"金は三欠くに溜まる"という諺を知っているだろうか。
義理を欠き、人情を欠き、付き合いを欠くくらいにすれば金は溜まるだろうが、人並みの生き方では無理だということの意である。

何かの犠牲の上で手にするものが金であり、何かの犠牲無くして金は手に入らないのだ。

だが、人は金を基準に物事を考える。
金で人生のパートナーを選び、金で仕事を選ぶ。皆が全てそうとは決して言わないけれど、婚活の場において3K、求人の場において高収入という言葉が目立つのはそういうことである。

偏った情報に踊らされて"俺は金があるんだぜ"と厭らしくも金をチラつかせながら、そういうお店でないにもかかわらずアフターへ誘ってくる目の前の男。

なにもかもが醜くそして汚らしい。

しがないバーテンダーである私、名前は、小さくため息を吐いた後"お客様。申し訳ございませんがその様なサービスは当店では行っておりません。"と、貼り付けた笑顔でやんわりと断りの言葉を入れるのだった。


それでも尚引き下がらない男は結構居る。酒の力も手伝って気が大きくなっているタイプの人間だ。"金さえあれば叶わないことなどない"とでも思っているのか、それに類する言葉を叫びながら、店内に飾られたボトルを数本落とし暴れるのだ。
目の前の男性は、本日2人目の引き下がらないタイプである。

先程1人店裏でのしたばかりだと言うのに。

丁寧な言葉を崩さず上手いこと店裏へ誘導し、ゴミ捨て場に投げ入れた。

「名前さん…大丈夫でした…?」

害虫駆除を終えて戻ってきた私に、店の後輩が心配した声色で声を掛けてきた。
彼は喧嘩が出来るタイプではない。いや、正確には店長代理である私と店長以外は出来ない。私が入る日に店長は殆ど不在な為、必然的に害虫駆除は私の役目となっていた。

「ぜーんぜん平気!それより店内のお客さんは大丈夫?」

「それは問題ないです。片付けも済んでます。」

バーテンダーの仕事は喧嘩ではない。お客さんがくつろげる場とお酒を提供するのが仕事だ。
だから気にすることなんてないのに、律儀な彼らは駆除から戻ってくる度に心配してくれる。

お金なんかよりもこっちの方が私は嬉しいけどなぁ、なんて。


「よぉ。今日も大変そうだな」

従業員側カウンターの定位置へ戻ってくると、騒動の最中に来店したであろう常連さんが、後輩の出した酒を飲みながら、カウンター席に座っていた。

「あら、いらっしゃい。いい意味でも悪い意味でも繁盛してますよ。」

「名前モテるもんな。」

彼の名前は堂島大吾。かの有名な東城会6代目会長である。
私がこの店で働き始めるより前からこの店を贔屓にして下さってる常連さんだ。店長と昔馴染みであると聞いたけれど、最近では"あいつの顔見飽きたからよー"なんて、私がいる日に顔を出す様になった。

「大吾さんは虫にモテて嬉しいんですか?」

と、おちゃらけた様子で言うと、

「確かにそれは嫌だな。」

彼は笑って答えた。

先程の騒動もあってか、店内にお客さんは大吾さんと大吾さんのお連れ様の2名しかいない。
だから多少の暴言は許してほしい。

「ところでお連れ様ははじめましての方ですか?」
"それとも店長の日に一緒にいらしてる方?"と、大吾さんに紹介する様促した。

「今日が初めてだ。うちの幹部で峯義孝」

「はじめまして、峯義孝と申します。普段より6代目が贔屓にしている店と聞いています」

峯さんから会釈と丁寧な挨拶を頂き、慌てて私もそれに倣った。

「はじめまして。苗字名前です。こちらこそ大吾さんにはうちの店長共々お世話になってます。」

"まったくだ"と、ケタケタ笑う大吾さん。今日はいつもより機嫌が良さそうである。

「大吾さん今日何か良いことありました?」

「そう見えるか?」

「ええ。"楽しい"って顔に書いてありますよ」

「そりゃあお前、峯と飲むのも久しぶりだし、名前にも会えたしな。」

「嬉しいので1杯サービスしちゃいますね」

と言いなら、丁度次を頼もうとしていた2人の希望を聞き、お酒を作りはじめた。

「…随分手慣れてきたな」

私がお酒を作る姿を見て、大吾さんは言った。

「そりゃあ2年も勉強してますからね。」

これで全然成長してなかったら困りものである。

「ケツ持ちみたいな仕事ばっかやらされてんのかと思ったわ」

先程の事を言っているのだろう。まったく大吾さんも意地が悪い。

「確かにあれも仕事のうちですけど、それだけじゃないですよ。」

「…ああいう事よくあるんですか?」

私達のやりとりを疑問に思ったのか、峯さんが私に質問してきた。"ああいう事"とは、言わずもがな害虫駆除の事である。

「そうですねぇ、2日に1回はありますよ」

今日はレア日だったので2回もあったけれど、基本は常連さんで回ってる店なので、普段はそこまで多くない。
2日に1回も結構な頻度だろって?ここは神室町ですよ?

「この店にはケツ持ち居ないんですか?」

私の回答を聞いて、改めて疑問に思ったのか続けられた質問に、今度は大吾さんが言葉を濁す仕草をした。

「あー……いや。その、昔は居たんだけどよ。担当させてた奴っていうか、ケツ持ち任される様な奴って店の事考えて処理出来る方が稀なんだよ。案の定店内で暴れてな。それ見たあいつ、いや。ここの店長がブチ切れて"金が欲しいなら払ってやるから金輪際うちに来るな"って当時担当してた事務所に乗り込んじまったんだよ…。それ以来ここにケツ持ちは居ねぇ。」

大吾さんの説明に、峯さんは納得した様だった。

「うちの店長元ヤンな上ゴツいので、そこら辺のヤクザさんより強いですよ。」

「そもそもあいつ自体がケツ持ちみてぇなもんじゃねぇか。あいつの顔見て喧嘩売ろうなんて奴の方が少ねぇだろ。問題はお前の日だよ。」

今度は話題の矛先が私に向けられた。
"お前見た目で舐められて厄介事に巻き込まれてんじゃねぇのか?"と言われてしまった。

「そんなこと言われても、どう足掻いたって店長みたいなゴリラにはなれないですし、それに私の日の方が客足多いんですよ」

店長の見た目は、贔屓目で見ても元ヤクザ。贔屓目で見なければ現役ヤクザ。オブラートに包んだら野生のゴリラである。
ここの常連さんは、店長の事も含めて好きで通ってくれている人達なので問題ないのだが、新規客となるとそうもいかない。なので、結果として私の日に新規客が多く来るし、その分ヤバい奴もやってくるというシステムなのだった。

「それで変な奴まで呼び込んでたら意味ないと思うのですが」

「峯の言うとおりだ」

「あら。それならご心配に及びませんよ。こう見えて私、強いんですよ」

「それは知ってる」

「そういう問題ではないと思います」

この場に私援護派は居ない様である。

「なら峯さんと大吾さんが頻繁に通って私の事助けてくれても良いんですよ」

ニコリと笑顔を向けると、

「お前、駆け引き上手くなったな」

と、大吾さん。

「考えておきます」

と峯さんが言った。
それを聞いて、声をあげて笑ってしまった。



前 / 次



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -