夜の兎 | ナノ


▼ 12

 
「名前少女。ちょっと」


 披露を終え、更衣室へと向かおうとする足を呼び止めるオールマイト。名前が後ろを振り向くと、物陰に隠れたオールマイトがちょいちょいと手招きをしていた。


「どうしたの?」


「悪いね。この後、いつものところに来てくれるかい?」


「いいよ」


 きっと個性か、AFO関係。多分、本来なら自分は聞かなくとも問題の無い話だろうが、他でもないオールマイト自身が聞かせておいた方が良いと思っているのなら断る理由もない。名前は一つ頷いた。


「でも気をつけた方がいいヨ、オールマイト。今、すごくアヤシイ」


「え!」


 隠し事の苦手なオールマイト。コソコソしていてもどこか目立つ。言葉がどうとでも取れるものだから尚更。もしも相澤がこの場にいたならきっと「……事案ですか?」と本気かも冗談かも分からない言葉を放っていただろう。オールマイトに限ってそんなことはあり得ないだろうが。

 名前は固まるオールマイトに「ジョーダンだよ」と言うと「名前―!行こー」と自分を呼ぶ芦戸の方へと歩いて行った。


  ───────────────

 ガラガラガラ


「もう終わっちゃった?」


 仮眠室の扉を開ける。そこには既に爆豪、緑谷の姿があった。


「来たか。ごめんね、疲れてるだろうに」


「へーき」


 昨日、イレイザーヘッドの名で誰かが体育館の一つを借りていたことを知っていたオールマイトはてっきり名前だと思っていたばかりに少し驚いたが、何も言わない名前を見て、私が言うことじゃないか…とそれを心に留め、微笑んだ。


「早速だがこれを見てくれ」


 オールマイトが机の上に一冊のノートを置く。


「ワン・フォー・オール、歴代継承者の詳細を可能な範囲で纏めておいた。残念ながら2、3代目に関しては手がかりも見つからなかった。時代とワン・フォー・オールの性質が相まって記録から探るのは不可能だった。”個性”が宿るとわかっていれば歴代も何かしらの形で残していただろうが…」


「どーでもいーから話ィ進めろ。俺の貴重な時間をあんたらに割きたかねーんだよ。つーか、テメェもっとそっち寄れよ」


 ソファの左端に片足を上げ、尊大な態度で座る爆豪。その真ん中で脚を組む名前。端で小さく座る緑谷。爆豪はもっと向こういけやと肘で名前を押した。


「このソファ3人がけなのに?」


 肘を上に抜き、押してくる肘を避ける。そして、名前はノートに手を伸ばすとそれを片側を持ち、重力で自然と落ちるページに目を通した。


「黒鞭ですが、まだ1秒くらいしか持続できないので瀬呂くんや相澤先生のようには扱えませんが補助能力として既に強力な”個性”だと思います」


「強力?」


 緑谷の言葉を確認するようにもう一度名前が繰り返す。


「えっ、違うかな」


「おい、怪力女。それ貸せ」


「ん」


 受け取った爆豪は鞭の個性について書かれたページを開いた。


「あれ以来歴代との接触はないんだね?」


「はい」


「第五代継承者ラリアット、本名・万縄大悟郎”個性”黒鞭、身体から放出するヒモ状のエネルギーで捕縛と空中機動を得意とした。こいつもそーだがどれも特に強ェ”個性”持ちってわけじゃねンだな。聞いたこともねェ奴ばっかだしよォ」


 一通り読み終えた爆豪が言う。緑谷は驚きに目を大きく見開いた。


「え…めちゃくちゃ凄い”個性”だらけじゃない…!?」


「てめーは”個性”なら何でも凄ェんだろが、ザコ価値観が!」


 実際、相澤や名前はサポートアイテムを使い、黒鞭でできることを個性なしで行なっている。爆豪と同意見だったために、緑谷に聞き返したのだ。


「それ色んな方面にひどいよ…」


「爆豪少年の言う事も間違いじゃない。AFOはワン・フォー・オールに固執していた。今では考えられない程に悪が力を持っていた時代。AFOは強い者を徹底的に潰していった。歯止めの効かない悪意と支配がそれを可能にしていたんだ」


「地獄の中をもがき…息絶える中、歴代はこの力に未来を託し紡いできた。彼らは”選ばれし者”じゃない。繰り返される戦いの中でただ”託された者”であり、”託した者”だった」


 ゴクッと唾を飲む緑谷。 


「…どーりでどいつも早死にだ」


 神妙な雰囲気になる中、名前だけが頬を薄ら赤く染めていた。他人の為に何かを成し遂げようとする彼らが長生きなわけがない。それは自身の生きた経験故の持論でもあった。だから死没までの年齢を見てもそう驚くこともない。緑谷の中に集まるいくつもの小さな美しい魂の輝き。同じ個性を共有しない自分には分からないはずなのに、名前はそれを匂いで感じ取った。


「……何つー顔してんだお前」


「君たちってホントに美しいよねぇ。私、そういうの大好き。弱い人間がさぁ何かのために歯食いしばって戦って、思い全部託すなんて。強いねェ、綺麗だねェ」


 机のノートを見つめたまま、名前が言う。


「名前さん?」


「そうだ」


 緑谷の呼びかけに勢いよく顔を上げた名前は目の前の緑谷の手に腕を伸ばし、それを両手で握り込んだ。驚きに咄嗟に手を引いた緑谷だが、その手はまるで逃がさない、とでもいうような強い力で握られていて、抜け出すことはできない。


「ね、ね、緑谷がそれぜーんぶ使えるようになったらさ、私と戦ってくれるよね?間近で見たいの」


「ヒェッ」


 真っ赤な顔で狼狽える緑谷に興奮から徐々に距離を詰めていく名前。


「ね?お願い」


「とっとと離れろや!話進まねぇだろ」


 それを止めたのは他でもない爆豪だった。ガシッと名前の後ろの襟を掴み、引き寄せる。それでも尚、恍惚とした顔のままの名前にオールマイトは苦笑いを浮かべた。


「い、いい競争心だ」


「で!?次はクソナードに何習得さすんだ」


「円滑……」


 逸れかけた話をすぐさま軌道に戻す爆豪。勝手な人間に見えて、そういう真面目さも持っているのである。


「てめーらがすぐ横道逸れンだろ!」


「浮遊、お師匠の”個性”だ」


「勝った!!」


 カッ!!と爆豪が勢いよく言い放つ。耳元で叫ばれた名前はすでに落ち着きを取り戻していたようで、いつも通りの様子で不快そうに顔を歪めた。


「俺ァ爆破で浮ける!!てめーは俺が既に可能なことに時間を費やす!その間インターンで俺ァ更に磨きをかける。つまりてめーより先にいる!Q.E.D!!」


「今の一瞬でそこまで考えたの?流石だネ」


「んだとコラ!!」


「そっ、それはまずい。すぐ習得して追いつくよ」


 素直な緑谷がそう返すが、負けん気マシマシの爆豪が応援の言葉などかけるわけもなく。


「どーせまたパニクって暴発して死ぬ!!」


「いや、黒鞭で要領は把握してるわけだ「死ぬ!!」」


「揺るぎない…!」


 2人の会話の間で笑顔を浮かべる名前。


「(個性の要領…)」


 人間を理解しきれないのと同じで、個性がない名前には個性の要領というのは分からない。緑谷のように授かる予定も無く、今後もきっと理解することはないだろう。ただ、その時ふと「個性が有ればもっと強くなれたのだろうか」という言葉が頭をよぎった。ただの想像。別に本当に個性が欲しいわけじゃない。ただあったらもっと強くなるんだろうか、というだけのもの。


「個性ってなんか楽しそうだね」


 名前はただただ思ったことのようにそう言った。


「テメェの個性、結局なんだ」


 複数の「”個性”」を指しているのではない言葉が引っかかった爆豪が尋ねる。


「ああ、私、無個性」


 自然な様子でそう言い放った名前。その瞬間、爆豪がその胸ぐらを掴み上げた。立ち上がる2人。


「ッテメェ、ふざけてんじゃねぇぞ。んなつまんねー冗談、」


「冗談?何で?」


 首を傾げる名前。そしてピンと来た。


「─ああ、分かった。私に勝てないからデショ。無個性に負けるのが嫌なの?」


「アァ?」


 爆豪が更に首を絞め上げる。名前は揶揄うように爆豪の腕に手を添えた。


「爆豪少年ッ!」


 オールマイトと緑谷がと目に入るが、2人は見合ったまま。


「でも残念、私には個性なんて無い。立ち塞がってるのは、ただの無個性だよ」


 小さく、爆豪だけに聞こえる声で名前はそう言った。


「…パワーは」


「体質」


「個性じゃねーんか」


「違うね」


「…チッ」


 パッとその手を離す爆豪。オールマイトと緑谷は安心したようにほっと息を吐いた。


「あれ?戦わないの?爆豪だったら圧勝だゴラとか言いながら勝負ふっかけてくるかと思ったのに」


「望み通り授業でボコボコにしてやんよ。テメェの個性なんざ関係ねぇ、俺がNo. 1になるのは決まってる。テメェは踏み台よ」


 きょとん。そんな文字が浮かぶような。名前は呆気に取られたような顔をした。


「爆豪も今よりもっと強くなったら私とやろうね」


「今やってやるわ」


「今はいいや」


「アァ?!」


 和やかな雰囲気に変わったことでふと名前の告白を思い出し、驚くオールマイト。


「ゴフッ、ここに来て!しょ、衝撃の事実…!」


「ははっ、初出し情報じゃ無いけどね」











あとがき
 主人公の経験値が生半可に得たものじゃ無いことがわかるし、爆豪なりに認めてるから無個性もギリ許せた。前に立たれるのは腹立つ。ただし半信半疑。




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