夜の兎~番外編2~ | ナノ


▼ プレゼントの話

 赤、青、白、ピンク、黒、シルバー、プラチナ、金、そしてチタン。ネックレスからピアスまで、ありとあらゆる煌びやかなアクセサリーが店中に飾られている。ショーケースに手を置き、ガラスの上からそれらをなぞる。1人のスタッフさんがにこにこと人好きのする笑顔のまま、上半身を動かさずに足だけを素早く動かして駆け寄ってきた。


「鴨の水かき…」


 まさしくプロだなァ、と思いながらも正直、お呼びではないのが本音だ。


「お客さまァ!いらっしゃいませぇ!!」


 語尾をギュインと上げ、「プレゼントをお探しですかァ!?それともお客さまので!?あらあら、まぁまぁ!うっつくしい手ですこと!どんなお品もお似合いになりますわぁ!」と言う彼女。名札を見ると「買手呉代(かってくれよ)」と書かれていた。まんまである。


「プレゼントだけど…もうすこ「男性の方ですかね!それとも女性で!?」んん、」


「カジュアルにお付けできるものからフォーマルまで網羅しておりますわ!も、もしかしてお気に召さなかったとか!?もしそうであればおっしゃってくださいな!当店はリメイクからオーダーメイドまでなんでもござれ!デザイナーでもある代表がたった”1人“で始めたからこそのこの柔軟さ!もしも店頭で見つかりませんでしたらお作りいたしますわ!アレルギーなどは」


 怒涛の勢いで話す買手さん。少し黙って、と訴える様に目を合わせ、にこりと笑う。
 

「ちょっと見て回るから後で声かけるね」


「かしこまりましたわ!」


 笑顔のまま、後ろへすすすと下がっていく買手さん。ダラダラと話し続けることなくあっさり引き下がる姿には拍子抜けするほどだが、それはプロだからこそだろう。どんな職種でも引き際というのは大事だ。傭兵家業ですら引かねばただの無駄死があり得るのだから。プロは引き際を知っている、そんな話を誰かがしていたことを思い出した。


「…うーん」


 とっとと見つけよ。逸れかける思考を無理矢理戻し、ケースの外に飾られている指輪を手に取る。指輪はなぁ…邪魔になるからなー。あ、これ可愛い。買おう、と目星をつける。が、今日の目的はこれじゃない。そもそもの話、なぜ私がわざわざ外出許可を取ってまで宝石店に来たのかというと、まぁ、簡単に言うと「ふと思いついた」からだ。
 
 その発端になったのはUSJ後。病院でなんやかんやしていた私はそこでホークスが社会に数えきれないほどいるヒーローの中で3位だったという話を聞いたのだ。数年の付き合いがあったというのに全く知らなかった。彼は私にあまりヒーローの話をしないから。


 ーーーーーーーーーーーー


 神野区、退院後


「美味しい?」


「うん」


「いつ見ても良い食べっぷりですよね。こっちまで幸せな気分になっちゃいます」


 近所の鳥専門店の店長特製絶品唐揚げを大皿いっぱい食べる私を、肩肘を着きながら見つめてくるホークス。欲しいのかな、と思うが、私があげなくても彼は彼で横からいくつか掻っ攫って摘んでいるから多分、そういうわけじゃない。

 コリコリと歯応えのある唐揚げを噛む。どこの部位が入っているのか分からないところも私が好きな理由だ。次はモモがいいなァとそれらしい形をとる。ふと顔を上げると、なにが面白いのか、ホークスは口角は少し上げて、ヘニョんとまるで力なんて入っていない様に眉を傾けながら、眠る前みたいに目を細めていた。それに「マヌケな顔」と言うと彼はわざとらしく驚いた顔をして「こんなイケメンに向かってなんてコトを」と言った。


「イケメン……」


 前世は今よりもだいぶ前の年代だけど、イケメンや2枚目という言葉はあった。廃れてはいないらしい。


「なんですかその反応。俺結構ファンいるんですけど」


「まだイケメンって言うんだと思って。私も好きだよ、あなたの顔。眉毛がちょっぴり変わってるところもね」


 ふぅんと感心しながら自分も造形は認めている、と伝える。それから鳥の毛のように流れるそれを見た。あれが彼の軽薄さを醸してる原因なんだろうか?いや、それは性格かな。ともかく、彼の黙っていれば冷ややかな相貌とはそこだけ少し印象が違うのだ。まぁ、大体、黙っていないのだけど。つまり、有体に言えば「かわいい」。鋭い瞳の上にちょこんとあって、なんだか気が抜けてしまうのだ。


「……」


 揶揄い半分にそう言えば、ホークスは徐に顔に両手を当てて、ゆっくりと机に伏せていった。


「ぐぅっ、でた。ネコちゃんの必殺技。あかん、ときめき殺される。オレもスキ…」


 ぶつぶつと何かを小さく呟いて「あ”―、もう」と怒り出す。その耳と首は薄らと赤かった。


「俺んことどげんする気と?茹で鷄になりそう。今度はオレが言って良い?」


「やだ」


 顔を上げたホークスは視線を逸らしながら困った様にあの眉を曲げて、形の良い唇を嬉しいのを我慢するみたいにふにゃと歪ませた。私の前にいる彼には鷹のような静かな獰猛さも、梟のような炯眼もない。私の前であまりヒーローの話をしない彼は、私にとってはパタパタと空を飛び回るちっちゃな鳥だ。何故言おうとしないのかは分からない。ただ、彼から向けられるものに悪いものが無いから私もそれを聞かない。それだけだ。それがどういう気持ちなのかは聞く必要もないと思っている。


「そういえば今3位だったよね?」


 ふと、脳無との戦闘後、病院で話したことを思い出した。


「そーですよ。言ってなかった俺も俺やけど、知らんかったのもびっくりですよ。ホント」


 神野でオールマイトは引退した。このままいけば彼は2位になる。空いた穴を埋める形とは言え、ランクアップには違いない。知らなかった3位の記念ついでにも何かあげようかな、と、そんな思いつきをふっと湧いた意欲が後押しする。


「何か欲しいのある?」


 「欲しいもの?」とホークスが繰り返した。


「そう…ですね」


 彼の伸ばした指が私の手を取った。ゆっくりと引かれて、彼の頬に添えられる。ちらりと見えた耳はまだ少し赤かった。


「アナタがいい」


 じっと真剣な目が私を見つめる。だが、彼はすぐにふっと笑った。


「なーんて。冗談ですよ」


 パッと手が離される。私は手を下ろさずに彼の耳たぶに触れた。柔らかなそれをふにふにと挟んでみる。


「え、待って待って。ちょっ、近すぎ。怒っちゃいましたか?わ、まつ毛バサバサ」


「ピアス付けてんだなって」


 黒いピアスが一つ付いている。それを爪でツンと弾いた。


「めっちゃ突然。開けたい?俺が開けてあげようか?」


「すぐ塞がるから無理だよ。最悪肉がくっついて付け外しするたびに血まみれになる」


「グロ」


 ―――――


 というわけだ。特に理由があるのかと言われれば無いし、あるといえばある。人への贈り物なんて大抵そんなものだろう。思い出してすぐに何をあげるかが決まった。


「ピアスにしよ」


 そう呟いた時、またあの買手さんがススススと隣に着いた。


「お客さまァー!!お決まりになられましたかね!!?なってない?お客さまはラッキーでいらっしゃいます!!本日、社長お見えになりまして、お客さまのことを話しましたら、是非ともお作りいたしたいと申しておりまして!」


 自然にオーダーメイドへと促される。オーダーメイドの方が価格が高くなるのは当然で、売り上げに繋げつつ、こちらに特別感を持たせる手腕にはもはや感服だ。だが、オーダーメイドするにしては見た目が若すぎないだろうか。お金に困ってはいないし、世の中に腐るほどある紙に大した執着もないけど、一般的にはこの歳の女の子が高額払って作るとは思えない。クラスに1人、やりそうな子がいるけど。彼女には私がどこかのお嬢様にでも見えているのか。


「少々、お待ちくださいませ!!!」


 不思議に思いながらも辺りを見回して待つ。すると店外のショーウィンドウの奥から誰かが何かを探すように覗き込んでいるのが見えた。オロオロキョロキョロと入り口に移動し、戸を押し開ける男。男はとても大柄だったが、丸めた背中からは弱々しい印象を受けた。錆のようなものが所々付いたエプロンを着ていて、小汚い。指の皮膚は厚く、何かの職人のようだった。


「あのお客様?」


「そうです」


 奥の扉が開いて、買手さんと誰かが現れた。ヒョロリとした男で、まるで舞台のバレーダンサーのように飾りの沢山ついたシャツを着ていた。


「お客さまー、私がァ~当ブランドのォ~デザイナー兼ン代表取締役ゥ~です!」


 歌いながら手を差しされ、握手をする。一つも豆のない手だった。


「お相手様の印象でしたりィ~、好みを~教えていただきたく~」


「印象…好み?」


 うーん、と悩む。羽が個性のホークスはインディアンジュエリーを好むイメージがある。コラボ商品にそういうのが多いからだからだろうか。服はカジュアル。でも、ジャンルが固定されるのはなァ。なんとなく気が進まない。私があげたいものをあげるだけで、ホークスの欲しいものをあげるわけじゃない。それなら一緒に連れてくる方が、担任風に言うなら合理的だろう。


「ピアスで耳から垂れないのがいい。色はシンプル」


「シンプルですねェ~」


 さらさらと紙に描き始めた社長。完成したものは確かに耳から垂れてはいないが、飾りが多く、ヒーロー活動には向いていなそうなデザインだった。


「ごめんね。飾りもあんまり無くしてもらえる?」


 「あらー」と言いながら社長がまたサラサラと書き上げる。だが、やっぱりしっくりこない。「こんな感じの」とケースに飾られているいくつかのアクセサリーを指差した。


「こうですか?」


 だが、やっぱりしっくりこない。そこで気付いた。私が指差したものは他の幾つかとどこか感じが違っていた。だからデザインに違和感があるのだろう。オーダーメイドにこだわりはないし、既製のもので十分だ。描いてもらった手前、申し訳なくは思うけど、感性というものは日々変わるし、彼がこれらを作った時期がきっと私に合っていて、今は合っていないだけの話だ。


「やっぱりこっちに「横取!!!やっと見つけた!!」もう」


 また遮られた。はぁ、とため息をつくと社長はキッと目を釣り上げて、声の主へと顔を向けた。


「お客さま申し訳ございません~。少々お待ちくださいぃ~」


 横取と呼ばれた社長はニコニコと笑顔を浮かべてそう言うと、すぐに表情を消して声のした方へと歩き出した。その先にはさっきの大男。男は社長の足に座り込むと「金を、金を払ってくれ…!いや、貸してくれ!」と言った。


「店に来んなって言っただろうがよ。帰れ」


「逃げ回ってたのはどっちだよ!子供がいるんだ!金をくれ!ほら、新しく作ったコレを売るから!」


 大男はポケットから黒い小箱を出して掲げた。


「子供だ?助ける義理はねぇなぁ。それにもうお前なんて要らねぇのよ」


「そもそもお前が…!俺のデザインを盗んでおいて…!!」


「盗んだんじゃない。共同制作だよな?」


「俺の作品を勝手に売って、会社作ったんだろうが!!!お前には騙されたよ。まさか一銭も払わずに逃げるなんて」


  買手さんはオロオロと困ったように「も、申し訳ございません」と言って、私に別室への移動を勧めた。面白そうだと、それに断りを入れて眺める。


「逃げる?払う約束なんてしてないだろ。俺は売るって初めに言ったぜ。わけ前をやるなんてのは一言も言わなかった」


「んな…!…ハァ…ハァ…分かった。分かったよ。穏便に済ませたかったが…もう無理だ」


 大男が背筋を伸ばし、ぐぐぐと体に力を込めた。体が倍の大きさになり、服が破ける。そして額から大きなツノが生えた。


「つ、角田、やめろって。すぐにヒーローが来るぞ。俺を殺せばお前の家族はどうなる」


「殺しはしねぇ…。ここを潰すだけだ。一店舗だろうが、それでも良い。お前に少しでも復讐してやりたい」


 男は大きな腕を振り上げ、そしてショーケースに向け、振り下ろした。


「キャァァァ!!」


 買手さんの叫び声。


「運が悪かったね」


 その間に手を入れ、男の腕を受け止めた。角田と呼ばれた男が目を見開いて、私を見る。


「は。なん、で。もしかしてヒー、」


「やめときなよ。子供いるんでしょ?」


「だが…!でも…!!どっちにしろ…」


 男の手からコロリとさっきの黒い箱が落ちた。それを拾って中身を見る。四角形のシンプルなピアスだった。動きを邪魔せず、大きさも丁度良い。それに、シンプルで何にでも合わせやすい。


「これ…良いじゃん。私が買うよ」


「え。は!」


 驚いた反動でシュルシュルと男の体が縮み、初めと同じ姿に戻る。


「ね、他のは無いの?見たいな」


 男はショーケースの中のものをいくつか差した。私が良いと思っていたものばかりだ。その中には買おうと思っていたものも含まれていた。


「なんで喧嘩してたの?」


「言うんじゃねぇ!!」


 横取の言葉を無視して、話を促す。男はポツポツと話始めた。


「…ほーん。この社長があなたの作品を無断で売り始めて、勝手に事業を作ったと。んで、お金を請求したけど逃げられて、貴方は職人として生きていけずに金に困ってる。それでどうにかしてもらおうって思ったわけね」


「そうなんです…」


 大男は俯いた。


「どうして自分でやんなかったの?」


「作るのに夢中で…そんなこと考えもしませんでした」


「職人気質だ。勿体無いね。こんな良いの作るのに。他には売ってないんでしょ?」


「はい…金があれば出来るんです。少しでもあれば制作ができる。ですが今は借金のみ。何かを始めるなんてなんてとてもじゃ…」


「じゃあ私が初期投資するよ」


 男はまた「は…」と口を開けた。


「私、美しい物に目がないんだよね。君の作ったものが欲しいし、欲しいものを買うにはお金っていうものがいる。たかが紙の束に興味はないけど、それが美しいもの、欲しいものに形を変えるなら価値はある。投資ってしてみたかったし、私がこのピアスを買って、君に工房をあげる」


 角田は大きな背中を丸めて、深く頭を下げた。


「もちろん有難い。が、申し訳ねェ…。そんなことは出来ない」


「私は同情してる訳じゃない。あなたの才能に賭けるだけ。それにこれは人へのプレゼントだから。良いことしたって聞いたらきっと向こうも喜ぶよ」


 黒い箱にお行儀よく鎮座しているピアスに目をやる。


「どっちに売りたい?見ず知らずの私か、一度裏切られた彼か」


 どちらも取引相手としては最悪。一度裏切られたことのある彼には尚、難しいだろう。


「オレは…」


――――数週間後――――


 仮免許取得後、ホークスに「もう連絡が取れない」と言われたその数日後の話だ。


「常闇」


 白い太ももを曝け出しながら脚を上げた名前がどかっと椅子を跨ぐように座った。そしてトンッとその机に小さな紙袋を置いた。


「これ、渡しておいてくれる?」


 誰にとは言わなかったが、常闇はすぐに理解した。


「自分で行かないのか?」


「私は会えないからね。まだキミの方がチャンスがある」


「喧嘩したのか?」


 会えないにも関わらず贈り物をする。それが機嫌を取りたいように見えて、常闇は喧嘩でもしたのかと考えた。だが、職場体験の様子を見る限り、ホークスから喧嘩が始まるとは思えない。彼が画面の向こうにいる彼女に向けた目はまるで甘いものを煮詰めたかのように優しげだったから。そしてふと”まだ“と言う言葉が気になった。インターン生として従事する自分ですら”まだまし“という程度にしか会えなくなるような。そんなふうに聞こえた。


「ううん」


「渡しておく」


「頼むね」


「して、中身は?」


 名前はふふっと笑って「ピアス」と言った。


「ピアス…魔除けか」


 ピアスには元々、魔除けの意味がある。常闇はそう聞いたことがあった。そして贈り物にはそれごとに意味があるのだと。名前が意味を考えて贈り物をするような細やかなタイプだというイメージは無いが、何を考えているのか分からない彼女の事だ。もしかしたら何か…。何かが師匠の身に起こるのだろうか。そんな不安が頭をよぎった。


「アクセサリー大量買しちゃった。みんなにもあげるよ」


 常闇の考えとは裏腹に呑気な名前の声が聞こえて、女性陣の「ヤッター!!」と言う歓喜の声が続く。


「いや…考えすぎか」





あとがき

ピアスは「私のことをいつも考えておいて」らしい。メインクエスト『プレゼントを手に入れろ!』サブクエスト『兎は不労所得を手に入れた!』クリア。



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