先日の一件から早数週間。
口ではああ言っていたけれど、峯さんも大吾さんもよく通ってくれている。
峯さんに至っては、大吾さんの連れとしてではなく、個人的に来店して下さる様になっていた。

初めの丁寧な口調も随分と砕けて来て、"名前""義孝さん"と呼びあう程度には仲良くなった。
そんなお2人は、私が冗談たらしく言った言葉を素直に捉え、害虫が暴れると、それにムカついた客を装って店外へと連れて行き始末してくれる。

今日は義孝さんだけであるが、既に1人葬っていただいた後である。
申し訳ないという気持ちが強く、始末してもらった日は必ずサービスしているのだけれど、それすらも"俺がやりたくてやっている。名前が気にする事じゃない"なぁんて優しく言って多めにお金を払って帰るのだ。
そんな姿に世の女性はこの色男を放っては置かないだろうなぁと思いながら、カウンター席で携帯を触りながら酒を嗜む義孝さんをじっと見つめていた。

「ん?どうした」

あまりにじっと見つめていたからであろう。私の視線に気付いた義孝さんは、携帯から目を離し私の方を向いた。

「いえ、すみません。携帯を触りながらお酒を飲む姿が様になるなぁと思いまして。」

"見惚れてました"と、笑いながら続けると

「そういう事を平気で言うから名前は勘違いされるんだ。気をつけた方がいい」

やんわり嗜められてしまった。
付き合いが少し長くなったことでわかる反応だけれど、こういう時の義孝さんは照れている。表情には全く出さないが、照れている。

「あらあら。そういう事言うのは義孝さんにだけですよ」

「……勘弁してくれ」

「なんだ良い雰囲気じゃねぇか」

私が義孝さんを揶揄っていると、店内に大吾さんが這入ってきた。どうやら先程から携帯を触っていたのは大吾さんと連絡を取っていたからのようである。

「そうですよぉ。義孝さんとイチャイチャしてました」

「名前に揶揄われてただけですよ…」

「年上の男を手玉に取るなんざ、とんだ小悪魔になったもんだ」

大吾さんはニヤニヤと笑いながら義孝さんの隣の席へと腰掛けた。

「もう勘弁してください」

これ以上揶揄って嫌われてしまっては元も子もないので、"今日はこのくらいで勘弁してあげますね"と返し、大吾さんへおしぼりを出し、注文を取り、お酒の用意を始めた。

私の動作を眺めながら、思い出したかのように大吾さんは言った。

「そういえば、最近神室町でやばい奴らが暴れてるそうなんだが…」

「あらそんなのいつもの事じゃないですか」

日常的にヤクザ、チンピラ、チーマー、酔っ払いが喧嘩しているこの町で、やばい奴らと言われてもどれを指しているのかわからない。その位この神室町という町の治安は悪い。
一般人である私ですら"いつものことか"で済ませてしまうレベルだ。

「普段のやつじゃなくてだな……東城会じゃねぇ組織が最近神室町に参入してきてな、そいつらが海外マフィアと抗争してるらしいんだ」

「確かに、東城会が大部分を占めてはいますけど、他組織も神室町に居ますもんね」

カシャカシャとシェイカーを振りながら大吾さんの話を聞いているが、これは本格的にやばい話の様である。
東城会が抗争しているとなれば、目の前の会長様は私たち一般市民に害が及ばないよう配慮してくれるだろう。彼はそういう人だ。
でも今回は完全に別組織。そうなれば私を含めこの町で生活している人間はいつどこで巻き込まれるかわからない。彼はそれを危惧している。
だからといっていつ終わるかわからない抗争の為に店を閉めるわけにもいかないし、従業員を休ませるわけにもいかない。結局解決策などなく、自分で身を守るしかないのである。

「だからってわけでもねぇけどよ、必要以上に神室町をウロウロするのは控えろよな」

"どうぞ"と、お酒の入ったグラスを渡し、大吾さんの方を見ると、心配そうな顔をしていた。

「そうですよ。ただでさえ名前は絡まれやすい。それに店を追い出された客から逆恨みされてる可能性もあるからな」

と、義孝さん。
本当に彼らは優しい。
私に優しくしてもらう資格なんてないのに。

「ご心配ありがとうございます。もし日中お買い物しないといけなくなったら、大吾さんか義孝さんに連絡しますね」

彼らは私の過去を知らない。おそらく昔格闘技をやっていたか元ヤンのどちらかだったのだろうくらいにしか思っていない。だからこそ、彼らの優しさが苦しいのだ。

そんな私には"お2人が一緒にいてくれたら心強いでしょう?"と、茶化すことしか出来なかった。



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