その後も律儀に名前の後を黙ってついて回った轟。二人が一緒にいるところなどは日常茶飯事であるが、今日は互いに無言。しかも、普段であれば他の友人と会話するために離れることもあるが、轟はカルガモかと言うほどにその後を追っている。
声に出さないが動きはいつも通り、いやそれ以上に名前を構うものだから名前は顔には出さないもののじわじわと疑問やらめんどくさいやら鬱陶しいやらが溜まり始めていた。名前は内心、戸惑っていたのである。すでに怒ってはいない。が、ここまでくれば意地である。
「……」
「……」
誰かと喧嘩することなんてほぼ無い上、喧嘩したところで相手をあまり気にしない名前は時間を置いて仲直りすることが苦痛ではない。誰かと仲直りしたいが為に相手の顔色を伺うという行為もあまりした事がないのである。むしろ、自分と早く仲直りしたいと健気に後を追う轟が理解しきれずちょっと恐怖を感じる。純粋さと罪悪感感じさせるそれが名前は若干、苦手であった。
例えるならば悪戯をして居た堪れない顔をする犬が許して貰おうとそばで鳴いているような。そんな健気さとコチラのことを考えない天然さ。そんな轟がとうとうお手洗いにまでついて行き、出口で待ち始めたあたりで今まで黙っていた名前が限界を迎えた。
「えー、今日のヒーロー基礎学だが救助訓練をやる」
「(なんかくっついとる)」
5、6限ヒーロー基礎学。今日の概要を話し始めた相澤の背中には見慣れない薄グレーのマントがたなびいていた。さらに相澤の差している見覚えのある傘とコスチューム、そしてクラスメイトの数から察するにあれは名前だ。がっつりと両手両足を相澤の胴体に回し、微動だにしない。
今や無表情の相澤だが、もちろん、先程までは彼も驚いていた。授業前の休み時間、珍しく誰よりも早くコスチュームに着替えた名前が訪ねて来たと思ったら何も言わずに背中へと登ってきたのだ。事案だと思われても困る、と相澤は引き剥がそうと試みたが、一般男性よりも鍛えているとはいえ、パワー系の名前に敵うわけもなく、諦める方が早いと早々に判断したことでそのまま放っておくこととなり、そうして現在に至った。
一通り説明が終わり、さぁ移動だと腰を上げる面々。相澤は周囲に人がいなくなったところで背中の名前に声をかけた。聞き耳を立てる生徒達。
「重い。いい加減離れろ」
ギリギリと胴体を絞める。
「ぐっ、技かけんな。分かった。軽い軽い」
力を緩めた名前。
「んで、何があった」
相澤の服に吸い取られ、くぐもった声がする。周囲からはボソボソとしか聞こえず、相澤の返答で察するしかない。
「プリン?ああ、あれか。轟に喰われた?また買いに行けばいいだろ」
相澤もプリンのことを知っているらしい。
「あー、限定だったからか?3時間待った?嘘つくな。お前飽きたっつって俺に任せて途中でどっか行ったろ」
相澤と買いに行ったのか。あちゃーと思う生徒達。何故なら、名前は相澤が好きだからである。いつかあったインタビューの授業でも尊敬する人で答えていたぐらいには懐いているし、インターンもしていた。一時ではあるが師弟関係であったのだ。怒りの理由にはきっと、それもあるのだろう。誰だって尊敬している人から貰ったものは大事にしたいものである。
「…また買いに行くか」
相澤も勿論、背中に張り付く生徒が自分をどう思っているかは何度も聞いている。自惚れているわけではないが、これで多少、機嫌も治るだろと、そう思い、言葉をかけた。
「買いに行けだ?俺が並ぶの苦じゃ無いと思ってんのか。寝袋あっても疲れるし、そもそも行列に並ぶのは合理的じゃない」
前言撤回である。名前は相澤を尊敬しているが、別に相澤と出掛けたから大事さが上がったわけでは無い、と言いたいらしい。
「なるほどな」
一通り話し終えたのか、相澤が轟を呼んだ。
「轟。お前あんまりコイツ追っかけ回すな。出て来るまで待つか、別の方法考えろ」
一見すると猫の話である。
「はい」
「夜野、お前も早く授業に入れ」
相澤から離れて歩き出す名前の顔には怒った様子もなく、怖がった様子もない。そんな様子だから、轟は半ば無意識にいつも通り隣に並んだ。名前も特にそれに反応しない。追いかけ回すなと言った矢先の出来事に無言になる相澤。
「…まぁ、もう怒って無いみたいだし何とかやるだろ」
にしても、あいつの怒りのツボがよく分からんと相澤は頭をかいた。
その夜。授業を終え、食事を終え、皆が身支度を整えた頃、共有スペースでテレビをぼーっと眺める名前の隣に少し間を開けて轟が座った。行った!と固唾を飲みながら見守る周囲。
「なぁ、名前」
「……何?」
「悪かった」
轟の手には少し大きめなプリンが一つあった。
「話しかけんなって言われたけど、やっぱりお前と喋れねぇのは嫌だ。許してくれ。同じのじゃねぇけど、ランチラッシュに頼んで作ってもらった」
「……」
悲しそうな顔をする轟。名前は少し黙ると差し出されたスプーンをとってそれを一口食べた。
「美味しい」
「そうか」
口角を上げた名前を見て、轟の顔に笑顔が浮かぶ。見守っていたクラスメイト達もホッと安心したような顔になった。
「スプーン、一つ足りないよ」
轟も食え、との誘い。
「轟の粘り勝ちだったな」
「確かに。俺だったらとっくに心折れてる」
並ぶ二人にもう隙間は無い。こうして、それほど大きな出来事も無く、轟と名前の初喧嘩、名をプリン小戦は終戦を告げた。
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