その1
「おい、何しけた面してやがる」
地獄での労働義務をサボり、することも無く赤茶けた岩に腰掛けながら赤い空を見ていたラディッツは、後ろからそう声を掛けられた。この地獄で、わざわざ自分に声を掛けようなんていう物好きな奴は一人しか居ない。
低いダミ声に振り向けば、予想通り砂埃にまみれたナッパが立っていた。どうやら、こいつもご多分に漏れずサボってきたようだ。
右手に持つのは、どこで手に入れたのか酒のボトル。
にやにや笑うと、半分程入った酒をちゃぷんと揺らして見せてきた。
「この地獄で楽しそうな奴なんていると思うのか、ナッパ」
そう皮肉混じりに言えば、
「復讐に燃えている奴らは楽しそうだがな」
と返された。惑星ベジータでは落ちこぼれだったラディッツも、エリートだったナッパも、地獄に来てしまえば共に戦闘力では下層組だった。もうとうの昔に、殺された復讐だとかそんなものは二人ともどうでもよくなっている。
生きていた頃は、サイヤ人の生き残りと言う以外共通点も無く、戦闘力の差からも殆ど一緒に働いたことは無い。お互い、そんなに嫌いでは無かったと言う程度だ。
しかし、そんなものが全部意味を無くしてしまってから見れば、ナッパは多少怒りっぽい以外は案外馬が合う男だった。卑怯なのはお互い様、騙したり騙されたり、たまに殴られたりもする。しかし、こうやって話しかけて来た際に、横に並んで座りながら酒を飲み、話すのは意外にもなかなか楽しかった。
「惑星ベジータもすっかり消滅しちまってるのに、ましてやその破壊した御本人様とやらも地獄に来ているんだぞ。オレには関係ないな」
グラスなんて洒落たものは無く、いつも大体回し呑みだ。ナッパからボトルを受け取ると、直接口を付けて呑み下す。カーッと熱い液体が喉を通り、体が軽く火照る。相変わらず恐ろしい度数の酒ばかり持って来る。
「がはは、オレもそう思うがな」
そう言って、ナッパは残りの殆どを一気に飲み干した。その様子はザルか何かとしかラディッツには思えない。
「大体サイヤ人はもれなく地獄に来てるんだから、殆どそのまま移っただけじゃねえか」
本当に下らない会話ばかりだが、このどうでもいい時間が、無限に続く地獄での生活でのラディッツの小さな楽しみだった。下らなければ、下らない程いい。
「おい、どうせお前にも仕事に戻る気なんかねえんだろうが」
「ああ、そりゃそうだろ」
真面目に働いている奴なんてよっぽどの変人でもなきゃ殆ど居ないだろう。
そう返せば、太ももに手を伸ばされぎゅっと掴まれた。そうして、いやらしい笑みを浮かべ戦闘服の下に手を伸ばされる。
「なら、いつもみたいに一発やらせろ。酒呑むとどうも血行がよくなっていけねぇな」
「……いい加減、他に来ているサイヤ人の女に頼みゃいいだろ。もれなく地獄に来てるんだからよ」
「慣れるとイイんだよ、男のケツってのはよ」
大体いつもこのパターンだ。さすがに、段々慣れて来てはいるが毎度驚く。
前提として、お世話にもこいつは女に受ける外見じゃあない。むしろ、見たら大体の女は逃げるだろう。適当にひっつかまえて無理矢理ヤっていた時期も有るみたいだが、流石に用心されだして掴まらないと、最初の頃にボヤいていた。
ともかく、以前最高潮に欲求不満だったのかはよく知らないが、とうとう自分をボコボコに殴り倒して人のケツを勝手に使ってくれやがったのだ。
「オレには物好きとしか思えんがな」
それ以来味を占めたのか、締めはいつもこうだ。しかし、拒否したところで、戦闘力には歴然の差がある訳だから、普段以上に殴られて、結局結末は一緒だろう。
さっさと諦めて、そのまま後ろに倒れるように赤茶けた岩の上に横になれば、長い髪がぶわりと広がる。これから暫く掛かるはずだ。目に映る赤い空は相変わらず同じ色をしている。
しかし、まあ、最近この行為がまんざらでも無い自分がいて、ラディッツは少し反省した。
← →戻る