「死んでんじゃねーか」
「幽霊みたいだな」
「んなわけねーだろ」
何やらざわつく神社の一角。ここは東京卍會が集会に使っている場所だった。
「あ?あいつら何やってんの?」
「さぁな」
マイキーこと佐野万次郎がなんとなく興味が湧いて、そこに近づく。自ずと不良が道を開けた。
「女?」
神社の縁で女が横になっていた。ここらでは見かけた事のない黒いセーラー服を着ている。それに負けないぐらい真っ黒な長い髪が木の板の上に散らばっていて、真っ白な、もはや青白い肌が黒に浮かんでいた。なるほど、これじゃあ死体に間違われるわけだ。万次郎は高蘭を超えて、女の頭の辺りにしゃがんだ。集まっていた不良達が場を離れる。
「この辺の制服じゃねーな」
「なーケンチン、コイツ死にかけとかじゃないよね」
「寝てるだけだろ」
ケンチンと呼ばれた男、龍宮寺堅がそう答える。女の体は小さく静かに上下していた。じーっとその顔を見つめる万次郎は気まぐれに、女に手を伸ばしてみた。その手が触れるよりも前に、どいつが鳴らしたのか、バイクを吹かす音が神社に響く。
「あ?」
起きるだろ。万次郎はイラッとしながら音のした方を見る。どいつだと視線を動かした時、布ズレの音がした。見下ろすと、死体のような女が、黒いまつ毛に縁取られた瞼をゆっくり開けた。
万次郎と女の目が合う。長い前髪の奥にある女の整った顔が、黒と白だけという配色も相まって、ぞくりとするほど美しい。まだ微睡の中にいるのか、女はノロノロと起き上がって口元に手を置いて欠伸をした。立ち上がろうとする女の手首を咄嗟に掴む。不思議そうに小首を傾げる女。なぜか、名前が知りたくなった。
「お前名前は?」
「苗字、」
それを遮るように女の携帯が鳴った。
「あ」
名前も言い切らないうちに、一言そう漏らした女はすくっと立ち上がって万次郎の手からすり抜けた。呼び止める間も無く女は高蘭を飛び越えて、長いスカートを翻しながら走り去っていく。
「何だあいつ」
「…ケンチン、俺アイツに惚れたかも」
「は?」
男、佐野万次郎。人生初の一目惚れを経験した瞬間だった。
翌日から早速、チームの情報網を使って女を探し始めた。が、一向に見つからない。それはそうだろう。女はこの辺では見かけない制服だったし、今のところ知っているのは苗字だけ。観光の線も考えられる。もう会えねぇかなー、なんて考えながらいつものように給食前の休み時間に登校すると隣のクラスの前に男ばかりの人だかりができていた。
「なになに、俺も見てぇんだけど」
「ひぃ」
そこらの名前も知らない生徒を殴って退ける。さっと道が開いて、一直線に前を見ると、1人だけ制服の違う女が教室の端の席に座っていた。早る気持ちのまま、女の元に近寄る。
「見つけた」
「ねえ」呼びかけに女がゆっくり顔を向ける。目が合った。女は覚えていないようでまた、小首を傾げてる。
「お前、名前は?」
「苗字名前」
「俺、佐野万次郎」
「まんじろう?」
繰り返した女に万次郎はにっこり笑った。
「そ。他のやつはマイキーって呼んだりするけど何でもいいよ」
「うん」
周囲の生徒がざわつく。転校初日、右も左も分からない名前はまぁ、ちょっとヤンチャしてるタイプなのかなぐらいに万次郎を見ていたから、周りの反応の方が不思議だった。突然、名前の腕を掴んで席から引っ張り挙げた万次郎が、そのまま手を引いて歩き出す。
「どこ行くの?」
「んー、どっか。俺、お前のこともっと知りたいし」
「私、今日初日なのに」
「いーじゃん別に」
周りの生徒は触らぬ神に祟り無し状態。荷物とかあるしなぁと困惑気味な名前だったが、後ろを見ると万次郎のそばにいた男がちゃっかり自分のカバンを持っていてじゃあ、いっかと引かれるがまま教室を後にした。
「手、冷たいなー」
「そうかなぁ」
「暑かったからちょうどいい」
握られた手に反して手から力を抜いた名前。さらにぎゅっと握り込まれてしまったが、距離が近い人なんだなぐらいに考えてそのままにした。
「どこ行きたい?」
「分かんない」
「分かんないかー」
「転校初日なんだから分かるわけねぇだろ」
背の高い男が隣に来た。誰?って顔をする名前。
「こっちがケンチン」
「龍宮寺堅だ。ドラケンって呼ばれたりもするな」
「ふふ、いいねそれ。ドラケンくん」
あだ名のセンスがいい。素直にそう思った名前はそれで呼ぶことにした。
「ねぇ俺は?」
すかさず万次郎が振り向く。
「うーん」
「ねぇ、俺はー?」
「万次郎ちゃん」
「えっ、かわいい」
名前にちゃんを付けただけだが、と思ったが当の本人が可愛い可愛いと満足そうだから良しとしよう。駐輪場まで来ると、2人が自転車を取ってきた。
「後ろ乗って」
言われた通り万次郎の後ろに跨る名前。どこに手を置けばいいのか分からず荷台に手をつくと万次郎がそれを掴んで自分の腰に回した。
「ここ」
引かれた拍子にぐんっと近づいた体を少し離して、腰にそっと手を置き直した。
「ぎゅってしてくれていいんだけどなぁー」
「ふふっ、落とさないでね」
「落とすわけないじゃん」
初対面とは思えない態度に、甘え上手な人なんだろうなと思いながら名前が笑った。進み始める自転車。風が気持ちいい。着いた場所にはたい焼き屋さんがあった。
「たい焼き?」
「コイツたい焼き好物なんだよ」
「そうなんだ」
常連のようで、店主も慣れた様子で幾つかたい焼きを見繕っていく。座って待ってると待ちきれなかったのか一つ口に咥えて万次郎が戻ってきた。
「ん、」
差し出されたたい焼きを受け取って食べる。白餡だった。ほのかな甘さが美味しい。
「美味しい」
その言葉に嬉しそうな表情を浮かべる万次郎。大きな口でモグモグと一つ食べ切ると、まだ食べている最中の名前の目にかかる前髪を手で避けた。何やらうんうんと頷いている。そのまま名前の口の端に着いていた餡を指で拭うとパクッと自分の口に入れた。ペロッと唇を舐めて、真っ直ぐ名前を見つめる。
「お前、俺の女になりなよ」
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