▼ 入試の話
2月26日AM8:50
『雄英高等学校入学試験会場』
そんな看板の側で開かれた門へ様々な制服を着た若人達が入っていく。彼らの多くは知り合いではなく、今日の試験「一般入試ヒーロー科実技試験」を目的に全国各地から集まった学生達である。
倍率は毎年70を超え、名門と名高い雄英の門を越えるには学力だけでなく、個性、判断力、戦闘能力と様々な能力が必要とされ、入っていく学生達の顔には緊張が滲んでいる。
「(ここだっけ)」
そんな中、願書提出の数日前に友人の勧めでこの学校を志すことにした名前は集合時間の10分前にも関わらず片手の地図を眺め、悠長にも会場の場所に今更、目を通していた。
「(傘でか)」
「(傘だ)」
「(何この傘)」
常に持ち歩いている番傘の珍しさとその大きさが周囲の注目を集める。だが、そんなこと気付いてもいない名前はプリントを鞄にごそごそと仕舞い込み、「ついていけば着くだろう」とやけに目の合う学生達を追い、鏡像の並ぶ道を進んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『今日は俺のライヴにようこそー!!!!!エヴィバディセイヘイ!!!』
逆立てた髪にヘッドフォン、サングラスの男が耳に手を添え前に出す。だが、まじめな雰囲気の中で「ヘーイ」と陽気に返すものはいない。
『こいつあシヴィーーーー!!!受験生のリスナー!実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!アーユーレディ!?』
「……」
『YEAHHHHHHH』
これだけ盛り上がりのない場じゃやりにくそうなものだが、一人大盛り上がりのプロヒーロー。男はそのテンションで話を進めた。
『入試要項通り!リスナーにはこのあと!10分間の「模擬市街地演習」を行なってもらうぜ!!持ち込みは自由!プレゼン後は各自指定の演習会場へ向かってくれよな!!O .K!?』
「……」
入試要項…。そんなものあっただろうかと小首を傾げる名前。そして先ほど手渡されたプリントに視線を落とした。
「(本試験はヒーロー科実技試験であり、その技能、能力を試験するもので…)」
つまらん。説明されるだろうし、もういいか。名前は早々にプリントを裏に向けると机へと戻した。彼女は話を聞かないタイプである。
『演習会場には”仮想敵”を三種・多数配置してありそれぞれの「攻略難易度」に応じてポイントを設けてある!!各々なりの”個性”で”仮想敵”を行動不能にしポイントを稼ぐのがリスナー達の目的だ!!!もちろん他人への攻撃等アンチヒーローな行為は御法度だぜ!?』
「ふ、ぁ」
眠い。時刻は朝九時を過ぎたところ。夜型の自分にはまだ辛い時間だ。名前は口元を手で押さえあくびを漏らした。
「(あくびしてら!余裕かよ)」
「(集中力を欠くとは。君の分のポイントは僕がもらうよ)」
そんな名前が別の位置から目に入った肘からテープを垂らした少年と金髪にニヒルな笑みを浮かべた少年は各々、そんなことを考えた。
「質問よろしいでしょうか!?」
滞りなく進んでいた説明に投じられる一石。名前の座る席とは大きく離れた場所で一人の少年が立ち上がる。
「プリントには4種の敵が記載されております!誤載であれば日本最高峰たる雄英において恥ずべき痴態!!我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求めてこの場に座しているのです!!」
静かな会場中に響くその声に閉じていた片目を開く名前。まじめというかなんというか。きっと彼は相当な努力家なのだろう。だからこそそれに見合ったものを求め、ここを志す。自身には無い熱気に席が近くなくてよかったと名前はまた目を瞑った。
「ついでにそこの縮毛の君。先ほどからボソボソと…気が散る!!物見遊山のつもりなら即刻、雄英から去りたまえ!!」
次いで少年は厳しい顔で後ろを振り向いた。叱られた少年が口を押さえ、縮こまる。
「(なんとも不運…)」
『オーケーオーケー。受験番号7111くん。ナイスなお便りサンキューな!四種目の敵は0P!そいつは言わばお邪魔虫!スーパーマリオブラザーズやったことあるか!?あれのドッスンみたいなもんさ!各会場に1体!所狭しと大暴れしている「ギミック」よ!』
「有難う御座います!失礼致しました!」
どことなく漢字多めに感じる言い方で腰を下ろした少年。
『俺からは以上だ!!最後にリスナーへ我が校”校訓”をプレゼントしよう。かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った!「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!!”Plus Ultra”!!それでは皆良い受難を!!』
「(良い”受難”をか)」
それは期待ができるな。名前は頬杖を付くとあくびの出るような試験じゃないことを祈るヨと大勢を篩にかけられる自信を滲ませたプロヒーローを見つめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ひろっ」
文字通り眼前に広がる市街地。街一つを1つの会場として学生達は各ステージへと割り振られた。
「敷地内にいくつもこんなんあんのか。雄英すげぇな」
個性の特性で膨らんだ腕を目元に添え、街を見渡す少年。
「(あ、欠伸してた…肝っ玉女子。一緒の会場かよ)」
その視界には先ほどあくびを零していた名前が傘をくるくると回して立っていた。
「ここで何するんだっけ…」
結局プリントには一度も目を通すことのなかった名前がボソリと呟く。少年はギョッとした。
「(ルールを理解しようともしていないとは…競争相手が一人減って助かったよ)」
そして、偶然にも同じ会場だった金髪の少年も名前を見て片方の口角を上げた。
『ハイスターート!!』
その時、なんの前触れもなくスタートの合図が流れた。
「は、はぁ!?」
緊張に包まれていた学生達の反応は遅い。そんな学生達を放送は容赦無く急かした。
『どうしたぁ!?実戦じゃカウントなんざねぇんだよ!!走れ走れぇ!!賽は投げられてんぞ!!!?』
「さすが雄英…!」
容赦がない…!学生達が走り出す。
「あいつ!」
二人の少年が見ていた少女はすでに遥か前方にいた。
「ちゃっかりしてんな!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
タッタッタッタッタッタッ
軽い足取りで進んだ名前は当たりを見渡した。キタキタとばかりに一人佇むその周囲を大小様々なロボットが囲む。名前は「ふむ」と考えるように顎に手を置いた。
「とりあえず壊せばいいんだっけか」
1か2か3か。0か。じつは分かりやすく機体に書いてあるのだが、プリントをよく見ていない名前は機体番号か何かかなと楽観的である。
「せい」
壊していけば何点かは入るだろうと手前に来た小さく速いロボットに拳を振る。ロボットは脆く、その一撃で粉砕されると同時に別のロボットを巻き込み、吹き飛んだ。
ドゴォオォオオン
ロボットの機体が2体のロボットを巻き込み、ビルの壁へと突っ込んでいく。
『ニンゲン、タオス』
『ツドエツドエ』
そして、その音に引き寄せられさらに複数のロボットが餌に群がるように名前へと集まる。
「でかい音立てれば勝手に集まってくるってことネ」
そこで負ければ戦闘能力で脱落。集められず、ポイントが足りなければ判断能力不足。そんなとこだろう。ロボットごとに特徴もあるようだから、様々な能力を見るという趣旨には確かにあっている。
『タオスタオス』
両腕を振る素早いロボットの攻撃を避け、頭部を蹴り飛ばし、背後から己を狙って突き出されたロボットの尻尾を掴み、ミサイルを飛ばすロボットへとぶん投げる。そして、今度は車体のような下半身を持ったロボットの振り下ろした腕を横に避け、上げた足で踏み潰す。
「つまらん」
そんなことをのんびりと繰り返すこと5分超。ポイントもそこそこ貯まっただろう頃、それは来た。
ズ……ゥン……ズゥゥ……ズゥゥン…
細かく揺れる地面と遠くで聞こえる微かな排気音。名前はロボットの首を掴み上げたままビルの向こうを見た。
「やばいやばいやばい。逃げろーー!!!」
しばらくもすればその方向から逃げ惑う学生達が現れる。
「あんたも逃げたほうがいい!!」
名前へと声をかけながら一人の学生が後ろへと逃げていく。
ズゥゥゥゥウウン
その学生が「ひぃっ」と声を上げた瞬間、ビルをゆうに越える巨大なロボットが無機質に顔を出した。ロボットの機体がビルに当たり、崩れ落ちる。街を蹂躙するそれは”脅威”そのものであった。
「大きい。あれ倒したらいっぱい入るかな」
見たことがないほどに巨大なロボットは名前の興味を誘った。足にぐっと力を込める。
「った」
その時、微かに聞こえた呻き声に名前は首を傾げた。足から力を抜き、人の波に逆流して音の方へと歩き出す。その先にあった崩れたビルの瓦礫の陰に座り込む金髪の青年がいた。
「ここは見物には向かないヨ。アレの道になってる」
「踏み潰されちゃうヨ」と言えば、少年は小さく「ここにいたくているわけじゃない」と答えた。
「じゃあどうして?」
「見たらわかるだろ」
足首を指差す少年は「そんなことも分からないのか」と言わんばかりに名前を見て溜め息をつく。
「移動しないの?」
「出来ないって言っただろ。でもいいさ。どうせ死ぬような怪我はしない。学校には責任ってのがあるからね」
「そうなの」
少年は捻くれていた。特に傘で顔を隠し、巨大ロボットにも怖気付かず、説明会で欠伸をこぼせるような実力を持つ所謂ヒーロー志望の”エリート”に助けを求める気は全く無かった。
「君もとっとと行ったほうがいい」
迫るロボットに道路脇のビルがどんどん崩れていく。少年は目の前の名前から視線を外し、そう言った。だが、名前はどこへ行くでも無く目の前でゆっくりと腰を下ろすと俯く金髪の少年に手を伸ばし、前髪を避けるよう額に手を乗せ、押し上げた。
「な、にを」
その無遠慮な挙動に弾かれたように顔を上げた金髪の少年の視界に名前の顔が映る。少年の瞳は揺れていた。
「そうしようかな」
落胆。きっと先ほどの返事だろうそれに少年は胸が詰まる思いがした。それは自分でも不思議な感情だった。
少年は自分は何かに熱くなるようなタイプではないと思っている。実際、彼はクレバーな人物だった。それでも己なりの目標を掲げ、憧れを持ち、ここへ来た。その筈が今はどうだ。助けられなければならないのは自分の方じゃないか。少年の個性は1人では使えない。真似た個性はもう切れた。無力だった。そんな己への落胆。
そしてもう一つは現実への落胆だった。
「(こんなもんか)」
ヒーローも人間だ。誰も目の前にある彼女を責めはしない。試験とはいえ、きっとある程度の怪我は負う。強がった自身の言葉はどこまでも真実だった。恐れることは当然。自分も同じ立場ならそうした。少年はそれも理解していた。
「そんな悲しそうな顔しないでヨ」
額から手が離れると同時に今度は少年の視線が名前へと上がる。その瞬間、2人の頭上に瓦礫が落ちた。
「っ」
びゅんっという風の音と共に巨大な瓦礫が消えさり、名前の傘を持った手が宙を切った状態で止まる。少年は息を呑んだ。名前の瞳は恐怖に揺れるでも無く、助けなければならないものを見るでも無く、勇気に震えるわけでもない。にっと笑い、ただ瞳を輝かせている。
ゴォオオオオオ
知らず知らずのうちに進んでいたロボットが巨大な足を上げる。2人の体がその影に入った。
「さてと」
立ち上がり、悠長にも服の砂を払う名前。巨大な鉄の足はすぐそこまで来ていた。
「頭下げて」
せいっと軽い声と共に片腕が鉄の足へと突き出される。その瞬間、バチンッ!!!!っと弾いたような音がして、風が巻き起こった。
「うわっ」
強い風に目元を腕で押さえる少年。
ドォオオオオオン!!!!!!
少年が腕を退けた時、それと同時にロボットはぐらりと大きく倒れ込み、巨大な崩壊音と共にその巨体を倒した。
「は」
文字通り押し倒されたロボットは巨大故に動けないのかごごご、と地面で小刻みに揺れている。少年はすぐにあの少女が自分を助けてくれたことに気がついた。
「あの、!」
だが、すでに名前の姿は無い。
礼を言いそびれた。少年はそう思った。
「いや、大丈夫さ。あの子はきっと受かってる」
お礼はその時に。金髪の少年は名前が手を当てた額に手を置き、わしゃわしゃと前髪を混ぜた。覗く耳にはほんのり赤みが差していた。
prev / next