一旦、猫を名前だとして好きにさせることにした相澤。ただし、外には出してはいけないとの約束で。それは教師陣にも伝達されることになり、誰も反対することなく教室は猫のいる教室となった。


「名前ちゃーん!こっちこっち!」


「ニャー」


 猫は麗日の呼び声に返事をするも、向かおうとはせずに手で頭をかいた。垂れた耳が愛らしく、麗日は「キャー!」と黄色い声を上げる。


「そっちが来いってことじゃね」


 苦笑いを浮かべた瀬呂の言う通りに麗日が名前のそばに行き、頭を撫でる。名前は逃げることなく「ニャアン」と気持ちよさそうに鳴いた。その様子は確かに瀬呂の言うようである。


「もふもふやぁ。撫でさせてはくれるんやね」


 デレデレと麗日の頬が緩む。


「ケッ、偉そうな猫だな」


 棘のある言葉が聞こえてくる。猫は声の主である爆豪の方を見た。


「なんだよ」


 教卓から別の机に飛び移った名前がさらにとんっとんっと軽い足取りで机を渡りながら爆豪の机へと向かっていく。そして、とうとう爆豪の席に着いた名前は頬杖をつく爆豪の顔を覗き込みながら可愛らしく一声鳴いた。


「ニャウ」


「んだよ。あっち行け」


「ニャウニャウ」


「あ??話しかけてくんな。分かるわけねぇだろ」


 目を背ける爆豪。


「話しかけてんだアレ」


 見ていた切島が言う。なんともファンシーな光景である。すると猫はニンマリと目を細めた。


「…ニャフッ」


「笑ってんじゃねぇ!!!」


「なんで分かんだアイツ」


 爆豪は名前の首根っこを掴み上げた。


「ニャーーウ!!」


 瞬間、スパァンッと鋭い肉球パンチが爆豪の額へと打ち込まれた。衝撃に後ろへと体を反らせ、固まる爆豪。その額には美しい肉球の跡があった。


「さ、さすが名前さんだ。猫になってもパンチ力が凄まじい。それにあの姿じゃ敵にも怪しまれないし偵察にも向いてそう」


 緑谷の言葉に爆豪がすぐさま腰を戻す。


「分析すんな!テンメェ…このクソ猫がァ!!」


「フスッ」


 襲い掛かる爆豪だが、名前は鼻を鳴らしながら小バカにしたような顔でその手を机を飛び移りながらひょいひょいと避けていく。


「にゃにゃにゃ」


 そして、名前は教卓に戻ると一度大きく跳び、そこにいた相澤に向かってダイブした。


「あ?」


 飛び込んできた猫に自然と腕を出す相澤。名前はそのままでいてねと言うように「ニャウ」と腹を出したまま腕の中で甘えるように鳴いた。その顔はまるで安全地帯を確保したと言わんばかりだ。


「見下ろしてんじゃねぇ猫女!!!」


「猫に向かってキレるなよ。お前も大人しくしてろ」


 相澤は名前の顎を指で撫でた。気持ちよさそうに目を細める名前だが、喉は鳴らさないところにどこか媚びはしないという意思を感じる。とはいえ見た目も行動も少し人間臭い部分はあるが、猫そのものだ。相澤は猫だな……と思いながら首元から耳までを指で撫で上げた。


「ニャウ」


「返事できて偉いな」


 つい口をついて出た言葉に爆豪がすかさず声を上げる。


「甘すぎるだろうがよォ!!!ちゃんと躾けろや!!」


「俺は本人に任せるタイプでな」


「だろうな!!」


 相澤は甲斐甲斐しくそばにいて世話をするタイプではない。それは学級運営を見る限りそうだ。


「とはいえ、俺も暇じゃない。ずっとここには居れん。残念だが」


「(残念……。居たいんだ)」


 本音が漏れている。


「いい子にしてろよ」


 名前はふんふんと鼻を鳴らすと差し出された相澤の指に返事をするように噛みついた。


「甘噛みか」


「甘…?」


「あの、先生。血が出てます」


 ポタポタと血の垂れる指先。だが、相澤は「イタズラ好きだな」と意に介していない。


「ほら、八百万。こいつ持ってけ」


「ニ”ャーーー!!」


 相澤の手にがっつり爪を立てながら嫌がる名前。いつもなら何してんだと言えるが、今は猫だ。可愛さが違う。相澤はなんともうしろ髪引かれる気持ちとなった。


「くっ」


「猫さん…じゃありませんでしたわね。名前さん、あちらにいきましょうね。先生が戻れませんわ」


「ニャウ…」


 説得が効いたのかようやく離れた手。すると何故か相澤の方から手を伸ばした。


「……やっぱ職員室にいるか?授業に集中できんだろ。お前らも」


「揺らぎすぎでしょ先生!!書類とかどうすんすか!」


「それはそうだが……嫌がってるしな」


「お菓子でもお作りしましょうか名前さん。やっぱり猫用がいいのかしら」


「ニャンッ」


「あっちはもう気にしてないみたいですよ」


 名前は八百万に抱かれ、胸を手でふみふみしている。さっきまでの名残惜しげな態度は少しも無い。そして今度はそれを見た峰田が吠えた。


「そこ変われ猫夜野!!!」


「……じゃ、よろしく」


 気まぐれさも猫の好きなところだが、少し寂しい。それになんとも言えないが、恥ずかしい。もう少し渋ってくれと思いながら、相澤は足早に教室を後にした。そして今度はそれと入れ違いにプレゼントマイクが入室する。


「エビバディヘンズアップ!!今日も張り切っていこうぜリスナーたち!!」


「猫がびびるからデケェ声出すんじゃねえ!!」


 なぜかそれに注意をしたのは爆豪だった。


「ソ、ソーリー」


 だが、当の本人、本猫は特に気にした様子もなく席に戻った八百万と轟に撫でられている。


「お前の声もデケェけどな。つーか、どうしたよ爆豪。さっきまで喧嘩してたじゃねえか」


「暴れられたらまた面倒なことになるだろうがよ!」


「確実に肉球スタンプが増えるね」


 耳郎が「プププ」と吹き出すのを我慢しながら笑って言う。


「授業始めるぞー。前回の続きから、緑谷」


「は、はい!」



  ーーーーーーーーーーー


「……というわけでこの問題の間違っている点は前置詞の位置だ」


「…ん?」


 授業の始まりからそこそこが経った頃。書き取るために取った轟のペンが動きを止めた。自分で動かしているはずなのにどうして。轟が首を傾げた時、その犯人が手を上げた。


「ニャ」


「お前か」


 動くペンの持ち手側を名前がちょいちょいと手で抑えている。轟は持っていたペンを渡し、別のペンを筆箱から取り出した。そしてプレゼントマイクの言った注意点を書き込んでいく。が、また毛に覆われた小さな手がペンの頭を押さえた。


「こっちがいいのか?」


「ニャ」


 もう一度渡して、新しいものを取り出す。が、また書き出したところで止められた。


「これもか?」


「ニャ」


 もう一度渡し、筆箱に手を入れる。だが、もうペンは無い。轟は仕方なくボールペンを取り出して書き出した。


「ニャ」


「…こっちも欲しいのか」


「ニャ」


「仕方ねぇ…。これで書くか」


 取り出したのは油性ペン。だが、無惨にも名前はそれを手で弾き飛ばした。


「あっ」


「ニャフ」


「八百万。悪いがペン貸してくれ」


「ええ、いいですけど…。お忘れですの?」


「いや、名前がくれって」


「まぁ」


 取り返したものから使えばいいのではと思った八百万だったが、轟が困った顔をしながらも何処か嬉しそうだったのと、知能も猫寄りなのか、そんな轟にやってやったとでもいうように満足気な名前を見て言うのは野暮だと、素直に創造したペンを手渡した。

 
 ペシッ


「「あっ」」


「ニャアウ」


 だが、それもすぐに飛んでいってしまった。


  ーーーーーーーーーーーー


 またしばらくし、授業も終わりに迫る頃。何処からか「カカッカカカ、カカッカカ」と歯を鳴らすような音が聞こえ始めた。音の発信源はもちろん、


「名前?」


 ライトの上に乗り、瞳孔を細めた名前が身を潜め、生徒たちを見下ろす。その様子に、なぜかヒーロー基礎学の名前を見ているようなデジャヴを感じるクラスメイト達。


「口田、アレ何やってんだ」


「!!、…!」


「腹減ってるとか?」


「……」


 手をバタバタと振りながら何かを説明する口田。だが、いまいち伝わらない。するとどこからか助け舟が現れた。


「クラッキングだろ」


「!!!!」


 爆豪の言葉に首を何度も縦に振る口田。


「チッ、猫になってもウゼェなアイツ」


「どういうことだよ爆豪」


「だからアレは獲物狙ってる時に出す音だっつってんだよ。普段から思ってんじゃねぇだろうなあのクソ猫」


「カカカカッ」


「「「(多分、普段からだろうな…)」」」


 そして昼休みが来た。


「名前。お前もそば食いに行くか?」


「ニャウ?」

 
 昼食に誘う轟。だが、その言葉に黙っていられない者がいた。


「バカか舐めプ野郎!!猫に蕎麦は毒だわ!」


「お前の好きなチョコレートもあるんだが」


「それも無理に決まってんだろ!!」


「アボカドは」


「んでそんなもん持ってんだ!!しかもアウトだボケ!!」


 自分の話だと言うのにも関わらず、名前は床で誰かの落としたらしい小さな消しゴムを手で弾いて遊んでいる。爆豪はそれをさっと取り上げると代わりに中サイズのペットボトルを放った。


「あ、悪りぃ爆豪。それ俺の」


 手を挙げたのは峰田。


「誤飲したらどうすんだ!!雑魚が!!」


「ええ…、何が雑魚なんだよ…」


「猫知識かな」


 顎に手を当てた麗日が「ほう」と分析した。


「なんでアイツ世話係進んでやってんだ?」


「でも普段と大差ねぇよな。猫だから人間より弱いしよ。いつにも増して見てられねぇんじゃね」


 だが、名前はそんなもん知るかとでもいうような様子で、椅子にかけてあった爆豪の制服に飛び移ると、そこに爪を立て、下まで降りた。


「ダァァァ!!くそネコがァ!破ってんじゃねぇ!!!」


「ニャウ」


「爪研ぎだァ?知るかんなモン。他のやつらのでやれや」


「ニャーウ」


「ウッセエ!」


「なんか話してね?」


 気にかけている割には悪戯の対象にされる爆豪となぜか標的を爆豪に定めた名前。仲がいいのか悪いのか。だが、ちょうどいい。クラスメイトたちは爆豪に名前を任せ、昼食へと出た。


 そして昼食後。


「よー、爆豪仲良くやってっか?」


「早くコイツ連れてけ!!」


「フシ”ャーー!!!!」


「ブチギレてんじゃん。何したの」


 しばらくして戻ると、何があったのか背中を丸め、毛を逆立てながら唸る名前がそこにいた。爪を地面に立て、歯を剥き出しにしている。


「ずっとご機嫌さんやったのにね」


「いじめられたのかー?」


 女子達が名前へと集まる。名前は耳を垂らすと女性陣に背中を向け、悲しさを全面に出した様子で小さく項垂れた。


「か、」


「かっ」


「「「かわいいーーーー!!!」」」


「爆豪何したの!」


「ア?飯食っただけだわ」


 爆豪の側には真っ赤な麻婆豆腐。その刺激臭が嫌だったのだろう。名前は目を嫌そうに細めると鼻をぶしっと鳴らした。集まる女性陣の批難の目。だが、名前はそれが狙いだったのか口角を上げ、ふっと男性陣にしか見えないよう笑った。報復である。


「よく見ろや!!ほくそ笑んでんだろうが!!」


「猫というよりは小鬼だな」


「そんな事ないよねー」


「ニャウ」


「謝んなよー」


「そうそう。こんなに可愛いのに」


 名前も謝られ待ちか、爆豪を見ている。爆豪も猫に怒っていることがバカらしく感じ始めた。


「チッ、こっちこい猫」


「ニャウ」


「目の前で飯食って、わ、悪…かった」


 な訳がなかった。


「なんて言うわけねぇだろうがクソ猫がァァ!!!」


「ウ”ニャーーー!!!!」


 批難の目で見られようが、そんなことに屈する爆豪ではない。爆豪は名前の首を掴むと一本釣りのように上へと掲げた。


「誰か箱もってこいや!!」


「ガルルル」


「猫とは思えねぇ声出してんぞ!!」


 だが、名前も猫になったからとは言え、そうやすやすと負けを認めるような玉ではない。掲げられた名前は「グッ、ゲホッ」と喉を詰まらせたような声を出し、真下にある爆豪の頭へと毛玉を吐き出した。


「捨て身だな」


「だあああ!!きったねぇな!!外に放り出すぞテメェ!!!」


「ニャッニャッニャッ」


「完全に笑ってんぞ」


 こうして猫と爆豪の取っ組み合いが始まった。


「止めろ止めろ!」


「やめないか爆豪くん!!相手は猫だぞ!」


 切島や飯田が爆豪を宥めるも取っ組み合いは止まらない。


「知るかボケェ!!」


「普段喧嘩なんてせんのに」


「いつもは名前さんが応じませんもの。今は猫寄りだからでしょうか」


「それ猫なら同レベってこと?」


「たぶん」


 困ったね、と麗日、八百万、耳郎が眉を下げる。だが、勝敗はそれほど時間を掛けずに決した。勝者は爆豪だった。なんせ相手は猫である。とはいえ、傷の多さも爆豪だった。


「猫風情が人間様に楯突いてんじゃねぇ!!!」


「誇んな誇んな」


「ニャウ…」


 名前は少し悲しそうに鳴いた。クラスメイト達の目線がまたも爆豪に集まる。


「あああ!うっぜぇなその目やめろ!」


「仲良くしたらいいのに。したいよねー?名前ちゃん」


「ニャウ」


「…チッ」


 じっと爆豪を見る名前。爆豪は仕方なく、名前に向かって軽く手を出した。名前が軽く擦り寄る。


「仲直りしたみたいやね」


「ゲェッ」


 鼬の最後っ屁とでもいうのだろうか。名前は自分の顎下を撫でる爆豪の手に毛玉を吐いた。


「クッッッッソ猫がァァァァ!!!」


「ニャフッ」


「あっ!」


「外出たぞ!」

 
 名前が少し空いていた扉の隙間から廊下へと逃げ出した。まずい、と生徒達がそれを追おうとした時、外から勢いよくその扉が開かれた。
 

「びっくりした。どうしたの?」


「えっ!!!」


「ん?」


 そこに立っていたのは名前だった。


「あれ!?猫は!!?名前ちゃん猫になっとったんやろ!?」


「猫?なんの話?」


 心当たりも無さそうにキョトンと首を傾ける名前。生徒達はあんぐりと口を開けた。そして、相澤の個性が効かなかった理由を知る。


「なんで朝いなかったの?」


「家に荷物取りに行ってたの。オールマイトさんと」


「んだよー!普通の猫だったのかよ!」


「えっ、でもめっちゃ返事しとったし、あの子完全に名前ちゃんとおんなじ性格やったのに」


「解散解散―。爆豪だけじゃなく、俺ら全員猫に遊ばれたなぁ」


「ふふっ」


 各々、落胆しながら自席へと戻っていく。名前ももちろん同じように。だが、自席の一つ手前、轟の横で腰を曲げた。


「にゃあ」


「お前……」


 一瞬、ほんの一瞬、名前の頭に灰色の耳があるように見え、轟は目を擦った。だが、次に目を開いた時、そこにいたのはいつも通りの名前だけだった。



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