▼ 雪と勝負と石と
寒い、寒過ぎる。年明け某日。寒さに足を摩り、名前は一緒に眠っていた湯たんぽことエリちゃんを抱き寄せた。子供体温がじんわりと体を温め、氷が溶けたように動きが戻りだす。そして、覚醒しかけだった微睡がまた穏やかになり、本格的な眠気が頭を擡げる。だが、しばらくするとそれにも慣れ、また寒さが気になり始めた。
我慢ならない。名前はのそのそと掛け布団から手を出すと、あたりを手当たり次第に叩き、見つけたリモコンで設定温度を28度にした。温暖化なんぞ知らん、という態度である。
「さむ、」
外が寒過ぎるのかエアコンの効きが悪い。すると、ふと名前は外がいつもよりも明るいことに気付いた。時刻は早朝。朝日が登る時間だが、それにしては日が入っている。不思議に思い、カーテンに指をかけ、横に引く。シャッと音を立てたカーテンの向こう側は一面真っ白な雪景色であった。
「で?またこんな朝早くに何しに来た」
上体をベットから起こした相澤が気怠そうに髪をかき上げる。腰から下を覆う布団が彼がまごうことなき寝起きであることを証明していた。
「まだ起きるには早いだろ……休日だぞ」
相澤を起こしたのは2人の小鬼である。その一方に角はないが、精神的にという意味では間違いない。横を向いた相澤の視線の先には小鬼こと名前とエリちゃんが手を繋いで立っていた。
「準備ばっちりか」
コートを着込み、いかにも外出前の2人。エリちゃんに至っては帽子に手袋まで装着し、着膨れで転がっていきそうなほどに丸い。
「デジャヴ感じんな……」
いつかこんな風な状況を見た覚えがある。相澤は遠い目をした。
「せんせー」
「「あーそぼ」」
首を傾げた2人が相澤を覗き込む。チラリと一瞬、下を見た相澤は覚悟を決めた。
「あー……はいはい。付き合ってやるからその手に持った雪玉降ろせ苗字」
断ったらどうなるか。きっと丸めた雪玉を投げつけるだけで終わりはしないだろう。また布団を水浸しにされては困る。相澤は仕方なく重い腰を上げた。
「んで呼び出してまでやることが雪遊びか。他の奴らを呼べよ」
早く早くと2人に急かされ、出た外は一面の銀世界。相澤は「俺を連れてきても楽しく無いだろ」と不満気に付け加えた。
「朝早いから」
「なんでその気が俺には使えないんだ……」
はぁ……とため息を吐き、相澤は頬から反対の頬にかけてを真っ赤に染めた名前を見た。にこにことご機嫌に笑う姿には少しの反省も見えない。
「気を使わなくてもいいってことに喜んで欲しいなぁ」
「喜べるか。というかお前……」
上下に相澤の目線が動く。
「寒くないの」
コスチュームとはまた違うチャイナ服はきっと普段着の分なのだろう。しっかりとスリットの入ったワンピースのようなそれに膝下までしかないブーツ、そしてダウンを羽織っただけの名前は身軽そうだが、正直、雪遊びをするにしては軽装すぎる。
「寒かったけど今は平気。むしろ熱い」
熱い……?相澤は首を傾げた。
火照っているのか?そういえば晒されている膝もやけに赤くなっている。だが、それ以外で特に不調は見えない。まぁ、何かあれば言うだろ。相澤は手を繋ぎながら楽しそうに誰にも踏まれていない雪に足跡をつけていく2人を邪魔する気になれなかった。
「写真でも撮っておくか……」
バレたらまた後で揶揄われそうだ、と思うも端末の画面を叩く。銀世界に並ぶ2人は絵になっていた。
「後で他の奴らにも見せてやるか」
我ながら良く撮れたのではないか。そんなことを考えながら端末を胸元にしまい、ゆっくりと相澤は2人に近づいていく。するとほんの一瞬、風に乗って焼肉のような香りが鼻を掠めた。
朝から肉なんて元気だな、とどこかの寮で作られているだろう朝食に思いを馳せる。だが、少しして、相澤はなぜかそれに違和感があることに気が付いた。一瞬の出来事だったというのになぜだか思考にこびりついている違和感。
自分は何かを忘れている気がする。焼き肉……焼き……肉……焼ける……霜焼け……日……日焼け……。そしてハッとした。雪は日の光や紫外線を反射する。夏の海辺よりも強いこともあるそれは、時にはひどい雪焼けを引き起こすのだ。
「おい、名前ッ」
すぐさま駆け出した相澤は勢いよく名前の両肩を掴み、自分の方へと向けた。
「?」
どこかぼんやりとした瞳の下、さっきよりも赤みの深まった頬。そこに指の甲を当てると名前が片目を閉じる。
やっぱりな。
何も言わなかったのはきっと寒さで痛みが鈍くなっているからだろう。相澤は持ち前の判断力ですぐさま上着を脱ぐと曝け出された名前の両脚を素早く上着で包み、抱き上げた。そして日の当たらないよう彼女の後頭部を一度、自分に押し当てるように引き寄せ、俯いたことを確認するとほぼ同時に背中にエリちゃんを乗せ、寮へ向かって走り出す。
「はぁーーーーーーーー……。監督がいんのはお前の方だったってワケね」
長めのため息は心配の証だ。その日、名前は今世で初めて「ローストされかける前に言え」というなんとも珍しいお叱りを受けた。
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「やっちゃった……」
この冬一番の冷え込み。緑谷出久は薄暗い外と、寒さになかなか布団から出て来れず、いつもの休日よりもほんの少し長く惰眠を貪った。だからと言って特に困る予定は無いが、なんとなく勿体無いことをしてしまったような罪悪感に襲われる。それを脱却するには手っ取り早く朝食を食べるべきだろう。
「うう、寒い」
思い立った緑谷は支度を済ませ、早速共有スペースへと向かった。廊下は薄暗く、暖房は付いているものの外の寒さが影響しているのか肌寒い。
「あれ。にしても暗過ぎる気が……」
温暖化の進み故か、ここ数十年無かったほどの猛吹雪だった昨日だが、前日の天気予報では今日は快晴だった筈だ。きっと外は凄い事になっている。
「ちょっと見てみよう」
幾つになっても大雪が降るとワクワクしてしまうのはまだ子供だからだろうか。緑谷はゆっくりと外に目をやった。
「う、うわーー!!」
そこで不敵に笑う巨大な顔と目が合った。
「んで、なんでこんな暗ぇんだ」
時間の進みと共に共有スペースに自ずと集まる生徒達。昼間は基本的に自然光に頼っているため、面々は、いつもよりも暗いそこに首を傾げた。
「外に雪積もってるらしいぞ」
爆豪の疑問に切島が返す。それを聞いた飯田が閃いた。
「なら今日は皆んなで除雪作業をやろう!」
てなわけで。
服を着替え、外に出た生徒達。蛙だから眠くなっちゃうの、やら課題があるとの理由で何人かは自室から出てこなかったが、それでも半数以上のメンバーが防寒着に身を包み、外に出た。
「あれ?エリちゃん?と相澤先生?」
「おはよう……」
「おはよう」
「「おはよーーございまーーす!」」
疲れた顔をする相澤と目を輝かせたエリちゃんがなぜかすでにそこにいた。
「何してるんですか?」
いないはずの2人の存在に切島が尋ねる。相澤は生徒達の後ろ側。寮の方を指差すと「監督」とだけ返し、手をポケットへと収めた。なんだなんだ、どういうことだと振り返り、皆が指された方を見る。
「ん??」
「ハァ!?」
「でっっっけぇ玉!!!!」
そこには3階をゆうに超える巨大な玉があった。よく見ると、それが寮の窓を塞いでいる。暗かった理由はこれか、と納得したと同時に生徒達の頭にはこれはなんだ?という疑問が浮かんだ。そして、耳郎が何かに気付く。
「なんかこっち来てる」
その言葉通り、しばらくするとどこかからズゥゥゥーンと何か巨大なものが近づいてくるような地響きを感じた。そして地平線にまたも巨大な玉が頭を出す。
「でっけぇ雪玉だ!!!」
1人でにゴロゴロと動いているように見える雪玉。だが、近づくうち、その上に人が乗っているのに気付いた。玉の上を歩きながら雪玉を大きくしているらしい。
「器用だな」
にしてもあれ誰だ、と誰かが言う。全身黒尽くめのその人はダウンジャケットに長ズボンを着込み、頭にはニット帽、首元から鼻の頭にかけてはネックウォーマーで隠してあって、目元にはスキーで使うような大きなゴーグルを付けている。見えているのは指先くらいなもので、人相は分からない。
皆が不思議に思う中、その誰かはごろごろと雪を運んでくると、そこから降りて小さな手で巨大な玉の形を整え始めた。
「今ね、雪だるま作ってるの」
エリちゃんの声に生徒達が視線を向ける。
「へぇー!す、すごい大きいの作ってるね」
「あれでぼーえーするんだよ」
何を?と続いた言葉が轟音によってかき消される。突然、起こった風にクラスメイト達が振り向くと、巨大な雪玉が二つに重なっていた。
「っていう設定だよ」
「うおっ」
耳元で突然聞こえた聞き覚えのある声にビクッと肩を上げる上鳴。いつの間にか隣にはさっきまで雪玉の上にいたはずの黒尽くめの誰かが立っていた。
「オマッ、名前だろ!驚かせんなよなァ!」
「雪像コンテストやるから君らもなんか作りなよ」
「聞けよ!!つーか何それ。そんなイベントあるって前から言ってたっけ?」
聞き覚えのないイベントに首を捻る上鳴。名前はしれっと「今決めた」と返すと、小さな玉を一つ、握り始めた。
「くっだらねぇ。俺ァ戻る」
呆れた爆豪が寮へ向かって歩き出す。名前は視線をひょいひょいと手元で投げる雪玉に向けながら言葉を投げた。
「負けるから?」
「ああ??」
瞬間、爆豪の額にピキッと青筋が立つ。バカにされたと本人が理解するよりも速いその反応速度はもはや反射である。名前は前傾に軽く体を前に倒すとゴーグルを浮かせ、くくっと生意気に、そして挑発するように笑った。
「だからさ、私達のマサムネXに負けるからってことでしょ?」
なんだそのクソだせぇ名前は。と誰もが思ったが口には出さない。なぜって言っても誰も幸せにならないからだ。確実に。クラスメイト達がそわっとする気持ちを抱えながらも己の身を守るための選択をした時、爆豪の手から火花が上がった。
「上等だァァ!誰がんなクソダセェ名前の雪玉に負けるかよ!!!造形美でテメェをたまげ殺してやんよ!!!」
「何がくそださいって?」
言っちゃうんだ。聞こえてなくてよかった。というか、たまげ殺すってなんだ。とは思いつつも誰も口には出さない。なぜって、言うと確実に爆破されるからだ。
「あとたまげ殺すってなに」
「なーんで言っちゃうのオマエはさぁ!!」
とはいえ、傍若無人名前には関係無かったが。なぁぁんでぇぇぇと上鳴と切島が名前の肩をがくがくと揺らす。
「優勝チームはぁあぁ昼ごはんのおぉデザートぉぉお総取りねぇえぇ」
がくがくと肩を揺らされながらそう宣言した名前。途端、女性陣の目に炎が灯る。なぜなら今日はランチラッシュ特製絶品ガトーショコラの日なのである。
「「「勝ちあるのみ」」」
ここに!戦いの火蓋は切って落とされた。
「お前俺のとここいよ!」
「いや、轟だろ!氷作れんだぜ!」
わいわい、がやがや。各々がメンバーを募り、少しずつチームが出来上がる。
「名前、俺もお前のチーム入っていいか?」
轟の向かった先は嬉しそうなエリちゃんと不服そうに仏頂面を見せる相澤、そして名前の3人の所だった。
「ん?」
ゴーグルを頭の上へ乗せ、轟の姿を確認した名前の目元が弧を描く。そして、軽く迎えるように轟へと手が伸ばされた。
「トロロキーー、いいよ。丁度、1人ぐらい新顔が欲しいと思ってたところだったの」
「(とろろ…?)」
手のひらを下に向け、伸ばされた手をいつものように轟も左手で受け止める。名前の冷たい指先が個性柄温度の高い轟の左手に触れた。寒い時は左側を、暑くなればその逆の体温を盗む名前の行動は轟には慣れたもので、雪に触れ、冷やされた手を包み込む。そこでふと、目元や指先など露出する部分がやけに赤いことに轟は気付いた。
「?赤くなってるぞ。霜焼けじゃねぇのか」
「そこもか……」
返事をしたのは相澤だった。
「太陽の光が雪に反射してコイツの肌が焼けてる。長居はだめだな。ほら、ゴーグル付けろ。にしても、反射光でも炭になりかけるなんて難儀な体だ」
「ずっと日にあたってるとちょっとは耐性つくらしけどね。私の場合は厳しいかもなぁ」
たしかにそれは難儀だ。轟は右手の個性を慎重に発動すると、名前の頬に手を当てた。そして一応のために持ってきていた手袋をポケットから取り出し、手渡す。
「これも使うか?あったほうがいいだろ」
「轟は使わないの?」
「雪像作るんだろ。なら、俺は両手が出てた方がいい。個性柄、寒さには強ェし平気だ」
ありがとうーと笑いながらそれを着ける名前に轟が頷く。エリちゃんと2人、互いに手袋をつけた手でハイタッチをすると、名前はヨシっとシャベルを持った。
「目指すは優勝!!!ガトーショコラをこの手に!!」
「オー!!」
「「おー」」
ーーーーーーーーー
「そっちにバケツあるかー?」
「ウチパワー系いないからでかいの作れないんだよなー!」
「それこっち持ってきて!」
ワイワイガヤガヤと雪像作りに励むA組。既に開始から一時間ほど経っているため、いくつかのチームかは完成目前まできていた。となればフライングでも見たくなるのが人間のサガである。
「なぁ、何作ってんのか気になんね?」
「気になるよなー」
「敵情視察は漢じゃねぇーぞ」
「単純なキョーミよキョーミ。バクゴーも1人で大丈夫そうだし見に行かね?」
興味津々といった上鳴と瀬呂を切島が咎める。だが、切島本人もたしかに気にはなっていた。それに同チームの爆豪は後ろで完璧主義故の細かさを発揮しながら等身大オールマイトの最終調整に入っている。自分の出る幕はもう無いだろう。判断は早くがモットーのA組に迷いは禁物。
「……よっしゃ!!見に行ってみっか!」
こうしてチーム派閥はまずすぐ近くで作業していた常闇、甲田、障子チームのところへと向かった。
「よー、何作ってんの?」
「この通り」
常闇の背後にひょっこりと顔を出す。そこには人間大のりんごを持つウサギがいた。りんごが好きな常闇と、ペットにウサギを飼う口田らしい雪像だ。
「可愛いな!」
「ダロ!」
はしゃぐダークシャドウが雪を運び、それを障子が雪像に肉付け、甲田が形をとっていく。寡黙な三人だが、キャラの濃いA組の面々の中で過ごすにうちに高くなった察知能力で互いの要求を読み取り、上手く連携をとっている。上鳴達はそれに感心しながらお礼を言うと、次のチームのところへと向かった。
「ん??ここは」
次のチームは緑谷、麗日、飯田である。2人の前に見慣れた造形が目に入る。太いふくらはぎ、太もも、幾つにも割れた腹筋に氷で表現された輝く笑顔。その筋骨隆々なフォルムは完全に。
「オールマイトか!」
「正月verです!」
麗日がオールマイトの手にある白い塊を指差す。多分、あれは麗日の好物であるお餅だろう。オールマイトオタクに几帳面な飯田、浮遊の麗日のチームワークによるそのクオリティにすげぇなと感心した3人はハッとあることを思い出した。
「やべーぞ。ウチと被ってる」
「緑谷がオールマイトは正直、予想ついてたけどな。キレるぞー」
「教えてやるか?」
頭の中で「俺のオールマイトとその雑魚雪像一緒にすんじゃねぇ!」とキレる爆豪が思い浮かぶ。が、3人はしばらくして「あれいつも通りじゃね」という結論に至ると、3人ににこやかに手を振って、次のチームの場へと移動した。
「んで、あとはまだ完成してないらしいな。なら名前んとこかー」
「さっきのだろ?デカいけど典型的なやつ」
丸い雪玉が二つ重なっていたのを思い出す。エリちゃんも雪だるまと言っていたことだし、きっと今頃もう完成しているはずだ。サクサクと寮までの道へと戻る。少しずつ建物に隠れていた作品の端が見えた。
「なんか違くね」
予想通り完成しているらしい。しばらく行けばその全貌が見える。だが、先ほど見た雪だるまはそこにはなかった。あったのは布のかかった塔のようなものである。
「あれ、雪だるまは?」
「どうしたの?」
どう見ても雪だるまではない。疑問を浮かべる3人に気付いた名前が歩み寄る。
「いや……何作ってんのかぁって見に来たんだけど。お姉さんあれ何?さっきまで雪だるまだったよね?」
「あー、ちょっと改良したの」
「見る?」という名前に興味本位、ぶんぶんと頷く3人。名前は了承、とでも言うようにばっと手を挙げると、後ろに控えていたエリちゃんと相澤が布を引いた。
「は、はぁぁぁ??」
尖った先端部分の布が取れ、氷の刀が姿を現す。そして、そこを皮切りに、するりするりと布が落ちた。
「うそだろ」
次に兜が現れ、甲冑が現れ、そして最後に氷で表現されたリアルな馬が現れる。それはまさしく。
「マサムネ改よ」
「(改っていうか別モンじゃねぇか!!!)」
伊達政宗、その人である。
「勝ちはいただいた」
「どうやったら雪だるまが伊達政宗になんだよ!」
「ガッツで」
完全に勝ちを確信している名前が拳を握る。するとどこからか爆豪が現れた。
「俺のオールマイトの方が強ェ」
やめとけカッチャァン!!!と虚しくも伸ばされた手を払い、けっと下顎を突きつける爆豪。
「ああ、あれオールマイトだったんだ」
名前は今気付きました、とでも言うようにしれっと返した。無意識にしてはタチの悪い煽りである。
「ああ??」
さらに近づき、額を名前の額にぶつける爆豪。
「舐めてんのかテメェは」
「オールマイトを?まさか。ソンケーしてるよ。舐めてんのはバクゴーのこと」
「上ォ当だゴラァ……。テメェとはサシでいつかやり合いてぇと思ってた!!!」
「珍しいな名前があんなに煽ってんの」
「面白がってんじゃね」
噛み付く爆豪に噛み付かせる名前。そしてとうとう爆豪が拳を振った。Boomと爆発音がして、名前がそれを拳で止める。だが、今日の名前はいつもと違って轟から借りている手袋をしていた。いつもよりも物を掴みにくい手が受け止めきれずに、爆豪の拳が横に滑る。
「あーー」
運の悪いことに逸れた拳が伊達政宗公の土台に当たる。
バキッ、バキッ。
当然、氷で出来た雪像には過度なダメージである。拳の形で溶けた部分からヒビが走り、マサムネの体に刻まれる。そしてそれが右目にまで到達した時、誰かが「あ」と声を出した。
「……マサムネ改、右ストレート発射」
名前が何かを呟く。途端、マサムネの右手から鉄の腕が伸び、爆豪作等身大オールマイトの上半身を消し飛ばした。そして少しの沈黙が生まれる。
「「「は、はぁぁぁぁ!??」」」
「なんで雪像が右ストレート打つんだよ!!!」
「防衛成功だー」とエリちゃんとハイタッチして喜ぶ名前はその言葉にキョトンと首を傾げた。
「ガッツで」
「嘘つけェエエ!!どう見ても鉄だったろ今の!!」
「きっと雪を固めたからネ。工夫よ工夫」
「工夫の域を出てんのよ!!」
「あとはそうだなぁ。サポート科のロボットを芯にしたくらいしか」
「それだろどう考えても」
相澤が呆れたように名前の頭を小突く。
「このクッッッソイカれ女…!!テメェのそれも粉々にしてやんよ!!」
キレた爆豪がオールマイトだったものを名前に向かって放り投げた。それに対応するように名前も雪を丸め、それをぶん投げる。雪玉は避けた爆豪の後ろ、瀬呂の頬を掠り、後ろの常闇チームのりんごを狩人よろしくぶち抜いていった。
「雪の威力じゃねぇ……」
「むかしよく雪に石ころ詰めたやつで雪合戦したっけ」とボソリと呟いた名前。その瞬間、生徒たちに戦慄が走った。やらなきゃ、やられる!!
「で、であえ!!であえー!!者共合戦じゃー!!なんとしてでもヤツに石詰めさせんな!!」
「こら名前。少し力抜け。当たってもたんこぶぐらいになるやつにしろ」
訓練にもなるし良いかと判断した相澤がほんの少しだけ注意を入れる。名前はふっと笑って雪像の作成中に出た雪の巨大な塊を掲げた。
「りょーかい。雪合戦!!始まりじゃー!」
もちろん優勝者は決まらず、全員揃って雪まみれになったことは言うまでもない。
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