2人の若い男女がハァ…ハァ…と息を切らせながら恐る恐ると廃村を進んでいく。手には心許ない小さな懐中電灯が一つ。手の揺れが小さなヘッドを揺らし、震えた足が腐り落ちた木々を踏むたびに嫌な音を立てていく。


「早く帰ろうよ…」


「まだ見てねぇだろ?」


 帰ろうと腕を引っ張り急かす女を男が宥め、2人は村の奥にある祠へとたどり着いた。ギィー…ッと嫌な音を立てて、戸が開かれる。瞬間、男の姿が消えた。


「え、」


 唖然とする女が恐怖に懐中電灯を落とす。傾いた電灯は床をころころと転がり、壁を照らした。何かがいる。動く光がその何かを照らした時、絹を裂いたような女の悲鳴がこだました。


『キャァァァアァァ……』


「こういうのって大体、カップルが先に死にますよね」


「んー」


 予想通り壁に映った映像の中から残った女が消え、次の場面に。さっきまでのおどろおどろしい雰囲気は消え、廃村が人の手によって開発されていく。そして、解体される衝撃で祠から人形のようなものが落ちた。きっとアレを誰かが拾って、ここから被害者が増えていくのだろう。読める先の展開にホークスは「あーあ」と声を出した。 


「触っちゃいかんばい」


 名前ちゃんがズズズとストローでジュースを吸い上げる。俺も欲しくなって、あ、と口を開けると新しいジュースの缶を手渡された。それじゃ無い。めげずにもう一度口を開くと、渋々といった感じで彼女の飲んでいたストローが差し込まれた。


「うるさい。静かに観て」


「はーい」


 もう分かると思うが、俺と彼女がいるのは暗く蒸し暑い森でも腐りかけた廃村でもなく、空調の効いた眺めの良い部屋の一室だ。窓から入れるし、メディアに張り込まれる心配もないとの理由での最上階。ここなら誰かの目を気にする必要も無く、存分にデートができるのである。

 今観ている映画は、最近流行りだとホラー好きのサイドキックから教わったホラー映画。休みになる度に様々なジャンルのホラーを見漁る彼に「こればりえずかけん、オススメばい」なんて鼻息荒々しく言われちゃ、気にはなってしまうもので、久しぶりの休みに映画好きな名前ちゃんを呼んで鑑賞会をすることにしたのである。決して、そう、決して「えずがった彼女が抱きついてくるとが愛らしゅうて愛らしゅうて」と続いた言葉が羨ましかったからとかでは無い。


「ネコちゃん怖い?」


「べつに」


 その言葉に嘘はなさそうで、隣に座る名前ちゃんはボケーっと映画の続きに目をやっていた。暇だ。手持ち無沙汰に彼女の脇に手を差し込み、持ち上げて膝に乗せようとすると、彼女がべしっと俺の手を叩いた。


「やだった?」


 嫌ではないだろうなとは思いつつもそう尋ねる。本当に嫌なら俺は今頃張り倒されてる。それを理解しているからこそ、許されていることが分かるのだ。手を差し出せば、もう一度、払われる。諦めを見せるようにわざとらしく手をあげると名前ちゃんが立ち上がった。


「ちょっと待ってて」


 映画を止めて待つ。名前ちゃんは隅に置いていたもこもことしたブランケットを持って戻ってきた。腕を開いて待つと、そこに敷かれる。てっきり膝に乗った彼女の上に置くのだと思っていたものだから、なんか違くないですか?と目で訴え、首を傾げると誤魔化すように彼女もそれを真似て首を傾げた。可愛い。


「そう敷くの?」


「うん」


 その上に彼女が座った。


「なんか椅子感強くないです?」


 顔まで覆われればただの椅子になりそうだ。いちゃいちゃしたいんですけど、とむっとしながらブランケットを乗せられた両腕で彼女を包む。だがそれももこもことした布の隙間から彼女がもぞもぞと頭を抜け出したのを見て、一瞬で消え去った。まるで、抱卵しているようでむくむく愛しさが溢れる。


「何それ。ちかっぱかわいかね」


「ちか…?何でもいいけど前見えない」


 無意識に囲いたい欲が出ていたらしい。慌てて無意識のうちに彼女を包もうとしていた翼を開く。すると、名前ちゃんはその中でポップコーンとジュースを乗せた容器を抱えて、映画を再生させた。このブランケットといい、プロジェクターといい、何度かの鑑賞会を経て知らず知らずのうちに増えていった彼女の為の映画セットに自分でも苦笑してしまう。居座らせる気満々じゃないか。まぁ、そうなんですけど。


「電気消してよか?」


「うん」


 全く怖がる様子がない。むしろ、早く早くと急かすようなネコちゃん。羽を一枚飛ばし、電気を消した。しばらく2人して黙って映画を見る。確かにサイドキックの彼の言った通り、その映画はよく出来ていた。音もカメラワークも色もじわじわとこちらの恐怖を煽ってくる。が、俺も彼女もそれほどホラー耐性が無いわけじゃない。驚きはするものの、彼女が抱きついてくる様子はない。

 たまーにちょっかいをかけてみるけど、ネコちゃんは意に返すどころか、ガン無視。仕方なく、いちゃいちゃするのは諦めてぎゅううっと力を込めてもこもこの物体を抱きしめた。


 そして、映画も中盤に差し掛かった時、俺は背中の張りを感じて、伸びをしようと翼を少し動かした。ネコちゃんは真剣に観ているようだから出来る限り静かに。が、ソファの背に乗せてあったリモコンに羽が当たって、座面に落ちてしまった。ガシャンッと音がして、抱き締めていたもこもこがビクッと跳ねる。


「……」


 もしかして、と思い悪戯心と可愛いもの見たさでエアコンの温度を下げた。丁度、映画の中でも幽霊が出るだろうシーンが近づいてきている。徐にパッケージを拾って、自分の前で見た。まぁ、つまり彼女の前でもある。それには次はお前だ的なよくあるキャッチコピーが書かれていた。


「この映画、パッケージ怖いよね」


「ん」


 もうしばらく映画を見る。羽を飛ばしてキッチンのライトを着けた。ビクッと跳ねたもこもこから目を丸くしたネコちゃんが現れ、俺を振り向いた。


「わ、なんか着いたね」


「……」


 やったの俺だけど。名前ちゃんはぴしっと固まって俺の胸に深く体を預けてきた。そんな彼女を見て、ついにやける顔を彼女の後頭部にあるブランケットに埋めて隠す。


「どうしたのネコちゃん」


「…温度下げた?」


「寒い?」


「寒くはないけど」


 名前の返答に疑問で返して誤魔化すと名前ちゃんが俺の手を取って、自分をしっかりと抱き締めなおした。


「ん”ん」


 絶対に俺のネコちゃんが1番可愛い。羽を動かして玄関に続くドアを開けた。耳のいい名前ちゃんがピクッと一度動いて、ピシリと固まる。自分は聞こえないフリだ。


「ンー?怖くなっちゃいました?」


「…怖い」


「ぐっ」


 そんな素直に言うとは思っていなかったものだから、可愛いやら色々な感情ではち切れそうになる。名前ちゃんはもぞもぞと動いて横を向くと、俺の肩に頭を乗せた。何とかしてと言わんばかりに首元にすりすり、いやぐりぐり擦り寄ってくる。


「もーー、何それ。俺のネコちゃんばり愛らしかばい。ね、顔上げて」


 不愉快そうに眉を顰めた名前ちゃんが顔を上げた。ちゅっちゅっ、と顔中にキスを落とす。


「大丈夫」


「ドアが」


 名前ちゃんの恐怖をかき消すように言葉の途中で唇にキスをする。


「怖くないよ」


「…もしかして」


 彼女に見えるよう空中に羽を上げる。むっとした名前ちゃんが俺の首に噛みついた。


「イタタッ、ごめん、ごめんネコちゃん。そんな怖がると思ってなかったから」


「知らん」


「アタタタッ、ちょ、ホントに痛い」


 ギリギリ肩に噛みついてくるネコちゃん。血が出てる気がするが、そんな事などどうでも良くなるぐらい可愛いのが見れたし、満足だ。にやけた顔からそれが伝わったのか、口を離した彼女が苛ついた様子で立ち上がろうとして、慌てて抱き止めた。


「待って待って、ごめん」


「いや」


「ごめんね」

 
 ちゅーっと尖った唇にキスをする。が、まだ顔は晴れない。


「…もし本当に出たら」


「うん。俺が倒すよ」


「どうやって」


「塩投げて?」


「私の方がパワーある」


「確かに」 


「でもすり抜けるよ」


 彼女の様子から察するに、物理が効かないから怖いらしい。裏を返せば物理が効くなら倒せるということになるけど。俺はなるほどなぁと彼女の頭を撫でた。


「ホークス囮にして逃げる」


「ひどくない?」


 笑いながらネコちゃんの頭にキスをして、顔を手で挟み込んだ。 


「ごめんねネコちゃん。どうしたら許してくれる?」


「…お風呂一緒に入ってくれたら」


「喜んで」


 多分、本気で風呂場が怖いのだろうけど、この加護欲はいかに。むしろご褒美じゃないかと唇にキスすると「やっぱりバーゲンダッツ買ってきて」と不機嫌そうに訂正されてしまった。今度は俺の方が慌てて彼女の首元に擦り寄る。


「お風呂で一緒に食べましょ?」


「嫌。外で座ってな」


「ホント、スミマセンデシタ」

 
 
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