あれから数日。たっちゃんはこの街から姿を消した。

後で知った事だが、彼が贔屓にしていた別の風俗店の女の子やバッティングセンター、そして飲食店の店長さんらが名古屋組の人達で。
詳細はわからないけれど、名古屋組の障害になり得る彼を監視し、騙していたらしい。
その上殺人未遂まで起こした、という話を聞いたが、全くの部外者である私がどうこう言える事ではなかった。
彼らには彼らなりの事情があったのだろうし、未遂に終わったのが単純に彼らの力不足なのか、たっちゃんに沸いてしまった情からなのかもわからない。

ただ。
あの日、彼の様子がいつもと少し違っていたのは、裏切られた後だったからなのかと納得してしまった。あんな約束を私へ取り付ける位には相当参っていたのだろう。もしかしたら同じ様な約束を別の人にもしているかもしれない。

まあ、その事を知ったところで彼が帰ってくるわけでも私の借金がなくなるわけでもないのだから、たっちゃんの事は勿論心配だけど、今は気持ちを切り替えて仕事をするより他ない。


「おう、名前。ちょっといいか??」

職場へ続く階段をいざ登ろうかというところで、後ろから高杉さんに声をかけられた。
高杉さんは私にお金を貸している人。つまり借金取りである。
返済日には指定された金額を滞りなく支払っているし、今日はなんの用だろうと不思議に思いながら振り向くと、相変わらずサングラスで表情のわかりにくい彼の口から思いがけない言葉が出てきた。

「あのな。お前の借金無くなったから」

「……は?」

よくわからなかった。
だって、少なくともあと500万位は残っていた筈だ。
それは、仮に高杉さんが借用書を無くしたとしても有耶無耶に出来るようなレベルの金額ではない。

「まぁその反応が普通だわな。」

「どう、いう……事ですか?」

喉の奥底から絞り出した声は、掠れていた。

「品田がな、俺のとこに金を置いてったんだ。自分の借金分以上の金をな。そこに置き手紙まであってよ"このお金を俺と名前ちゃんの借金返済に充てて下さい。残りは差し上げます"ってよ。どこで俺がお前にも金貸してるって知ったか知らねぇけどよ。お前はそういうの自分から言いそうにないしな。ま、そういう事だから。今までご苦労さん」

"じゃ、これからは自分のために生きろよ。"と、言い残し、片手をひらひらと振りながら高杉さんは去って行った。

その場に残された私は、呆然と立ち尽くすよりほかなかった。




どれくらいの時間そうしていたのだろう。
掛かった時間は10分かそれとも1時間か。未だ放心状態な体を無理矢理職場へ動かし、業務に専念することで気を紛らわそうとしたわけだが、その結果終始心ここに在らず状態で接客する羽目になってしまった。そんな私をお客さん達はとても心配していた。
本当にダメだな。




明け方。
なんとか仕事を終えた私は、フラフラとした足取りで帰宅し、自宅のベランダでタバコに火をつけながら悶々と考えを巡らせていた。


たっちゃんが、自分と私の借金を返済できるだけのお金をどこで調達して来たのかも不明であるし、なにより私の借金を彼が返す義理なんてない。
もし先日の約束を実現する為にした事なのだとしたら、当の本人が行方知れずでは意味がない。

「ほんと…たっちゃんってば優しいのか勝手なのかわかんないよ…… 」

あの日約束を二つ返事で受けてしまった理由。
居なくなってやっとわかった。
"どうせ叶わない約束だし""彼だからいいや"とかではなく、"彼が私の知らないところへ行ってしまうのが嫌"だったんだ。
今更わかったところで後悔するしかないのだけど、忙しい場へ身を置こうにも働く目的は失われてしまったし、どうしたらいいのよ…。

ダメ元でたっちゃんの携帯に電話してみたが、"電源が入っていません"と、無機質な機械音が聞こえるばかり。それが酷く寂しくて、知らず知らずのうちに涙が溢れていた。


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