▼01. 1/1
「6代目を付け回してどういうつもりだ」
現在神室町の路地裏にて、顔面がものすごく好みなイケメン男性に詰め寄られていた。
無精髭を蓄えたイケメンに対してストーカーまがいな付け回し行為を行っていたところ、知らない男性に突然腕を引っ張られて近くの路地裏へと連れ込まれたのだ。
少女漫画ですら中々見ない経験を現在進行形でしているわけである。
「どういうつもりも何も…そこにイケメンがいたからとしか言いようがないのですが…」
その一言に尽きる。イケメンは牛丼屋の香り並に釣られてしまう特別な作用があるんですよ。科学的根拠はございませんが、ソースは私で実証されております。
「つまり死にたいって事で良いのか?」
目の前のお兄さんは、眉の端をピクリと動かし冷静な声色で大変物騒な言葉を言い放った。
”そこにイケメンがいたから”は、お兄さんの中では理屈として認められないようである。
定説が覆るような発言をした人が迫害なり処刑なりされてきた歴史を鑑みても、私の理屈を認めたくないお兄さんの気持ちは理解に値する。
つまりお兄さんは天動説の方ですね!!知らんけど。
「命は惜しいです!!!!ですがそんなことよりもお兄さんのお名前をお伺いしたい所存です!!」
命乞いのどさくさに紛れて名前も聞いた。
”お兄さんの名前を聞く前に死ぬなんて、そんな勿体無いことあってはならない!折角好みのイケメンに出会えたのに!!”と、私の本能が叫んでいるのだ。
せめて聞くこと聞いてから人生の幕を閉じたい。
そうでなければ未練が残り、この地で地縛霊としてイケメンを追いかけ続けてしまうだろう。
…それはそれでアリかもしれないな。第二の人生ってやつで。
「…日本語が通じないのか?」
お兄さんは会話にならない私に混乱しているようである。
私も突然現れたイケメンお兄さんに混乱しているのでお揃いですね。
「どこ住みですか?!?かっこいいですね!!LINEやってます?!?!アベシッ!!!!」
やられる前に質問だけしておこうと、矢継ぎ早に質問をかましている途中で”スパァン”と、小気味のいい音が路地裏に響いた。
言わずもがな、私の頭を目の前のイケメンが引っ叩いた音である。
手加減はしてくれたのだろう。音の割に全然痛くない。言うなればバラ鞭で叩かれた様な感覚である。
私くらいになるとあれはジャブだ。つまりこれもジャブだ。
なんならイケメンに叩かれるというちょっとしたご褒美になってしまっている。
「落ち着け。俺の質問に答えろ」
「うぁい…」
私の態度を見て目の前のお兄さんは、あからさまに怒っていた。
ただでさえ眉間に深い皺が寄っているのに、もう切れ込みみたいになってしまっている。
それでもイケメンなのだからイケメンってずるいよね。
私的には真面目に答えていたつもりなのだけど、お兄さんの眉間に天の川が流れないうちに従うことにした。
「改めて聞くが、6代目を付け回してどういうつもりだ」
軽くため息を吐いた後、お兄さんは再度同じ質問をした。
「6代目というのがどなたかは存じ上げませんが、私が先程まで追い掛けていた方の事を指しているのでしたら、1番の理由はお礼を述べるためです。」
「お礼…?」
「はい。先日チンピラに絡まれていたところを助けていただいたのでそのお礼を言いたくて。ですが中々タイミングが掴めず今に至るというところですね」
そう。
ほんの数日前、仕事帰りに西公園辺りを歩いていたら突然チンピラに絡まれたのだ。
たしかにあの辺りはホテル街であるし、お風呂のお姉さんや立ちんぼをしている方も多いけれど、だからって違うと言っている相手に行為を無理強いした挙句、拒否したら暴力を振おうとするのは間違っている。
仮にお互いの目的が一致していたとしてもそんな野蛮な人を客として選ばないだろう。
家業の関係で所謂ヤクザと呼ばれる方と関わる機会も多いので、私自身護身術程度の心得はあるけれど、”さすがに5人は厳しいなぁ…。”と困っていた所を助けてくれたのが6代目(仮)さんである。
敵をバタバタとなぎ倒し"夜道歩く時は気をつけろよ"と、言い残して颯爽と夜の街へ消えて行った彼。これはストーカーするに値するでしょ。
というのが私の見解である。
「いや、ストーカーはしない。」
声に出ていたらしい。
お兄さんはあからさまにドン引きしていた。
そんな顔もイケメンですね!!!
「そしてまだ続きがあるんですけれども。」
「……一応聞いてやる。」
げんなりした顔をした彼は、早く言えと促した。
「そんなこんなで彼に求婚しようと思っていたのですが。先程、より私好みなイケメンを見つけてしまいまして。お兄さんの事ですよ。今この瞬間よりお兄さんのストーカーになりたいのでまずはお名前からお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「は?」
「いえ、ですから。まずはお名前からお伺いしても?それからお住まいと電話番号もお聞きしたいのですが……アベシッ。」
2度目の鉄槌が私の頭に降り注いだ。
そんなにポカポカ引っ叩かないで欲しいですよね。私の頭だってすっからかんなりにちゃんと動いてるんですから。
「だから落ち着けと何度言ったらわかる。」
お兄さんは、私が落ち着きを欠いているが故に理解不能な発言を連発していると思っているようだ。
「私は至って冷静ですよ。」
「じゃあ質問を変える。とりあえずお前の名前を教えろ」
いつまでも身元不明な女と会話することに疲れたのか、はたまた少しでも私の情報を集めておこうと思ったのか、新手のナンパですか?みたいな質問に変わった。
「お言葉ですが人に名前を聞く前にまずは名乗るのが礼儀では?」
しかし、そう易々と思惑に乗ってあげるタイプの女でもないので、自分のことを棚に上げて質問に質問で返した。
相手が吉良吉影であったならとっくの昔に私は爆発していただろうな。
「あ、ああ。すまん。峯義孝だ」
変なところで律儀なお兄さんは、苦言を呈するでもなく素直に名乗った。
「峯さんって言うんですね。素敵なお名前ですね好きです。私は柄本名前です。お好きなように呼んでください。ところでお住まいはどちらで?」
この辺りで自分が流されていることに気付いたのか、ついでくらいに3度目の鉄槌を私の頭にかましながら、本題に迫った。
峯さん私の頭叩くの楽しくなっちゃったのかしら…。たしかに身長差的な意味で丁度いい位置に私の頭ありますけど、私の頭は木魚ではないんですよ。
「話を戻す。お礼の場についてはセッティングしてやる。だがそれで終わりだ。一切忘れろ。」
「なるほどつまり。6代目さんじゃなく俺だけを見ていろ。と、いうことですね!!わかりました。」
クール属性かと思ってましたけど、俺様属性だったんですね。理解です。
「なにもわかってない。俺にも関わるな。金輪際会いたくない」
「それは無理な相談ですよ??峯さんの存在を知ってしまった時点で諦めるという言葉は私の辞書にありません。これもすべて峯さんがイケメンなせいですよ仕方がない。」
峯さんは”何も仕方なくないが。”とでも言いたげな顔をしているが、また口を開けば私が余計なことを言い出しかねないと思ったのか、しばらく考えるそぶりを見せた後、物凄く嫌そうな顔をしながら言った。
「わかった、俺のストーカーなら好きにしろ。ただし6代目と仕事の邪魔はするな」
おそらく峯さんの賢そうな脳みそから算出された答えは”自分が断れば6代目(仮)さんの方に矛先が向く可能性がある。そのリスクを潰すために承諾し、自分の所で確実に食い止めよう”という感じかしら。
自己犠牲から成り立つ忠誠って美しくていいですね。
私そういうの大好きですよ。
「はい喜んでぇ!!!!」
と、お寿司屋さんのような返事をしたら4度目の鉄槌が頭に注がれた。
気分はドラマーなのかしら。
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