明るい声の上がるハイツアライアンス。

 A組の寮内では今、不定期開催の交流会が行われていた。とはいえ、交流会といっても大したものではなく、ただゲームをしていた名前の周辺に人が集まったという持ち込み企画的なものである。

 そんな全員の視線は勿論、中心にあるテレビ画面に向けられている。そこでは数人のキャラクターが相手を場外へと押し出すべく、互いを攻撃し合っていた。


「ぐ、ゴリ押しすんな名前!」


「轟に変われぇ!!」


 いつの間にか大事になったな。


 寮生活になったのを機にと1人でやるのはと渋っていた対戦ゲームを買ったはいいが、ここまで増えるとは思わなんだ。

 誰かしら入ってくるだろうくらいに思っていたそれが、今や部屋にいた生徒まで呼んでのちょっとしたゲーム大会になったのは名前にとっても誤算だった。だが、勝ちの報酬は明日の昼ごはん奢られ券である。


「俄然やる気出てきた」


 チームを組むのもよし、自分で戦うもよし。とりあえず4人の中で勝てばランチラッシュの絶品ランチをタダで味わえるということで皆が闘志を燃やしている。名前のペアはハンデという意味もあり、ゲーム慣れしていない轟だ。


「一騎交代でぇす」


「じゃあ誰かこいつの目隠せ!!」


「現実に干渉すんのは狡くねぇか」冷静に突っ込む瀬呂。


「ガッテンだ!」


「ごめん!葉隠以外で頼む!!!」


「楽勝ネ」


一日中でも出来ると普段から豪語している名前は強かった。そりゃあ持ち主なのだから当然ある程度できる。だが、そこに情熱というものが加われば一騎当千。つまり、幼少期、禁止されてたものに大人になってからタガが外れたようにハマるあの現象である。


「負ける気がしねー」


 そうして浮き上がった上鳴のキャラクターに反撃の隙を与えないコンボが撃ち込まれた。


「ア“ァーー!!やめろよそのコンボ!!」


「圧勝!!あえてもう一度言おう。圧、勝!!」


「明日何食べようかなぁ」


「お、お手柔らかに頼みます…!緑谷、なんとしても勝ってくれぇ!!」


 上鳴のライフが無くなり、残るは緑谷のみ。


「なるほど。十字キーからのB、XボタンとCボタンで復帰間際なら……」


 解析屋の緑谷。飲み込みは早く、早々に技を理解し、コンボを打ち込んでいく。それに応戦する名前。しばらくの攻防。そして、そのコントローラーに一本のヒビが入った瞬間、名前の放った必殺技が緑谷を画面外へと吹き飛ばした。


『SMAAAAAASH!!』


「あーーー!!」


「完全勝利」


 画面には一位の文字。「明日は蕎麦にするか」といつも通りな轟がナチュラルに煽りを重ね、名前が「ざるそばでわんこそば」と不穏な言葉を放つ。そして2人はスパァンッといい音でハイタッチした。


「次あったしー!」


「はい」


 名前のコントローラーが次は芦戸の手へ。そしてまたわいわいとチーム選びが始まる。


「手汗でコントローラー溶かしちゃいそう!」


「次、誰がやるよ」


「オレガヤル!」


「すまない。ダークシャドウとチームでいいか?」


 喉乾いた。

 そっと立ち上がり、キッチンへ。何があったか、と冷蔵庫の中身を思い浮かべた時、目の前に立っている人物に気が付いた。ああ、そういえば彼はいなかった。


「ねぇ、ばくごーもやろうよ」


 もちろん、彼が参加するとは思っていない。仏頂面を引っ提げ、我関せずなその少年にぴょんと小さな一歩で近付き、彼の横から顔を覗き込む。


「……チッ」


「やりたいってこと?」


「近寄んな」


 ドンッ。淡々とした表情の爆豪が名前に肩を当てた。きょとん。なんだかんだ反応のいい爆豪の珍しい挙動。名前は一度首を傾げるとにっこりと笑い、機嫌に振り回されてる爆豪を揶揄うように腕と肩に肘を乗せ、もたれかかるように体重をかけた。


「どけ」


「機嫌ワル」


 名前の上がる口角に比例するように爆豪の眉間に皺が寄る。


「ヘラヘラしてんじゃねぇよイカれ女」


 その言葉と共に勢いよく腕が払われた。そして退けるように体を押される。名前の体は押されるがままに爆豪と距離を取ると、ぐらつくことなくその場に立ち、そうして寮から出て行く爆豪を見送った。


 バンッ


 静かにも確かに苛立ちを表すような音を立て、扉が閉まる。だが、それに気付いたのはほんの数人だけだった。


「大丈夫かー名前。機嫌悪かっただけだろうし、あんま気にすんなよ」


「なんかカリカリしてたね。生理かな」


「コイツまったくもって気にしてねー!」


 見ていた切島と瀬呂が慰めるように声を掛ける。だが、そんなもの必要はない。名前は少しも傷付いてなどいなかった。それが2人は不思議だった。


「どういう感情でいんのお前」


「ワンコが手に噛み付いてくる感じ」


 なるほど……?分かるようで分からない。2人の顔にそんな表情が浮かぶ。


「爆豪をワンコ扱い…。お前、それ絶対本人に言うなよ」


「にしてもよぉ」と瀬呂が言葉を続けた。


「なーんか。最近の爆豪、名前への当たりキツイよなー」


「前はなんだかんだ仲良くやってたもんな」


 前と違う点は確かに名前にも覚えがあった。なんというか、殺伐としている気はしていた。


「あー」


「なんか心当たりでもあんのか?」


 そして心当たりもあった。ただそれを言おうと思う気が無かった。


「ばくごーのペン毎回借りパクしてるからかな?」


「何してんのお前」


「しょーもねー!」


「筆記用具ぐらい持ってこいよ」と笑う瀬呂が名前の頭を小突く。その時、横から「わーーー!!」と大きな声が上がった。


「俺らもアレやろうぜ」


「名前はどうする?」


「後で行く」


「そっか」


 切島、瀬呂がゲームの輪へと入って行く。名前は背中を見送ると、その場で一つ息を吐き、くるりと向きを反転させた。そして、ゲームに盛り上がる皆の側を音を立てずに通り過ぎると誰にも気付かれずに外へと向かった。


 楽しそうな声を背に、街灯の光と寮から漏れる光しかないそこをただ何も考えずに歩く。虫の声と生ぬるい風が夏の夜を感じさせた。

 そうしてしばらくもすれば少し開けた場所に出た。どこの寮とも近くも、遠くもないそこで灯りの下のベンチに前屈みになった誰かが座っている。落ちた髪が顔を覆い、その表情を隠してるが、名前はそれが誰かすぐにわかった。


「……」


 静かなそこに足音が小さく響く。だが、座り込んだ人物は少しも動かない。名前はその正面でゆっくりと足を止めると硬そうな髪にそっと手を乗せた。金色の髪は思っていたよりも柔らかかった。


「意外。突き刺さるかと思った」


「……触んな」


「うん」


 悪態はあるも、はらう手はない。


「爆豪」


 動かない。名前には軽く開いた足の上に肘を曲げて置き、握った手に顔を埋めている爆豪の姿がどこか許しを乞うているように見えた。


 こう見るとただの子供みたい。


 ただの…どこにでもいる弱い人間に見えた。だから仕方がなかった。


 頭から手が離れ、名前が隣にそっと腰を下ろす。


「……用がねぇならとっとと帰れ」


「用……か。そうだなぁ。外の空気が吸いたくなったから?それか暑かったからかなぁ」


「誤魔化す気もねぇだろお前。誰が騙されんだ。んなもんに」


「ばくごーとか?」


「死ね」


 隣を向けば、まっすぐに下を見つめる爆豪の顔が見える。影の中にいる彼の顔はなんの表情も浮かべていなかった。


 分かんないなぁ。


 感情を読み取るような個性は持っておらず、察しも良くない自分だ。もしかすると、考えたところで人間ではない自分には分からないものかもしれない。彼に近付けばそれも変わるだろうか。

 そんな期待に爆豪の肩に軽くもたれ掛かる。それでもやっぱり、名前には伝わってはこなかった。


「……何してんだ」


「んー、なんでだろ。寒くなったから?」


「まだ夏だぞ。体温までイカれてんのか」


「理由ばっか聞いてくる爆豪のためにせっかく考えてあげたのに」


「頼んでねぇわ」


 爆豪は名前を払い除けることはしなかった。そして、何かを言うことも。そうして少しの間、時間にしてはどのくらいだろうか。数分かも、数分も無かったかもしれない間、ただ2人はそこで肩を寄せ合い、黙って座っていた。


「なぁ」


 そしてその沈黙を破ったのは爆豪だった。ゆっくり、ゆっくり、いつの間にか張っていた肩から力が抜け、その顔がほんの少し上がる。だが、その目は未だ、真っ直ぐに前を見ていた。


「なに」


「テメェがもっと強かったらオールマイトは終わんなかったのか」


「うん」


「テメェが太陽なんざに弱くなかったら」


「うん」


 名前はただ返事をした。


「テメェが薬なんぞ盛られなかったら」


「うん」


「“テメェ”が…俺がもっと強かったらオールマイトは終わんなかったんか」


「うん」


 2人が誘拐され、そして、結果的にヒーロー、オールマイトが終わった。名前は彼のファンではない。そして、ヒーローとしての彼の先が長くないことも知っていた。だが、爆豪は違う。彼の言葉が本心では自分に向けていない事は個性の無い名前でも分かった。

 誘拐された爆豪と名前。無傷だった爆豪と大怪我だった名前。薬を盛られなかった爆豪と盛られた名前。子供な爆豪と見た目だけが子供な名前。きっと爆豪は気付いていたのだろう。


「(私との違いを無意識に……)」


 そして、皆に愛すべき日常が戻りつつある中で、爆豪だけがそこに取り残されていた。


「多分ね」


 私が慰めたところでどうにもならない。だって私はオールマイトでも、緑谷でもないから。強い光で導くことも、隣に並んで背中を押すこともできない。きっと私達は同じ道の上にはいない。

 ただそこにいること。同じ方向を向いているだけの名前が出来ることはそれだけだった。


「やっぱウゼェ。なんか言い返せや」


 少しだけ、ほんの少しだけ爆豪が名前に肩を寄せる。寄せた、ような気がした。


「えー、めんどくさぁ」


「んだとゴラ」


「八つ当たりするぐらいには信用されてるみたいでワタシウレシー」


「んなこと誰が言ったんだアァ!?」


「うるさ」


 ギャンギャンと騒ぐ爆豪が思い出したかのように名前の肩を押す。


「……誰にも言うなよ」


「なんの話?落ち込んで人に八つ当たりしたってとこ?」


 どうしようかなぁとニヤニヤ笑う名前。爆豪は我慢ならんのばかりにその頭を鷲掴んだ。


「してねぇ!!!弱味握ったつもりかテメェ!!」


「別に弱味なんて握らなくてもばくごーには負けないし……」


「舐めんじゃねぇ!!握っとけ!!」


「どっちよ」


 そうしてひとしきり騒いだ爆豪が突然、名前の腕を掴んで立ち上がった。


「戻んぞ」


 歩き出したことで手はすぐに離れていく。名前は笑顔を浮かべると爆豪の背中から顔を覗き込んだ。その表情に影はさしていなかった。


「温度差に風邪引きそう」


「テメェは揶揄わねぇと喋れねぇのか」


「ばくごーに関してはそうかも」


「死ね」


 配慮することもなく、ずんずん大股で歩く爆豪。名前はその背中に声をかけた。


「ねぇ爆豪」


「ンだよ」


「戻ったらゲームする?」


「テメェなんざ秒殺だわ」


 
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