなにも熱い視線を自分に投げ掛けたことがあったか。
その目に射抜かれ、身も心も焦がれそうだ。

(あ、玄関にマット敷いといてよかった。)

次元の首元や胸元に歯を立てながらぼんやりとルパンは考えた。
だってそうだろう。
もし汚したとしてもマットをそのまま捨てればいいことだし。
何よりも次元の体を痛めずに済むのだから。
だが、これから上がるであろう体温を下げてくれる効果のあるフローリングには直接肌をつけられないのが難点だが。
そうなったらマットなんぞ取っ払えば済む話。

「ルパ、ン…も、そこは…いい…」

首筋や胸にしか刺激を与えてなかったらしい。
焦れた次元がルパンの短い髪をく、と掴んだ。
焦点をそこに合わせれば何とまあ赤い斑点模様が無数に鏤められていた。
いつものスーツ姿でさえも覗いてしまうだろう位置にも斑点が疎らに存在を主張している。
当の本人は随分と恥ずかしそうに身を捩じらせている。
それは自分に強請ったことなのか、それとも赤の斑点模様のことなのかは定かではない。
だが世紀の色男の思考を容易く奪ってしまえるほどの色香がそこにあった。

「んなに煽んなって…こちとら、ストッパーのかけ方だけは然程に習ってねえからよ」

「はっ、女っ誑しが、聞いて呆れるぜ…」

「……いいさ、好きなだけほざけ。その内、その唇から喘ぎ声しか出ないようになんだから」

「なっ…俺が女役、ん!」

ギリギリまで言わずにおこうと思っていたことをうっかり口を滑らせて喋ってしまった。
もし自分が男を受け入れる立場だと知ったら、恐らく刃傷沙汰は避けられないと踏んでいたから。
痛い所を突っ込まれる前に、ルパンは次元の唇を塞いだ。
第一、次元に身を任せたとして、アナルセックス、つまり男同士のセックスのやり方を知っている、あるいは経験があるとは到底思えない。
もし経験があるとしたら、それに越したことはないのだが、ルパンが次元の相手の男を抹殺しようとすることは必至だろう。

「ま、どっちが上か下かは置いといて」

「置いとくなっ!一番大事なポイントだろうがッ!」

一応、念の為。

「次元ちゃん、男の経験ある?」

「〜ッ!!ねぇから女役なんざ御免だって言ってんだ!」

随分と明確な理由も付けて返してくれた大泥棒の相棒は、酷く困惑しているようであった。
それはそうだろう。
いくら好きな相手だとしても、長年連れ添った相手に痴態を曝すことほど羞恥なことはないのだから。
だが、

「じゃあ、俺が次元のバージンを貰えるってことね」

ルパンにとってそんなことはどうでもよかった。
壊したくなくて、傷つけたくなくて、ずっと護り続けてきた愛おしい存在をやっと手に入れられるのだから。

「話を逸らすな、ってか誰もお前が上とは決まって「さっきのキスで決まってんの」

「……は?」

「さっきの俺との濃厚キッスで音を上げたのはどっちだっけ?」

「 …おれ、」

「どっちがどっちを押し倒したんだっけ?」

「お前が、俺を…」

「だよね。肺活量も体力も筋力もないお前が、俺を抱ける訳ねっつーの」

「………」

「……なぁんて御託は置いといて、すっごく純粋な気持ちで、次元大介を抱きたい」

「っ、」

どうして、こんなに熱く射抜くような目を向けてくる。
どうして、こんなに心臓の鼓動が喧しい。

「何が死神だよ。………こんなに義理堅くて人情深くて優しい死神がどこにいる」

「………」

「頼む…今までずっと、耐えてきたんだ。これ以上お預け喰らうのは、不二子とのセックスだけで十分だ」

「……馬鹿野郎が」

いつの間にか脱げてしまったボルサリーノが、少し離れた所からそっと二人を見守っていた。
諦めとはまた違う感覚が次元を襲う。
表現し難い感情だ。
でも、こいつになら、己を任せてもいいと思った。

「――… 二度と、不二子どころか他の女ともセックスできねえ体にしてやる…」

皮肉屋にしては珍しいほどの直球だった。
だが、泥棒の心臓は素直に悦びの鼓動を打った。

「ほんじゃ、楽しみにしてるわ…」

どんな状況に陥っても崩れない彼のポーカーフェイスが崩れた瞬間だった。


ルパンが触れる場所全てが彼に愛されているような錯覚に陥る。
いや、錯覚ではないかもしれない。
それほどまでに、彼に触れられた箇所は熱く火照っていくのだ。
それだけならまだいい。
身体が、彼を欲して強く疼く。

「は、っ…いつまで、そうして…るつも り…」

決定的な個所には触れず、でも次元の体温を確実にあげるだろう箇所にもどかしい愛撫を施す。

もう少し、処女のお前を感じていたい。お前を死ぬほど大切に想っているから。
少しでも傷付けたくないから、だから時間をかけてお前の体を解してるんだ。
なんて、口が裂けても言えねえからさ。

「ん〜、次元ちゃんが焦れて俺におねだりするまで」

「くだらねえ…」

お前の魂胆なんざ、バレバレなんだよ。
何年お前の相棒やってきたと思ってる。
何年、お前に焦らされてきたと思ってる。
大馬鹿野郎の鈍感野郎が、

呆れながらもルパンの細長く魅惑的な指先が肌に触れる度に小さく痙攣を起こす体を忌々しく思いながら、放り投げられた上着からマルボロを取り出しジッポライターで火を点ける。
彼に触れられることにこの上なく歓喜する体を落ち着かせるための無意識が働いたのだということにしておく。

「もう、セックスの最中に煙草なんか吸うか?普通」

「焦らしてえんなら、存分に焦らしてもらおうじゃねえの」

「けっ、可愛くねえ奴…」

口を尖らせて、薄い唇に咥えられたマルボロを奪い取り、左手で握り潰した。

「……火傷すっぞ」

「俺たちの愛の熱さにゃあ敵わねえさ」

「ほざいてろバカ…っあ」

するり、と細長い指がスラックスも下着も通り越してソコに絡みつく。
別に準備が出来ていなかった訳でもないのだが、やはり少し体が強張った。
ルパンが次元を傷付けないことは、自惚れではあるが確信している。
そうではなくて、ただ単に、次に襲ってくるであろう壮絶な快楽に少し恐怖しているのだ。
女遊びの絶えなかった色男のことだ、テクニックやスタミナは次元の創造の遥か上を行っているだろうから。

「は、っく…ぅぅん…ッ」

もどかしいほどの滑らかな愛撫。
女に施す時にも、こうしていたのだろうか。
次元の胸がちくりと痛んだ。
でも、言えば女々しいと思われるのも嫌で。
必死に声とともにその思いも押し殺した。
だって、今互いに触れあっているこの瞬間が彼にとっても至上な時であってほしいなんて、何て女々しい。

(だせぇだろ、そんなの…)

自分の声は自他共に認めるローボイスだ。
女らしさの一欠片もない。
そんな男の喘ぎ声が聞こえてみろ。
ルパンのような、とびっきりの美女でさえもとっかえひっかえな男が聞いたら瞬時に萎えてしまうに違いない。
ああ、ルパンに一度でも抱かれたことのある女が心底羨ましい。
嫉妬深いとか独占欲が強いとか、ルパンはそんなことをあまり好まない。
だからといって、自分はルパンが抱いてきたどの女よりも劣っていることは一目瞭然で、羨ましくない訳がない、というのが次元の言い分である。

「………なぁに考えてんの?」

「別に…」

「ダメよ、ココに俺以外の人間を入れちゃあ」

再び重ねられた唇。
とんとん、と胸を突かれる。

(ルパン以外のこと考えんなって、そんなの無茶だ)

自分の事を考えるだけでも精一杯だというのに。
だって、自分がルパンに対してできることと言えば、従順に彼に従う程度のことだから。
だって、

女のように柔らかくない体。
女のように凹凸のない体。
女にあるまじき傷だらけの体。
女にあるまじき筋肉質な体。
女にあるまじき髭、声。

まるで今の自分はコンプレックスの塊のようだと次元は自嘲した。
ルパンが好むのは、スタイルが良くて美人で大人っぽくて妖艶で。

(自分の一体どこにそんな要素がある!)

ふ、と壁に立てかけられた全身鏡を見た。
そこには、世界一の大泥棒の色男。
そして、髭を生やした物騒な男。
思わず次元はルパンを突き放した。

「っ!…次元?」

「、っ…すまねえ…… やっぱり、」

俺じゃあ駄目だ。
また、ルパンに殴られた頬がズキズキと痛みだした。

(だってそうだろう?世界を股にかけられるような大泥棒が、俺なんかを相手にする訳がねえ)

仮に、今はそうだとしても、いつかきっと、絶世の美女か何かを引っかけて、俺なんかきっと捨てられる。
そう思ってしまう。
ルパンの愛が確かで不変的なものだとしても。

「す、まねぇ…」

意図せずに溢れてくる涙を拭いたくて、顔を隠そうと次元は腕を持ち上げた。
でも、ルパンの腕がその動きを阻んだ。
腕を掴むその腕の力があまりにも強くて、まるで心臓でも握られているような錯覚に陥った。
いや、実際に感覚としてはルパンはすでに次元の心臓をあるいは握っていたのかもしれない。
それもまた、自分の体を熱くする要因になっていることに気付いた次元は、再度頬を伝う熱い雫の存在を認識した。




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