「名前ちゃーん。今日も可愛いなぁ」
「おーい。名前ちゃん?聞いとる?なぁ、名前ちゃん??」
「あーーー!!もう!!やかましいわ!!なんなん!!もう店辞めたって言うとるやろ!!」
元キャバ嬢、現在無職の私名前は、先程からヤクザに追いかけ回されている。
いや、正確には元客だ。
私を気に入って1日置きに勤務先のキャバレーへ来店し、来る度に大金を動かしNo1の座にあげてくれたこの人、西谷さんには大変感謝している。
けれど、もうキャバ嬢は辞めた。卒業式まで盛大にしたし、なんならそのメイン金を担っていたのも彼だし、辞めたの知らないわけないんだし、何故ついて来るのか。
蒼天堀在住の私と、蒼天堀に事務所のある西谷さん。どこかしらで会うのは仕方ないにしろ、こちらは一般人の無職である。
普通は見なかったことにするよね??何故声をかける、何故後をついてくる、何故が止まらない。
頼むから無職の事は放っておいてくれ。こちとら転職活動で忙しいんだよ。
「そないつれんこと言ぃなやー。名前ちゃんとわしの仲やがな」
「元お客さんやけど、今は他人やで」
"勘違いせんとって"と、続けて言うと、
「酷いわぁ」
なぁんて言いくさりがった。
おい、わろてんちゃうぞ。
埒があかないので、西谷さんを放置して素通りしようとすると、腕を掴まれた。
逃げられない。
「なに」
"痴漢!!って叫ぶぞ"と言いかけた私の声に被せるように、西谷さんは言った。
「なぁなぁ名前ちゃん。今無職なんやろ?わし、ええ仕事知っとるんやけどやらへん?」
「援交ならしませんが」
「ちゃうちゃう!!でもそれもええなぁ」
もうこいつ無視して帰りたい。
帰りたいのに、彼が腕を掴んで離さないので逃げる事ができない。こいつ無駄に力強いんだよ!!
「ほななんやねん」
あからさまに嫌な顔をしている自覚はある。嫌なんだから仕方ない。
「わしのとこに永久就職しぃひん?」
「私にヤクザやれと?」
馬鹿言ってんじゃねぇよ。あんたんとこって確か近江連合でしょ?流石にまだ命は惜しい。
目の前の近江連合大幹部様に啖呵切ってる奴が言う台詞では無いけれども。
「ちーがーうて!!!わしのお嫁さんにならへんか?っちゅーお誘いや」
「は?」
客とキャストの関係の時から好きだ好きだと言われて来たけれど、まさか本気だったとは…。空いた口が塞がらない。
「名前ちゃんにずっとそばにおってほしいねん」
"ほならわしもっと頑張れちゃう"と、いつものおちゃらけた様子で言われた。
「これ以上自由奔放なったら里村さん可哀想やから勘弁しぃや。それに、冗談は休み休み言ってくれん?」
あんたがよそのキャバレー行ってたの私が知らないとでも思ったか。誰にでも言ってんだろどうせ。
深くため息を吐きながら、"手、離して"と言ったが、西谷さんは離す気配がない。なんなら少し握る手が強くなってる。
は????
「わしがそない冗談言うと思うか?こないなこと言うんは名前ちゃんが初めてやで」
西谷さんは余っている方の手で私の顔を軽く持ち上げて目線を合わせて来た。所謂顎クイである。
その目からはおちゃらけた普段の調子は伺えず、"あ。ガチのやつだこれ"と、察するのに時間はかからなかった。
私も別に西谷さんが嫌いなわけではない。金使いが豪快だから好きとかでは勿論ない。どっちかと言えばそれは見栄えが汚いから嫌い。
じゃなくて。
こんなんでも枕の強要はして来なかったし、なんだかんだ優しい人なのだ。7割くらいわけわかんない行動するけど。
わかったわかった。とりあえず、
「お付き合いからって事でどうですか?」
付き合うくらい良いでしょ。そんな事でやんや言うような歳でもないし。なぁんて軽いノリと、何かあったらすぐ別れれば良いかという安直な考えからの提案だ。
それよりも今は早く家に帰りたい。
私の提案を聞いた西谷さんは満遍の笑みで頷き、
「よっしゃ!これからいっちょホテルでも行かへん??!」
と言い放った。
もう別れて良いですか??????