クリスマス限定、サンタコスでのプレゼント配り兼パトロールを終え、そしてそのまま別の事件へと駆り出された俺は今、正直少し疲れていた。年末3日間は事件も増えるし帰る暇は無いが、クリスマス終わりの今日、明日なら少しはマシだ。なんとか時間を作って、というよりサイドキックの皆によって強制的に作られた束の間の休息を取りに家へと飛んだ。


「んー、ついでに掃除でも終わらせようかな」


 にしても、皆の圧すごかったな。あれじゃ何か隠してるのが丸わかりだ。俺はよく目敏い、耳聡いと言われるが、彼らのは剛翼を使うまでも無いぐらいの”何かある”行動だった。『早よ帰りんしゃい!休息とって!』『そうですそうです!後は俺たちに任せてささっ』『喜ぶ顔が目にブフッ』『言うなって!』自分の前に体を乗り出し、口々に帰らせようとしたサイドキックたちが思い出される。


「…驚く準備でもしときますか」


 「知ってましたよ」なんて言うのもアリだが、それほど野暮では無い。彼らの期待通りの反応をシミュレーションしながらホークスはいつも通り、鍵のかかっていない自宅の寝室窓から中へと滑り込んだ。


「……」


 足が床についた瞬間、羽が微力な振動を感知した。すぐさま音を立てずに臨戦態勢をとり、更に感覚を研ぎ澄ませる。やっぱり誰かがいる。誰もいないはずの隣室で動く物音を羽は詳細に拾い上げた。相手は1人。声は発していない。物色中か?泥棒ならまだいい。問題はそれ以外だった時だ。私物も備品もファンからのプレゼントも、郵便物は基本的には事務所に届くようにしているし、ここはメインで使ってはいるもののセーフティハウスの一つだから住所は限られた人間しか知らない。もし、情報源があるようなら…。


「(どっから漏れたんですかね)」


 身内か、外部か、最悪の想定をしながらゆっくりと扉の前へ。足を止め、再度音に注意した。足音が近づいてくる。軽い足音だ。女性か、子供か。そして普通よりも足音が小さい。足をあまり上げない歩き方だ。でも、泥棒にしては何かを物色するような音がしない。


「(目的が違うのか?)」


 ストーカーの可能性はあるが、足音が小さいのが気になる。侵入慣れしているのなら、この向こうにいる人物はやはり敵かもしれない。ドアノブにゆっくり手を乗せる。同時に向こう側の人物の足が止まった。そして足音の向きが変わる。確実にこっちに向かって来ている。


「(…先に取る)」


 寝室の扉は自分側に引く構造だ。すぐに確保できるよう体をドアノブ側の壁の前にずらし、手だけをそこに残す。とうとう足音が前で止まった。ドアノブに少しの圧がかかって、反対側でもその人物が同じことをしているだろうということが分かる。

 向こうは開くのを待っている。いや、開けようと待っている。あとはタイミング次第というところだろう。なら先に開けた方が意表を突けるかもしれない。判断は速く。俺はすぐさまその扉を開け、目の前に現れた人物へ羽を飛ばした。もちろん当てる気はない。一般人ということも一応は考えておかなければ。


「ま、ストーカーも立派なヴィランですけ…ど!??」


「おかえり?で合ってる?メリークリスマスの方がいいかな」


「……」


 数枚の羽が指す相手。いたわ、そういえばたしかにいた。足音が小さくて家を知ってて敵と間違えるぐらいの侵入スキルがありそうな人。


「名前ちゃん!?ど、どうしてここに?というか…ん”っ!?」


 寮生活のはずの彼女が何故ここに。というか、まず。


「エロさがないっ!!!」


「は?」


「あっ」


 彼女の目が細まったことで「いやいや、めっちゃ愛らしかばい。それでびっくりしたと言うか」と慌てて言葉を取り繕う。もちろんこれも嘘じゃない。

 パジャマのようなトナカイの着ぐるみに身を包んだ彼女。確かに可愛い。めちゃくちゃ可愛いのだが。正直、そこはミニスカサンタでしょ、と言いたい。多分、これは疲れのせいだ。言っておくけど、普段の俺はそんな下品な男じゃない。男の憧れのシチュエーションに舞い上がってるだけだ。


「にしても…びっくりした。どげんしたと?会いに来てくれたと?」


「ヨーホーヨーホー」


「それだと海賊さんじゃない?」


「そうかなぁ」と言う名前ちゃんが柔らかすぎて自立できないらしい角に手を伸ばした。服の袖からほんの少しだけ出た白い手、通称萌え袖が間違えたことで照れたような笑い方と相まって更に可愛い。俺は自分の息がぐっと短くなるのを感じながら彼女に向かって手を伸ばした。


「んん”っ、可愛い。やっぱり可愛い。なんしてそんな愛らしかと?」


「秘技・燃え袖。燃えた?」


「燃え…?萌えた萌えた」


 だが掴もうとした手はそこに無く、彼女はくるりと向きを変えると逆に俺の手首を掴んで歩き出した。吊り上げられた何も持たない手の居心地が悪い。それになんだか物足りない。会えない時にいくらでも作れる隙間が今あるせいだろうか。彼女のそばにいられる時間ははっきり言って多くない分、いられる時間にたくさんを詰め込んでおきたい。


「こっちにしよ。名前ちゃん」


 彼女の手を隠す袖を退けて軽く手を握る。一瞬、ほんの一瞬名前ちゃんの指がぴくりと動き、足が止まった。驚いたのか照れたのか。普段は俺が振り回されてばかりだからそんな反応があるとは思わず、咄嗟に抜けないよう握る手に力を込めた。逃げもしないし、手を跳ね除けることもないのに。怪我をさせないよう極力、力を込めないようにしている彼女はきっと俺じゃなくても好きにさせていたと思うけど。


「これでいいの?」
 

 だがそんな予想に反して握った手がするりと抜けた。指が無意識にそれを追う。もう一度触れ合ったところで彼女の指が俺のに絡むみたいに交互に間を縫った。所謂、恋人繋ぎというやつだ。少しの間を空けて心臓がギュンッと音を立てる。


「……降参」


「ふっ、はは、やった」


 梅干しを食べた時みたいな顔をしながら項垂れる俺を一瞬、振り返った彼女が見て笑う。楽しそうでなりよりだ。悔しさがないかといえばまぁ、無いわけじゃないけど、彼女に関しては俺はずっと負け越しているから慣れたものだ。むしろこんな笑顔が見れるなら役得な気さえする。それに、手も繋げたし。離れないようちゃっかり力を込めて握り返すと、彼女はそれについて何も言わずに、俺の手を引いたまま再度リビングに向かって歩き出した。


「チキンあるよ」


「やった」


「ただ…」


 扉を開けてテーブルに目をやる。幾つかの料理の真ん中、多分、メインの場所に元は丸焼きだったろうチキンの手羽の部分だけがそこにあった。


「味見しすぎた」


「おっと。しかも骨まできっちり」


 「まだ他のもあるから取ってくる」と言った名前ちゃんの手が指から抜けるように動く。でも離す気はない。


「ん、いいよ。これ食べるけん。あんまお腹空いとらんし、このままでおって」


 家に着いた安心感からか、彼女がいるからか、思い出されたようにどっと疲れが出てきた。大掃除は後にして今は少し仮眠したい。


「ちょっと寝てもいい?」


「いいよ」


 ソファに座った彼女が自分の太ももを促すようにぽんっと片手で叩いた。もう片方の手を繋いだままに誘われるまま横になる。枕にしては細いが、程よい弾力感と体温、ぬいぐるみみたいな布地にどこか安心する。


「今日ってなんかあったっけ?」


「あったよ」


「え、俺なんか忘れとる?会う約束とか」


「約束はしてないなぁ」


「やっぱり俺夢見とる?今日、名前ちゃん優しいし」


「今日だけ?」


「”いつもより“」


 普通よりも密着した手に意識がいく。やっぱり、おかしい。俺と彼女は…いや、彼女はどう考えてるのかは知らないが、俺は今まで目に見えないその一線だけを超えないようにしてきたのに。だから、夢だと思うのかもしれない。ゆっくりと目元が彼女の手によって隠される。暗い視界の中、徐々に微睡みが生まれて彼女の声しか聞こえなくなった。


「夢だよ。今日だけの夢。美味しいものがいっぱいあって、そばに人がいて、クリスマスも味わえてるし、君はゆりかごみたいに居心地のいいところにいる」


「ハハ、ゆりかご、ですか?子供みたいですね」


「ね、夢でしょ。起きた時も楽しみにしてるといい。みんなに祝ってもらえるよ」


「なにを?」


「君の生まれた日を」


 「忘れちゃった?」と言う彼女の言葉で思い出す。ああ、今日は俺の誕生日か。


「ホークスの誕生日、起きたらきっとすごいことになってますね」


 後でSNSにメッセージ書いておかないとな、とか事務所はプレゼントの山でいっぱいだろうなとか、偉い人たちへの挨拶回り行かなきゃなとかそういうことばかりが頭に浮かぶ。誕生日といえどヒーローホークスには色々やることがあるから。


「ホークスの誕生日?それはデビューの日にでもすれば?今日は私の鳥が生まれた日、私の鳥を祝う日だよ」


「君の…鳥。俺の生まれた日?」


「そう。君の生まれた日。誕生日おめでとう。君が生まれてきて私は嬉しいよ」


「そう、そうなんだ」


 生まれてきてくれて嬉しい。そんな事、今まで言われたことなかった。言葉にされたことはなかった。ホークスじゃない俺が心の中で震える。


「ありがとう。名前ちゃん」


 目元をさらりと撫でられた。それに合わせて瞼が完全に閉じる。起きた時、彼女はきっといない。でも、寂しくは無いような気がした。


「おやすみ。私の鳥、私のネネ」




 



あとがき


 次に目を覚ました時、やっぱり彼女は居なかった。机にあった料理も一緒に。ほんとうに夢だったんじゃないか。そう思った瞬間、首元に見覚えのない新しいマフラーが巻かれている事に気付いた。青い、彼女の色だ。


「はぁーっ、猫ちゃんってば」


 彼女は多分、プレゼントの意味なんて考えてないんだろうけど。いつもよりも早く動く心臓はそう簡単には治らない。時間も時間だしと仕方なく顔の赤みを誤魔化すために猛スピードで事務所に帰ると、今度はサイドキックの皆の盛大な出迎えと共にケーキと一緒に一羽丸ごとのチキンが用意されていた。


「なーんか企んでると思ったらこれでしたか。あ、驚くふり忘れてた」


「名前ちゃんがいっぱい持ってきて…「言うなって言われてたやろ!」ません」


「遅い遅い」


「なんかホークス顔赤くない?」


「気のせいです」


「サンタさんが遅れてきたとに、そっとしておいてやれよー」


「ああ、プレゼント貰って照れとると」


「こらそこ!憶測せん!」

 
prev next
back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -