その昔、魔王によって支配されていた世界は勇者オールマイトによって平和を取り戻した。だが、それも束の間。世界にはまた魔王の影が忍び寄っていた。呪われ、姿を消した勇者達。人形になったオールマイト。襲いくる魔獣。様々な困難に立ち向かいながらも勇者イズクは世界を救うため、10人の仲間と共に打倒、魔王の旅に出る!


「というわけだが旅に必要な資金が底をついた。まずはそこからだな」


「冒頭の勢いが一気に消えたなー」


「ちょくちょくは貰ってるんだけどね…お給料」


「ケッ、んな大層なモンじゃねぇだろ。良くてガキの小遣いだワ。しょーもない依頼ばっか受けやがって。もっと強ェやつと戦わせろや!!」


 エイジロウ、キョウカと続き、最後にカツキが悪態をついて返した。それに残りの面々も苦い顔をする。本当にその通りだったからだ。ギルドからの依頼はもちろん受けには行っている。ただ、まだ若い彼らは練度の問題もあって、高報酬なものには容易に手を出せない。むしろ大所帯なために初期費用で赤字になってしまう事だってあった。それに難易度の低いクエストは迷子探しやお手伝いばかりで、謝礼金を貰うのもなんだか悪い気がして、貰わないこともあるものだから、そりゃあ財布も底を着く。彼らは人が良かった。

 ここまでの道中はそんな彼らに助けられた人達の好意で、部屋を貸してもらったり、食事をご馳走になったりしながらなんとかやってきたのだが、とうとう財布から一銭の音も出なくなった。テンヤが袋を裏に返すが、埃ばかりでお金は落ちてこない。


「…確かにな」


 カツキの意見にすぐに反対するだろうと思われていたアイザワが意外にもそれに同意した。


「ちょっと難易度上げるか」


「それなら丁度良いのが」


 どこからか声がした。辺りを見渡す。酒場兼ギルドの中に人はそれほどおらず、すぐに声の主は見つかった。


「今のアンタか」


 料理も注文せずに、何も乗っていない机の前で椅子に腰掛けているマントの男が「こちらに」とアイザワを呼ぶ。マントに隠れて男の顔は見えず、猫背なのか背中が大きく膨らんでいて、声は若いのに歳も分からない。そんな怪しい風貌の男にイズク、オチャコ、キョウカは不安そうに顔を見合わせた。


「とある盗賊団の頭領を捕まえてきて欲しい」


「盗賊団?カツキみてぇなもんか?」


「それは知りませんけど。見つけるのは簡単です。ほら、君たちのすぐ後ろに」


 エイジロウの言葉に返した男にそう示され、全員が後ろの壁を振り返った。一面に大量の紙が貼ってある壁が目に入る。それはクエストボードと呼ばれるもので、埋めているのは文字通り依頼状の数々だ。そこから好きな依頼を選び、依頼状を店主に渡すことでギルドに受理され、報酬が支払われるというシステムであり、この国では大体がこの手法を取っている。
そのため、イズク達にとっても馴染みのあるものであり、さほど驚くものでもない。


「こん中から見つけろってのか?」


 乱雑に貼り付けられた紙は状態も様々。いつからあるのか分からないボロボロの依頼状の隣には昨日貼られたばかりのように綺麗な依頼状あり、内容も子供でもできるお手伝い程度のクエストから亡国伝説の秘宝探しまで。難易度別に分けられることもなく低難易度から高難易度まで全てがごっちゃになって貼られていて、目当てのものを初見で見つけるのは難しい。が、文字だらけの依頼状の中にあって、自然と目の行く依頼状もいくつかある。


「手配書…」


 公的な依頼状である似顔絵を載せた紙。それらは国からの依頼が主であり、出資者は貴族や王族ばかり。報奨金は莫大であり、そう数も多くない。だがそこに肖像の描かれた人物達は大抵は重要な重罪人であり、まれに探し人があれど誘拐された姫であったり、長年所在の掴めない賢者であったりとこれまた一筋縄じゃいかない相手ばかり。イズク達の中に緊張が走る。そして、手配書の一つ、他のクエストの上に堂々と貼り付けられたその一枚に全員の目が集まった。

 木をくり抜いたような装飾の着いた仮面に、全身を覆う奇抜な服を纏った謎の人物。まるで何かの儀式前かどこかの民族の族長だ。肌は一切見えず、男か女か、若いのか年寄りなのかも分からない。そんな風貌の誰かが片膝を上げ、肘掛けに体をもたれかけながら頬杖をついて悠然と座っている肖像だった。その風貌も特異だが、目を引いた理由はそれだけじゃない。


「魔族…?」


 耳の上辺りから向かって黒く牛のように長い角が伸びている。普通の人間には無いものだ。仮面の飾りか、本物なのかは分からないが、どちらにせよ下に並ぶ0の数を見る限り自分達の手に負えるとは思えない。どうしよう…と考え込むイズクとテンヤ。そんな中、カツキだけが悪人のようにニィッと笑った。


「イイじゃねぇか!強ぇやつなら誰でもいい!腕試しさせろ!!今からでも行くぞ!」


「向こうはただの盗賊じゃねぇ。盗賊”団“だぞ。作戦練るべきなんじゃねぇか」


 ショートに言われ、カツキは「あ”あ?」と声を上げた。


「わかっとるわ!!」


「待って待って、討伐はちょっと…」


 討伐、つまりは殺しだ。勇者たるもの殺しはしない。残りのメンバーが頷いた。そしてそれに疑問符を浮かべたのはもう1人。


「討伐?捕獲ですよ捕獲。only aliveって書いてるでしょ」


「え?」


 よく見れば確かに写真の下には生捕りの文字が。それならば難易度は少し…下がるのか?イズク達がそんなことを考えている間に男は「んじゃよろしくでーす。朗報待ってますんでー」と初めの真面目な様子はどこへ行ったのか、軽い調子でそう言い残し、すたこらと酒場から出ていってしまった。あまりの素早さにイズク達は呆気に取られ、そのまま見送ってしまったが、すぐにあることに気付く。


「ば、場所は!!?」


 依頼主が言うだけ言って帰ってしまったために、断ることもできなくなったイズク達は仕方なくそれを受けることに決め、手始めに情報収集から始める事にした。


「んでんなめんどくせぇことからやんなきゃなんねぇんだ!!効率もコスパもクソ悪りぃ!!」


「でも情報収集は大事だと思うわ。捕まえるのに有益な情報があるかもしれないし」


 宥めたツユに舌打ちで返事をするカツキ。カツキの態度は最悪も最悪だが、効率は確かに悪かった。少し考えるイズク。


「何人かで別れて聞き込みしようか」


「そうやね!」


 というわけでイズク、オールマイト人形、テンヤ、オチャコ。カツキ、エイジロウ、キョウカ。ツユ、ショート、アイザワに別れ、情報収集を始めた一行。滞在していたのが大きな街だったこともあり、情報はみるみると集まった。むしろ集まりすぎたほどに。


「奴隷を使って闘技場で魔獣と戦わせてるって聞いたわ」「頭領は無慈悲で冷酷、歯向かう奴は容赦なくヤルらしい」「奪ったもので毎日毎日酒池肉林だとか」「賭け事が大好きで負けると相手を殺して負け自体無かったことにするとかしないとかって聞いたぞ」「俺は昔アイツに崖から突き落とされた!」「女も男も侍らせてるらしい…羨ましい!!」「人も食うんだって」「騙された…」


 出るわ出るわ悪評の数々。互いに情報を言い合う内に数人の口元がひくつく。


「なんか……、やべー奴なんじゃね」


「「「(ヤバそう)」」」


 口に出せば尚のこと実感してしまいそうだと無言でエイジロウの言葉に肯定する。


「んで、肝心な場所は」


「ねぐらはヒヤリ地方にあるらしい」


 それ以上の情報は無かった、と言うショート。地方が限定されたとはいえ、巨大なヒヤリ地方全てを探すことは難しい。うーん、と頭を悩ます面々にイズクが「とりあえず…」と言った。


「…行ってみようか。もしもその人のせいで誰かが困ってるならほっとけない」


 相手は手配書まであるような悪人。怖くないわけがない。でも自分達は勇者だ。イズクの勇気ある一言に他のメンバーの表情が明るくなる。


「そうだな!イズクくん!」


「うん!」「だな!」「ヤバそうだけど…ついてくよ」「ケロケロ、そうね」と言葉が続く。


「じゃあ、しゅっぱーつ!!」


 山越、野を越え、平原を越え、数日の旅の末、たどり着いたヒヤリ地方。この場所の名前の由来であるヒヤリはその名の通り、ちょっとヒヤリする経験が。


「出来るとか出来ないとか……」


「とりあえず気をつけろってことね」


「そういうことやね!」


 キョウカとオチャコがうんうんと頷き合う。


「この辺は昔からそう治安が良くない。ほんとうに気を付けろよ」


 アイザワに釘を刺され、「「はーい!」」と返事をする勇者達。まるで学校である。


「伸ばすな」


 一行はまた情報収集を始めた。だが盗賊のボスの居場所なんてそう簡単に分かるとは思えない。それにすでに陽も落ちかけている。期待はせずに宿でも探しながら聞き込みをすることに決めたイズク達だったが、その予想に反して情報収集は思いの外上手くいってしまった。聞き込み1人目にして、最後の1人になったからだ。


「盗賊団の頭領の居場所だァ?知ってるぞ」


「ああ、やっぱ知らない…ええ!!知ってるの!?」


「ここらじゃ誰でも知ってるな。驚くようなことじゃない。もしかしてお前ら田舎モンか?」


 驚いた顔をする緑谷を「はー?」と怪訝な顔で見る村人。


「うっせぇ!ほっとけ!」


 相当有名らしい。知ってて当然というような村人にショートが首を傾げる。


「賞金首だろ。そんな簡単に居場所が分かっていいのか?」


「まぁ、普通じゃ行けない場所だからな」


「どこなの?」


 キョウカが続きを促す。


「ソイツがいるのは人の世界の端っこだ」


「端?」


 人の世界の端。聞きなれない単語だった。


「そもそも行くまでが大変で、秘境だからってのもあるんだが……。それとは別にもう一個理由があってな。ソイツのいる場所。そこから先は魔獣の巣になってて、ヒトは誰も近寄れねぇ。魔獣だけじゃねぇ、魔族もウヨウヨいる。昔から住んでる奴らは魔界と呼んで、子供への脅しに使ったもんだ。ソイツはそんな場所にいんだ。今は魔王がどうのこうの言われてるから尚更、ここらの奴はそこが境界線って認識だな」


「そんなところが……」


 イズク達は信じられないような気持ちだったが、ふと、そんな場所が近くにあって、盗賊もいて、住人が平気なのかが気になった。


「この辺りまで魔獣が来ることはないのですか…!」


 危険な状況にある住民に心を痛めたテンヤが鎧の胸に手を当て、悲痛そうな顔で尋ねる。だが、村人はそれに対してけろっとした顔で「ん?ねーよねーよ」と軽口にそう言った。


「逆さ。ソイツがいるからヤツらはこっちにそう易々とは来れねぇんだ」


 盗賊団のボスが魔族、魔獣への牽制となっている、村人はそう言った。


「防波堤か」


「いなくなるとここらの人が困るんじゃ…」


 ショートの的確な例えに眉を寄せるイズクに村人は不思議そうに首を傾けた。


「いなくなる?会いにいくのか?」


「捕まえにいくんだわ」


「そうかそうか!そりゃ喜ぶだろうな」


 カツキの訂正も気にせず、大きく笑った村人にハテナを浮かべる。喜ぶ?嫌がられはしても喜びはしないだろう。だが、村人は笑うばかり。カツキは次に別のことを尋ねた。


「で?行き方はよ。オッサン」


「お前なー!教えてくれる人に対してもうちょっとよォ!」


 不躾なカツキをエイジロウが咎める。


「いいさいいさ。生きて辿り着くかも分かんねーしな。この先にある草一つ生えてねぇ剣山を越えてから、激流の川を三つ、崖を二つ、あとは地図があっても抜けられねぇ迷いの森を抜けた先にいる。この森にゃあ猛獣と魔獣がいるからな、装備は潤沢の方がいいだろうよ。こっからはそうだなぁ…どれだけ早くても10日はかかるな」


 「生きて辿り着けないかも」そんな不穏な言葉が聞こえ、一瞬、イズク達の口元がひくつく。


「居場所が分かっても行けないわけだな…」


「どうする?」


「食料の準備がいるな」


「今日はこの村に泊まって明日から準備しようか」


 今後の話をするメンバーの横で、イズクは俯いていた。


「行かないってわけにもいかないけど…防波堤…」

 
 捕まえてしまうと魔獣や魔族を止める人がいなくなる。それは良いんだろうか。イズクには分からなかった。そんな彼を見かねて、エイジロウが豪快に肩を叩く。


「話してみてから考えりゃいいんじゃねえか?いいやつかもしんねぇし!」


「噂じゃソイツは果ての果ての国から来たらしい。人も食うから気を付けろよ」


「良い奴…では無さそうだな」


 村人の言葉に打って変わって冷や汗を流すエイジロウ。


「さぁみんな!明日から長旅になるぞ!」


「行けんのかなぁ。自信ないけど」


 前向きなテンヤにキョウカが返す。それを見ていた村人はニッと笑うと、後ろを指さした。


「ブルルンッ」


「安心しろよ!観光馬車出てっから!」


 村人の紹介に合わせ、数頭の馬、いや馬に似た魔獣が蹄で任せろと言わんばかりに地面を蹴る。大きな荷台からは身を乗り出した案内人、つまりツアーガイドだろう人物がこちらに向かって「お客さまー!こちらですぅー!」と旗を振っていた。


「なんっでんなもんがあんだ!!」


 だんだんとカツキが地団駄を踏む。すると今度は「「まてまて!その前に!!」」と数人の村人達が家から飛び出し、まるで観光地で見るような盆に幾つもの箱を乗せ、披露した。


「食べ物がいんならこれ買ってけよ!保存期間は半年!旅には持ってこいだろ。魔人饅頭!」


「魔人ブランケットはどう?道中寒いわよー」


「魔族モチもあるぞ!」


「タペストリーも!」


 「マジュー」と書かれた三角形のタペストリーを掲げた村人。


「今どき見ねぇやつだ!!」


「オモチ…!」


「完全に観光地と化してる…」

 
 
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