夜の兎 | ナノ


▼ 13

 
 授業を終え、少しの休憩時間を開ければ、すぐに夕食の時間となるハイツアライアンス。オールマイトに呼び出されていた3人が到着した頃にはすでに夕食のいい香りが寮の外まで漏れ出していた。


「何してたんだ遅ェーーーーーーよ、謹慎ボーイズ&未遂ガール」


「未遂ガールって何?」


「お前の場合、バレてないだけだろうなってコト」

 
 失礼な。真偽はさておき、不名誉な呼び名で一括りにした瀬呂の腹部を名前が軽く突く。


 ドスッ


 突いただけとは思えない音と同時に瀬呂は崩れ落ちていった。


「ぬぉおお」


 お腹を抑え、悶絶する瀬呂を見下ろした名前。そして一言。


「ウケる」


「鬼かッ!!」


「早く手伝わねーと肉食うの禁止だからな」 


 入り口付近に立ったままの3人に食器を持った上鳴が呼びかける。調理をしていた砂藤が名前の姿を見て「やべ、」と漏らした。


「足りるか?名前に肉全部食われそうだな」


「狩ってくる?」


 腕をぶんぶんと振り回し、答える名前。なぜかその背後に木に刺され、回される生肉の幻想が見えた。


「え?今なんか買うじゃない方に聞こえたんだケド」


「え?」


 「買う?」「狩う」互いに首を傾げる上鳴と名前。その隣に立っていた緑谷は夕食を任せてしまった事に「そ、そうだよね」と返事をし、慌てたように走り出した。


「すぐやるね!」


「肉を禁じたらダメに決まってんだろうがイカれてんのか!!」


 ポケットに手を突っ込んだまま中へと歩き出す爆豪。


「ええ…」


「ヤベェ人じゃん…」


 瀬呂、上鳴が引いた目を爆豪に向ける。


「嫌なら手伝えよ」


 そして、切島が声をかけた。


「へーい」


 自分もするかァ…とそれに返事をし、名前もキッチンへ向かう。そして置いてあった人数分の皿を半分にし、両手に持った。すると丁度、それを持って行こうとしていた蛙吹とはちあった。


「手伝うわよ名前ちゃん」


「え?へーきだよ」


 これぐらいの物、重くともなんともない。石をめ貫く腕には紙のようなものだ。それはすでにクラス中が知っているはずのことで、まさか「手伝うよ」と言われると思っていなかった名前は首を傾げた。それににっこりと笑いかける蛙吹。


「あなたがとても力持ちなのは知ってるわ。でも、だからって一人で持たなくてもいいのよ」


 手伝って貰わなくても平気だ、と断ることももちろん出来た。だが、微笑んだ蛙吹の態度がただ善意に溢れていたから、慣れないそれに断る気もとんと失せてしまう。名前は片手の分をキッチンのカウンターに置くとその上から3枚だけを取り、蛙吹の掌に乗せた。


「…じゃあこれ」


「ふふ、ありがとう」


 嬉しそうにお礼を言う蛙吹に名前は首を傾げた。


「何でありがとう?」


「名前ちゃんったらいつも頼ってくれないもの」


「ふーん」


 頼らせたのはどっちだとか、そっちがお礼言うんだとか、名前はそう思ったが、何も言わなかった。ただ、不思議な人だなと思った。


「ニラ切った奴誰だ!」


 繋がったニラを摘んだ爆豪が手を掲げる。


「俺だ!」


 名乗り出たのは轟だった。


「姉ちゃん泣くぞ!!」


 名前は同じ料理できない同士としてグッと親指を立てた。


 グッ


 轟も返す。


「グッじゃねぇよ!料理ザコども!」


  ーーーーーーーー


「では!”インターン意見交換会”兼”始業一発気合入魂鍋パだぜ!!!会”を始めようーーーー!!!」


「カンパーイ」


 冬といえば鍋、鍋といえば冬。新年初めて揃ったA組、1発目の食事は鍋である。


「シメは?」


「まだ食ってねーのにシメの心配すんな」


 呆れる瀬呂の視線も気にせず、辺りをキョロキョロと見渡す名前。その前には大皿がどーん、と置かれていて、隣の口田がせっせと名前の手の届かない位置にある肉や野菜を投入してやっていた。


「切島くん!肉ばかり食べるんじゃない!」


「飯田鍋奉行だー!」


 鍋奉行=鍋を仕切る人=イッパイタベラレル、の公式が頭に浮かぶ。名前はピクッと動きを止めると大皿片手に手を挙げた。


「私やりたい」


「テメェが鍋奉行なんざしたら食いモン消えるわ!!」


「座っててくれぇー!」


 隣に座る轟の奥で悲痛な叫び声を上げる峰田に比例し、せっせと食物を皿に放り込む口田。


「ちぇ」


 アウェーをくらい、口だけで拗ねる名前の向かい側で寒さに沁みる鍋の旨さに切島が声を上げた。


「くー!寒い日は鍋に限るよなァーー!!」


「暖かくなったらもうウチら2年生だね」


「あっという間ね」


「怒涛だった」


 耳郎の言葉に同意する蛙吹、麗日。


「後輩できちゃうねぇ」


「ヒーロー科部活ムリだからあんま絡み無いんじゃね」


 そう言った葉隠に上鳴が返す。ここは倍率70を超える雄英高校のヒーロー科、入ってくるのも実力者ばかりだろうと上鳴は続けてがっくりと頭を後ろに落とした。


「有望な奴来ちゃうなァやーーーだーーー」


「有望な奴?」


 話半分に聞いていた名前もその単語に顔を上げる。


「やめろやめろ。反応すんな。喧嘩とか売りに行くなよお前」


 瀬呂がビッと箸で差す。名前は一度、ジトッとした目を瀬呂に向けると腕を横に振った。ヒュンッと空間を切る音がして、箸に摘まれていた肉団子が真っ直ぐに瀬呂の口へと飛んでいく。


「ムガッ」


「アンタ私の事どう思ってるの??」


「ゲホッ、ゴホッ、殺す気か!!」


「大丈夫、蘇生したげるヨ。はいザオラルザオラル」


「それ確率で失敗する方じゃねぇか」


 瀬呂を無視し、パクパクと豆腐を口に放り込む名前。


「なんかコイツが言うと出来そうなんだよな…」

 
 上鳴が引き気味にそう言った時、とうとう峰田が声を上げた。


「名前のペースが早すぎる!やっぱコイツだけ別の鍋用意しとくべきだったんじゃねぇか」


 すでに大皿の中身はなく、鍋へと手を伸ばしている名前。


「白滝食わせとけ」


「そうしろそうしろ」


 爆豪の言葉に近くに座る瀬呂と上鳴がゲラゲラと笑いながら同意する。


 ヒュンッ


「ムガッ」


「ゴブッ、アツッァ!!」


「ンダっテメェ!!」


 白菜と豆腐、そしてネギが空中を飛び、3人の口にジャストミートした。


「学べよお前ら」


 呆れる切島。


「私、高級志向ヨ。マオニー寄越せ」


「それでいいんだ……」


 大して変わらなくね?という言葉を飲み込み、切島はマオニーの入った袋を名前側の鍋の隣へと置いた。


「君たち!まだ約3ヶ月残ってるぞ!!期末が控えてる事も忘れずに!」


「やめろ飯田鍋が不味くなる」


「峰田目コワッ」


 水を差すような飯田にカッと目を開き、深海魚のような目を向ける峰田。「ヤメロそれ」と肩を揺らす名前の隣で轟が首を傾げた。


「味はかわんねぇぞ」


「おっ…おまえそれもう天然とかじゃなくね…!?」


「皮肉でしょ。”期末慌ててんの?”って」


 鍋をよそう耳郎の解説に峰田はくわっと目を見開いた。


「高度!!」


「名前しらたき食うか?」


「マオニーがいい」


 と言いつつも皿を差し出す名前。先ほどの会話からもそれ系が好きだと解釈した轟はてんこもりよそってやった。


「……」


「ブフッ」


 瀬呂、上鳴の笑い声。名前はズルんっとそれを一口に口に含むと、ゴキュッと並の嚥下ではない音で飲み干した。


「2人とも?私が注いであげる。残すのは無しだよ」


 皿を無理やり奪い取り、よそう名前。2人がほっと一息ついた瞬間「オットー」とわざとらしい声を上げた。


 バッサァァ


「アーーーッ!!!」


 一味、一本丸々使い切った二つの皿はすでに血の海で、見るだけで唇が腫れるような気さえしてしまう。瀬呂、上鳴は「ギャァァ」と叫んだ。


「何やってんだー!!」


「食えヨ」


 メキィッと割れてはいけないところで二つに割れる割り箸。微笑みを浮かべ、細まる瞼の隙間から見える赤い瞳は「食えないわけないよネ??」と2人を脅した。


「「スミマセンデシタ」」


 その圧に負け、泣きながら咀嚼する2人。


 カシャッ


 名前は泣く二人の写真をひらひらと振り口角をあげた。


「揺すりネタゲットー」


「悪魔がいんぞここに」

 

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