きっかけは何気ない友達の一言だった。

「将来のことって考えたことある?」

塾の休憩時間にカフェテリアで、悟飯は友達と一緒に軽い昼食を取っていた。
サイヤ人ハーフである悟飯に取っては、カフェテリアのランチなんてお腹の足しにもならないぐらいだったが、
この年になるまで年の近い友達の居なかった悟飯に取っては、とても楽しい一時である。

チチの許しが出て、この一週間の強化合宿に参加出来たのは、悟飯に取っては本当にラッキーだった。
しかも通信教育で日々真面目に勉強して居た成果も出て、
今回の合宿の中でただ一人学校に通って居ないにも関わらず、悟飯は合宿では常に上位の成績を取っても居た。

「僕の将来は学者になることで…」

悟飯が真面目にそう答えると、ちょうど正面に座って居た相手の子が少し笑う。

「そうじゃ無いよ、悟飯君。僕が言って居るのはさ、結婚したり子供を作ったりってことだよ。
奥さんはこんな人がいいっ!!みたいなさ。」

まだティーンと呼べる年齢で有りながら、最近の子は早熟のようだ。
一人の子がそう言ったのをキッカケに周りがその子をはやし立てて居た。
ニヤニヤしながら、手帳に挟んで有るアイドル歌手のブロマイド写真を見せる辺りはまだまだ子供と言った所だが、
目を輝かせて将来の話をする様子は一端の恋する男で有る。

「それで結局悟飯君は?将来の相手は決めていたりするの?」

散々周りにからかわれて居た子がふいに悟飯に問いかけて来た。
話の矛先を悟飯に変えようと思ったのだろう。

「…え、将来の相手?まさか、そんなのまだ決めてなんか居な……」

それに気付いて居たため、苦笑しながら応対して居た悟飯だったが、
急に何か驚いたような顔をするといきなり黙り込んでしまった。
その様子に思い当たる所が有ったのだろう…と思った周りの子は皆、口々に

やれ、アイドルの〇〇なんだろう、いやいや幼なじみの美少女に違い無い!!

と悟飯をからかい始めた。
この年頃はそういうことが楽しいものだ。やんややんやと周りで騒いでいる。

だがしかし、好き勝手言われて居たその時には、既に悟飯は周りの話なんぞはこれっぽっちも聞いては居なかった。
がやがやと騒がしい周りの中で悟飯の頭は一人別の世界に飛んでいたのだ。

今、頭の全てを占めているのは、唐突に頭に浮かんだあの人のこと。
その瞬間悟飯の頭に浮かんだのは、アイドルでも勿論幼なじみの近所の美少女なんかでも無い。
当たり前だが、ウルトラマンでもバルタン星人でもポワトリンでも断じて無い。


……瑠璃色の麗人…そう、自分自身の師匠だったのだ。


「僕が好きなのは…ピッコロさん?」

既に夜もふけて真っ暗なベッドの上で悟飯は考えていた。
隣では仲良くなったばかりの友達がすやすやとよく寝ている。

が、今日のお昼に唐突に浮かんだ考えの所為で、悟飯は全然眠くならないようだ。

ぐるぐると脳内を回るのは、決して笑わないあの端整な顔。
耳に聞こえるのは、涼やかなあの声。
手に感じるのは、あのすべらかな大きな手の感触。

冷たい態度で接してきて、でも誰よりも自分の心配をしてくれている、
実はとても優しくて、こっそり自分の為に色々してくれていて……。

思い出せば思い出すほど明確になりつつある思いに、悟飯はきゅっと唇を噛み、小さく笑った。
そうしてそのまま眠りに落ちていった。

見ている夢はきっといつかのあの出来事。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「ピッコロさん!!」

ピッコロの姿を見つけ、悟飯は転がるように走り出した。
いつも変な顔や不真面目な顔をすると怒られるので、顔を引き締めたつもりだったのだが、
声に振り返ってくれたピッコロの顔を見た途端についつい顔が綻んでしまう。

やっぱりいつものように眉間に皺を寄せ不機嫌そうに見える顔だったが、
少し口角を上げ微笑んでくれたのが解った。

近くまで走りよると、頭の上に優しく手を載せられた。
太い腕越しに顔を見上げながら悟飯はにっこり笑う。

「毎回来るたびに大きくなっているな。」

「えへへ、今日も来てしまいました。本当は塾だったんですけれど……つい」

母親の手伝いや弟のお守り、自分の勉強と殆ど時間を取れない毎日の中
なんとか暇を作ってはピッコロに会いに来ていた。
たまに、と言っていたものの最近は特に頻繁で、その度にピッコロは何も言わず迎え入れてくれた。

「昨日は悟天が僕の為に絵を描いてくれて、母さんも褒めてくれたんですよ。
いいことが沢山あって楽しい日だったんです。それで……」

相槌を打ってくれる訳でも無く、ただ黙って瞑想をしているピッコロに話しかけているだけだったが、
いつもこの時間は悟飯の元気の元だった。
この時間のお陰で、皆の前ではいつも明るく過ごす事が出来ていると自分でも解っていたし、
何より会えるだけで幸せな気分になれるのだ。

と、次第に悟飯の声が震えだした。

「でも、……本当は父さんの絵を描くのが普通なんですよね。
父さんが生きていたらきっと。でも、僕が……その所為で母さんも苦労して。」

「僕が……、僕がもっと……。」

段々と笑みが消え、悟飯の顔が歪んで行く。
既に、あの時から何年も過ぎた今ですら、悟飯の胸中にはあの時が色濃く残っていた。
忘れようとしても、忘れられない。
ふとした瞬間に思いだしてしまうそれは、普通の人以上に他人に優しい悟飯をしばしば苦しめていた。
いつの間にか目には涙が溢れ、あと僅かで零れ落ちそうになっている。

「ごめんなさい、愚痴なんか言うつもりじゃ……、泣くなんて恥ずかしいですよね。
今だって都合も考えずに会いに来てしまって。
僕、なかなか父さんやピッコロさんみたいになれないんです。だから、……僕がこんなだから父さんも。」

「痛っ!?」

急に悟飯の頭に衝撃が走った。ちかちかする目の前に、目をパチパチさせる。
どうやら、ピッコロに頭を軽く殴られたようだ。
ジンジンする頭を両手で抑えて、地面にしゃがみ込む。
衝撃で涙はこぼれたが、不思議ともう悲しくは無かった。
ただ、少し痛いけれども。

「馬鹿者が。お前はよくやっている。」

いつの間にか瞑想を止め、ピッコロは腕を組んで立っていた。

「でも……。」

「お前は孫でも、孫の代わりでもないんだ。悟飯は悟飯だろう。」

そのまま辛そうな顔をしていた悟飯だったが、優しくピッコロに頭を撫でられ、
悟飯はようやく笑った。笑顔こそ悟飯に最もふさわしい顔というべきか。
その顔はとても良い顔だった。

「有難う、ピッコロさん。」

お礼など言われるようなことは何もしていないと言うピッコロに、
何度も何度も悟飯は有難うを言った。
何故だか解らない嬉しさが無性に込み上げて来て、知らぬ間に口からこぼれ出る。

「それにな、……お前が会いに来るのは、嫌いでは無いぞ。」

お礼ばかり言う悟飯に、ピッコロはそう言うといつも以上に仏頂面になった。
ピッコロなりの愛情表現だとわかっている悟飯は嬉しかった。

その日は、とても暖かい日だったのだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「で、結局おまえの好きな人ってだれなんだよ〜?」

この日も相変わらず、カフェテリアではそういう話だった。
若いって素晴らしい……なんて事を言っているわけでは無いが、飽きることなく恋愛話に花を咲かせている。

しかしまあ、そろそろ話も尽きたのか、
昨日はうやむやのうちに終わってしまった、悟飯の好きな人を探るのに今は話が向いているようだ。
昼食もそこそこに悟飯を質問攻めにしている。

「……え……、うん……えっと」

しどろもどろする悟飯にこれはもう決まった人でもいると踏んだのだろう。
交互に詳細を聞き出そうとしていた。

「歳は?いくつなんだよ」

「4つ上かな。」

暫く考えてから悟飯がそう行った途端に周りがざわめいた。

「年上かぁ、お前なかなか渋い趣味してるなぁ。身長は?顔は?性格は?」

「凄く綺麗な顔で……優しくて……僕よりも大きいんですよ。でも、まだよく解らなくって……」

悟飯の言いように近所のお姉さんか何かと思われたのだろう。
周りの友人達は、励ますように話かけて来た。

「なら、告白しちゃえよ。きっと大丈夫だよ。」

「でも……」

「きっとお前みたいにいい奴なら相手もOKしてくれるって。」

「悟飯ならいけると思うけどなあ。」

「そうかな……。」

「あ、悟飯、これいらない?おれもうお腹一杯だし」

話をちょん切るように、ふいに爪楊枝に刺さった、つやつやとした赤と薄黄色のコントラストの綺麗な果実が悟飯の前に差し出された。
可愛い兎の形をしたそれは、今日のランチにデザートとしてついていたものだろう。
爽やかな甘い香りが鼻を擽る。
要するにまあ、 林檎 である。

ありがたく頂いた悟飯は、それを口に放り込んだ。
甘いと思っていたのだが、少し酸っぱい種類の林檎のようで、酸味が口に広がる。
どこかで食べたような、酸味の強い林檎の味。

たしかその時は文句を言いながら食べたような気がする。
でも、とても美味しかった。
確かとてもお腹が空いていて…………

「ごめんっ、僕ちょっと用事が出来てしまって!先生に伝えておいて下さい!」

上気した顔で悟飯は何とかそれだけを告げると
呆気にとられる周りの友人を残し、カバンを引っ掴みカフェテラスから走り去っていった。

人目につかない所まで走ると、得意の舞空術で空へと飛び上がる。

そう、林檎をくれたのはピッコロさん。
僕を鍛えてくれた時に、こっそりと置いてくれたのは確かにピッコロさんだった。
昔からあの人は僕にとても優しい人でした。

あの時から……きっと僕は。

僕はきっと。


まだ合宿の途中という事も忘れ、悟飯は急いでパオズ山の自室へと飛び帰った。
玄関から入るのももどかしく、自室の窓から部屋へと入る。
そして、意気込んで準備を始めようとして悟飯は、はたと気付いた。

帰り着いたのはいいものの、気ばかり焦っていて全く何も考えていなかったのだ。
今ふいに尋ねていってどうするつもりだったのかと自分に問いながら、悟飯は自分に呆れていた。
頭に血が上ると何をしたいのかわからなくなる癖は、そろそろ直した方がよさそうだ。

帰ってきたときにひっくり返した足元の雑誌を片付けながら、
明日に備えて悟飯はようやく冷静に準備を始めた。
もっとも、雑誌入れは逆さまになっていて、
雑誌なんかちっとも仕舞えていなかったのだが、悟飯は暫くそれに気付かなかった。

実は悟飯が居なくなった合宿先も少し騒ぎになっていたのだが、それはまた別の話である。
ありがたい友達のおかげで、なんとかなったとだけここには記しておこう。


そして、朝。

張り裂けそうに鳴る心臓を無理矢理押さえながら、
朝の光が眩しく差し込む部屋に、一着しかない面接用のスーツを着込み、悟飯は鏡の前に立った。
鏡の中には、こちこちに固まった少年が一人立っている。
頑張って固めた髪の毛も、少し古い所為で若干袖丈が短いスーツも
ピカピカと黒光りする靴も、どことなく七五三のようだったが、悟飯は兎も角意気込んでいた。

短い袖から伸びた左手には、小さなスミレの花束。
昨日から山中を駆けずり回って、摘んできたスミレである。
葉の色は、深い緑で、花の色は爽やかなすみれ色。
出来る限り綺麗な花を摘んできたつもりだ。
どことなくピッコロさんを思わせるその花が悟飯は昔から大好きで、
今回の告白には、どうしても持って行きたかったのだ。
それに、自分の母親の読んでいた本には、
そういう時はなにかプレゼントを用意するものだ……と書いていた所為もあるらしい。

幾度も幾度も己の姿を確認してから、
うっかりするとスーパーサイヤ人状態になりそうなほどに早鐘を打つ胸を押さえ悟飯は空を飛んだ。
目指すのは遥か空の彼方にある神様の神殿。
デンデとポポさんと……そしてあの人が住む場所。

突き刺さるようにして神殿に飛んでいった悟飯を、最初に迎えたのはデンデだった。

「いらっしゃい、悟飯さん。お久し振りです。今日はいった……」

挨拶を続けようとするデンデを途中で遮り悟飯はピッコロの所在を聞いた。
もっとも気で大体の位置はわかるのだが、こうして聞くのは礼儀というものだ。
ニコニコとデンデが所在を告げる。

「ピッコロさんなら、いつもの場所で……」

が、又しても最後まで言い切らぬうちに、悟飯はあっという間にそこへ向かってしまった。
巻き上がった風だけがそこに残った。

「相変わらず悟飯さんは元気ですね。それにしても、今日は面白い格好で……。」

飛び去っていく悟飯の風ではためく服を押さえながら、デンデは悟飯の後姿を笑顔で見送った。



「ピッコロさん!!」

上擦った声で呼びかけると、いつものようにピッコロは振り返った。
すらりとした姿態で立っている様はとても綺麗で、
いつもと違う格好に少し不可思議な顔をしながらも、優しい目で悟飯を見る。
その顔に、より一層心音が大きくなるのを感じながら、悟飯は目を閉じると然るべき言葉の為に、一つ大きく息を吸った。

「ピッコロさん…僕と、…僕と一緒に生きてくれませんか!!僕、あなたが大好きなんです!!」

真直ぐにピッコロの顔を見ながら、一息に悟飯は言い切った。
爽やかな風が吹き抜ける中、世界で一番愛しい相手に、心の底から正直な気持ちを告げる。
勢いよく前に突き出した手に持った、小さなスミレの花束が風に吹かれて小さく揺れている。
美しい人の眼の色に良く似た優しい色だ。

緊張のあまり何箇所か声が引っくり返りながらも、言い切れたことに悟飯は安堵した。
顔はきっと赤くなっているだろうし、変な顔になっているんじゃないだろうか。
そんなことを考えながらも、自分の気持ちを伝えられたことに喜びを感じていた。
ただ、本で読んだように格好良く決まらなかったのが、残念といったところだろうか。
返事の言葉をドキドキしながら待つ。

しかし、緊張し花束を握り締める悟飯に対し、ピッコロはひたすら黙りこくっていた。
困惑しているような…理解出来て居ないかのような顔で、真っ直ぐに悟飯を見つめて居る。
元々どこか冷たさを感じさせるほどの端整な顔立ちだ、悟飯は先程までの高揚した気分がだんだん冷めて行くのを感じて居た。

悟飯の手の中でスミレを可愛くラッピングしていた包装紙が少しずつクシャクシャになって行く。
小さな花が手の中で潰れていくのが自分でも解っていたが、手は強張りますます握り締めることしか出来なかった。

暫く静寂の時が経ったのち、悟飯は寂しそうな顔で呟いた。

「やっぱり…ピッコロさんには僕では駄目なんですね。……御免なさい、勝手なことを言い出したりして。」

項垂れたまま背中を向けると、重い足取りで悟飯は足を進めた。
少しづつ早くなる足を走り出さないように抑えながら、遠ざかる。
泣かないと決めたのだから、このままどこかに行ってしまおうとふわりと浮き上がる。
荒野にでも行けば少しは落ち着くかもしれないと、そう思ったときだった。

「…悟……飯?」

後ろから声がした。

慌てて振り向くと、それは勿論ピッコロの声で、
そして、いつもと変わらない筈のピッコロの目からは、ポロポロと涙が零れていた。
透き通った透明な雫が、翡翠色の肌を伝っていく。

「ピッコロさんっ!?どうしたんですか、僕が…僕の所為ですか?僕があんな勝手なことを…言ったからっ!?」

「判らない…オレにも判らんのだ」

慌てる悟飯を前にピッコロはポロポロと涙を零す。自分でもよく判らないこの反応に、
驚いたような顔でピッコロは頬にそっと手を遣った。

「…ただ涙が出るんだ。よく…判らないんだ。」

ピッコロは端正な顔立ちのまま、ただ両目から雫を零し、悟飯の方を見つめ立ち尽くして居る。
感情のコントロールがおかしくなって居るのか、はたまた体の異常なのか色々考えているようだが
どうも合点が行かないらしい。
今までに無かった自分のこの反応に戸惑って居ると言った所か。

「…ピッコロさん。」

その様子を見て、悟飯は相手に比べれば随分と小さな腕を伸ばしてマントの端をそっと掴んだ。
そして顔を見てにっこりと微笑む。きっと、いや絶対的な確信があるのだろう。
その顔はとても満たされているようだ。

「僕には、ピッコロさんが必要なんです。」

「悟飯……、オレにそんな資格は……いや、それよりも」

「それでも、僕にはピッコロさんが居ないと駄目なんです。」

「だが……」

「だから!愛しているんです!!大、大、大好きなんです!!」

きらきらした顔でピッコロに笑いかけると、悟飯は精一杯上に手を伸ばした。
随分身長差がある為に少々難儀はしたが、ターバン越しに頭を撫でる。

「涙が出るときは、これが一番なんですよ。ねえ、ピッコロさんそうでしょう?
それにね、僕の好きなピッコロさんは他では無く、今ここに居る貴方なんです。」

暫しの沈黙の後

「……悟飯……ありがとう。」

小さく呟くようにピッコロはそう言ったが、自分の言った言葉に恥ずかしくなったのか、舌打ちをすると目を逸らした。
しかし、視線を合わさないようにしたまま不意にもう一言ピッコロは呟いた。

「いつでも、……会いに来てくれ。」

その様子を黙って見ていた悟飯だったが、その言葉にとうとう居ても立っても居られなくなったのだろう、
勢いよくピッコロの首に飛びついた。
悟飯の大好きな、この素敵な人。



「大好きです!ピッコロさん!!」





爽やかな風が吹くこの日も、
いつものようにとても暖かい日でしたとさ。









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