俺には今、気になる人がいる。いや、はっきり言ってしまおう。恋をしている。遅ればせながらの初恋である。

 何としてでも雄英に入ろうとがむしゃらに勉強に励み、無事入学を果たしたというのにレベルの高さに毎日毎日、勉強、勉強、勉強の日々を送っていた俺のまさかまさかの出会い。高校生ってのはもっとキラキラしてるものじゃないのか、そんな事を疲弊しながら歩いていた時、出会ってしまったのだ。ぶつかった俺に、怒りもせず微笑んだ彼女を。これは、もはや運命的な出会いでは無いだろうか。


「顔ヤバ。またあれか、どうせヒーロー科女子のこと考えてんだろ?」
  

 顔に出ていたらしい。同じく普通科の級友に頭を小突かれた。


「うるさいな。別に良いだろ」


「横でニマニマされてちゃ気になんの。つーかさ、ヒーロー科忙しいらしいし、あの子体育祭3位だぞ。No.1ヒーローのとこにインターンしてるって時点で将来性は折り紙付。しかも美人」


「スゲェよなぁ」


「だーかーらー、付き合えたとしてもお前にかまけてる暇なんて無いんじゃねーのって言ってんのよ。そもそも付き合える可能性があるって考えるのも非現実だろ」


「まだ分かんねーだろ?話しても無いのに」


「そんだけ追っかけして話しかけてもねーのにびっくりだよ俺は。まぁ、反対するわけじゃねぇけど……そうだなぁ、心操にでも連絡先聞いてみれば」


 そうだ。俺のクラスには彼がいた。少し前に廊下で話しているところを見た事があるし、きっと仲がいいのだろう。聞く価値はある。俺、心操とあんま話したこと無いけど。

 すると、それを察したらしいさすが俺の頼れる級友は少し呆れた顔をしながらも近くにいた心操に声を掛けてくれた。


「なぁ、心操。名前さんの連絡先とか知ってる?」


「名前さん?知らないけど、何で?」


「いや、コイツが好きなんだって」


「なんで言うんだよ!!!」


「ふーん。悪いね、力にはなれそうに無い」


 心操でも知らないのか、と思うがミステリアスな部分があって、むしろ良い。あわよくば俺にだけでも教えてくれたりしないだろうか。俄然やる気が出てきた。


「なんか都合の良い事考えてんな」


 なんで分かるんだよ。とは口に出さず、行動あるのみ。自分の席を勢いよく立ち上がった。


「どこ行ったの彼」


「日課の観察。で、なんで教えなかったわけ?知ってんだろ?」


「本人に聞いてないってのと、単純に嫌がりそうだなって」


「なるほどなぁ」


  ーーーーーーーー


 少し離れたA組の教室。空いた扉から隠れて中を見る。


「はぁふ」


 彼女がいた。


「名前さん…!」


 眠いのか欠伸をしている。隙が無さそうなのに、意外と抜けているところも魅力的だ。さ!行くぞ。そう意気込んだ時、タイミングを合わせたかのように1人の男が彼女に歩み寄った。


「轟ぃ!!」


 何故俺が今まで話しかけられなかったのか。その理由には彼が関係していた。なんせ、いつも彼女のそばにいるのだ。もはや番犬。ただでさえ、彼女と話すことを考えれば緊張するというのに、奴に見つめられでもしたら話しにくいことこの上ない。


「またいる…!」


 そんな事を考えていると、轟はあろうことか本格的に眠ろうと机に突っ伏した名前さんの肩に上着を掛けた。そのまま彼女の前の席に座って、別の生徒と雑談を始める。


「(なんだその王子様ムーブは!!!)」


 様になるその姿がなんとなく悔しくて、俺はそこで喋ると迷惑だろと心の中で毒づいた。


「どけ」


 言葉にしていないつもりだったが、出してしまっていただろうか。首を傾げていると、背後から「邪魔だっつてんだよモブ!!!!」と怒号が飛んで来た。後ろを振り向くと、そこには体育祭1位の爆豪がいた。


「す、すいまっせん!!」


「チッ」


 こ、こえええ。すぐさま道を開ける。すると、彼の声で起きてしまったのだろう名前さんが眉を顰めて顔を上げたのが見えた。


「あ!」


 彼女と目が合う。だけど、俺に喜ぶ暇なんてものは無かった。なんせ、クラス中の人が俺を見ていたからだ。途端に恥ずかしさが込み上げる。俺に出来ることはそそくさとその場を離れることだけだった。


「さっきの奴知り合いか?」


「ううん。でも最近よく見る」


 轟と彼女がそんな会話をしていたなんて、俺には知る由もないことだった。


「で、慌てて逃げ帰ったと」


「うるさい」


 相棒の言葉から顔を背ける。すると級友は呆れたように首を振った。


「お前ストーカーだぞ今のところ」


「ちげーよ。今のところ純愛ハンターだ」


「それを世間じゃストーカーって言うんだよ」


「いや言わんだろ」 


 まぁ、いい。まだまだ話すチャンスはある。次の授業が終われば今日はお昼。名前さんは大抵、食堂で食事を済まのだ。上手くいけば会話が出来るかも。


「掴めなかった…!」


 そんな幻想はすぐに打ち砕かれた。


「うわっ、びっくりさせんなよ」


 名前さんを見つけた俺は咄嗟に彼女に駆け寄ったが、彼女は壁側、隣には既にあのにっくき轟がいた。仕方なく一つ隣のテーブルに座る。そのせいで彼女とは2列ほど離れてしまったが、それはそれで良いこともあった。なんせ、ここからなら正面から彼女がよく見える。水でも取りに行った時に合わせて話に行けば良い。


「名前、これ食うか」


 人間、注意している音は耳に入りやすいもので、聞こえてきた彼らの声に顔を上げる。轟が彼女にざる蕎麦を差し出していた。いつも食ってんだろそれ。珍しくも無い選択を彼女が欲しがるとは思えない。


「ん」


 かと思いきや、彼女はそれを食べた。「美味しい」と答えると、今度は轟が「あ」と口を開ける。そして、名前さんが食べていたオムライスを一口掬って差し出した。


「な!?」


 持っていた割り箸がバキッと音を立てて折れた。


「なんでいつも欲しがるの?」


「一緒に食うと更に旨くなるらしいぞ」


「そ」


 騙されちゃダメだ名前さん。そんなこと自然にやる男はいねぇ。そんな思いで食べていたアスパラを噛みちぎる。その瞬間、轟と目が合ったような気がした。


「…」


「なんで燃えてんのお前」


 ならば移動教室の時はどうだ。時間は短いだろうけど、連絡先ぐらいは聞けるはず。


「名前さ、」


 教室から出てきた彼女に駆け寄ろうとした瞬間、隣に憎き相手である轟が並んだ。ぐっと言葉を止めて、廊下の端で様子を伺う。

 すると、扉の前で、名前さんが上着を着ようと、腕に持っていたジャケットを片手で広げた。認めたくは無いが、轟が阿吽の呼吸ですぐさま彼女の手荷物を取る。そしてもう片方の手を首下に這わせ、彼女の長い髪を持ち上げた。無事両手でジャケットを着た名前さんが笑顔を浮かべ、耳元に唇を寄せ、何かを言う。少し頭を寄せた轟も目線を合わせ、その目元を緩めた。


「…アイツ笑えたのかよ」


 教室も廊下も食堂でも話せなかった。ならば帰り道はどうだ。寮まで送るとなれば、轟も気を利かせてそばには来ないだろう。俺は意を決し、A組を尋ねた。


「あの…名前さん居ます?」


 入り口にいた蛙っぽい子に尋ねれば、さすがヒーロー。理由も聞かず、快く答えてくれる。


「名前ちゃんならさっき下に行ったわよ。まだ外に居るんじゃないかしら」


「ありがとう!!」


 廊下を駆け、言われた通り下へと向かう。早る気持ちに背を押され、窓の外を見ると大きな木のそばに名前さんがしゃがんでいるのが見えた。


「名前さん!」


 空いた窓から顔を出して名前を呼ぶ。彼女の顔がゆっくりと上がった。だが、またあの男。轟が視界に入り込む。俺は咄嗟に頭を下げた。


「名前、帰るぞ」


「ん?りょーかい」


「どうした」


「今、誰かに呼ばれたんだけど」


 今、行かずしていつ行くのか。このままでは仲良くなったとしてもずっと轟が近くにいる事になる。覚悟を決めて顔を上げた時、俺は見てしまった。


「名前…」


 重なった二人を。


 彼女の名を呼んだ轟の手は白い頬に添えられていて、身長差のある筈の二人の顔は同じ位置にある。木陰の中に顔を上げた名前さんと腰を少し曲げた轟の姿はとても絵になっていた。


 一瞬、呼吸が止まった気がした。しばらくして、ドクドクとうるさいほどに心臓が鳴る。俺はその場からただ静かに離れる事しか出来なかった。



「…髪に埃ついてたぞ」


「ありがと」


 
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