夜の兎 | ナノ


▼ 11

 インターンが始まり、休む間もなく冬休みが終わる。


「ふ、ぁ」


 昼食後の微睡の中、名前ははふっと欠伸を漏らした。


「まだ昼時だぞ名前くん!疲れるにはまだ早い!」


 すでにフルスロットルな飯田が目敏くもそれに気付き、ガシャコンと肘を曲げる。普段はそうそう感情を荒げ、表に出すことのない名前だが、眠い時は別とばかりに不機嫌そうに眉を顰めた。


「寝かせろヨ……」


 いつになく荒い口調で呟く。だが、そんなことにへこたれる飯田では無い。


「ダメだ!今日の授業は実践報告会だ。冬休みの間に得た成果・課題等を共有する。さぁ皆スーツを纏いグラウンドαへ!」

 
 片腕を反対の脇に、そしてもう片方の腕を頭上に持ち上げ、グラウンドを指す飯田。その時、ガラッと勢いよく扉が開いた。


「いつまで喋って──」


 冬前とは違い、すでに準備を終えた生徒達の変化に扉を開けた相澤が言葉を止める。


「先生―あけおめー!!」


 荷物を掲げ、外へ飛び出す芦戸に他の生徒達も続く。


「本日の概要伝達済みです。今朝伺ったとおりに」


「飯田が空回りしてねー」


 フルスロットルが故に空回ることも多い飯田だが、今日は違った。


「マニュアルさんが保須でチームを組んでリーダーしていてね、一週ではあるが学んだのさ…物腰の柔らかさをね!」


「あー」


「空回った」


「すぐチェーン外れる自転車みてェ」


 「物腰の柔らかさ」を文字通り捉えた飯田が腰をくねくねくとくねらせる。瀬呂が例えた飯田の様相を眠気眼を擦りながら名前が「言い得てミョー」と呟いた。


「乗るか?」


「うん」


 目を細め、半ば眠っているような様子の名前に見かねた障子が腕を出す。もちろん、断るわけもなく、名前は「掴まれ」と触手から伸びた口の言葉に甘え、それを支えに障子の肩のあたりに乗った。


「ねむい」


「名前ちゃん、昨日もインターンやったん?」


 麗日がひょっこりと顔を出し、見上げて尋ねた。


「んー?昨日は違う……」


 「調整しただけ」そう続いた言葉は項垂れる頭と共に消えていき、側の障子の耳以外には入らなかった。


    ―――更衣室―――


「お茶子ちゃんコスチューム変えたねぇ!似合ってるねぇ!」


 月日が経てば新装備も増える。女子更衣室では互いのコスチュームの話題で持ちきりだった。


「名前さんはあまりコスチューム変えないんですね」


「まぁネ。体があれば戦えるから」


 個性を補助するようなサポートアイテムは一つも持っていない。あるのは包帯をすぐに巻いたり、外したりできる装備ぐらいなもの。元は自身で巻いていたことを思えば、無くなれば面倒ではあるものの、まぁ、無くとも問題は無い。名前はアイテムのボタンに指をかけた。


 しゅるしゅるしゅると肌を這うように手足に包帯が巻かれる。やはり便利。グローブを嵌め、次にマントを羽織り、最後に首にゴーグルをかければ、着替えは終わり。名前は先に着替え、というか服を脱ぎ終えた葉隠の隣に腰を下ろすと脚を組んだ。動きに合わせ、開いたマントと両方のスリットから隠れていた肌が見える。


「名前ちゃんのコスチュームは完全装備すると全身隠れちゃうね」


「まーね」


「でも、動くと出る脚がチラリズムなんだよねー」


 「下着どうなってんのー?」なんて言いながら稼働を邪魔しないよう、足の付け根から開き始める深いスリットに目線を落とし、わきゃわきゃと手を動かしながら葉隠が前のめりに顔を近づけた。


「ふふ、どこ見てんの」


「よいではないかーよいではないかー」


「なりませぬー」


「というかアンタは全裸じゃん」チラリズムどころかモロリズムな葉隠のお腹らしき場所を指でツンツンと突く。そんなじゃれ合いの最中、突然、麗日の叫び声が上がった。


「あーー!!」


 芦戸の持つ麗日のコスチュームから落ちた何かがポトっと床に横たわる。


「これって…」


「オールマイトの人形?」


 全員が見覚えのあるそれ。クリスマスで麗日が引き当てた緑谷のプレゼントだった。それにすぐさまピンと来た芦戸が嬉しそうに麗日を振り返る。


「やはり」


「違うの芦戸ちゃん!本当に…違うんだ。これはしまっとくの」


 ぴょんぴょん飛び跳ねる芦戸の手からその人形を取って、大事そうに戻す麗日。その時、どこからともなく送られる視線に麗日は「ハッ」として顔を上げた。


「へーーーー」


 ニンマリと笑った名前がいた。


「名前ちゃん!その顔やめてー!」



   ───────────


 女子の花園である更衣室を後にし、先に着替え終えていた男子陣に合流する。脚を止めずにそのまま進むと、鳥のトサカのように何かを頭に生やした緑谷とすれ違った。


「緑谷―?なんか刺さってるよ」


 すれ違いざま、ブチッとそれを引き抜く名前。手にしたものを見ると、爆豪の後部によく付いている飾りのようなものだった。詰まっていたものが突然抜けたことで、少しずつ緑谷の頭から血が溢れ出す。隣にいた尾白は「はわわわ」と緑谷を見た。


 ブシャッ


「脳漿がー!」


「ああ、ごめん」


「一言で済ますな!!」


 集まった生徒達が集合場所に向かう。中心でさぐるぐると回る機械の前にオールマイトが立っていた。


「わーーーたーーーがーーしーー機だ!!」


「「「オールマイト!!」」」


 すぐさま、1人足りたないことに気付く生徒達。辺りを見渡した。


「あれ?相澤先生は?」


「ヘイガイズ。私の渾身のギャグを受け流すこと水の如し。私が来た、綿菓子機だ。相澤くんは本当今さっき急用ができてしまってね」


 突っ込んでいた木の棒を抜き出せば、ピンク色の綿菓子が現れる。「どうぞ。名前少女」と差し出されたそれに名前はバクっと齧り付いた。


「んー、美味しい」


「君は相変わらずマイペースだね」


「オールマイトさんは冬休みどうだった?」


「有意義だったとも。後で教えてあげよう」


 世間話もそこそこに生徒達を見やるオールマイト。


「では、今から諸君らの成長を見るよ。敵はアレだ」


 「アレ」と指差された方から大量のロボが現れる。それは入試でも見たものだった。


『去ねヤ人類。俺タチがこの世界のスカイネットだ!!』


「自我に目覚めちゃってるネ」


 審判の日と言わんばかりの勢いでこちらに宣戦布告するロボット達。名前はモキュモキュと綿飴を食べ終わるとその棒をもう一度、オールマイトに突き出した。


「オールマイトー、綿菓子おかわりー」


「材料はまだまだある。任せたまえ!」


 一クラス分用意された砂糖は山のようにあり、数人の生徒達も観戦のお供に完成を待つ。1組目は青山、葉隠、芦戸のトリオだった。


「ネビルセーバー」


 青山のレーザーが剣の形に変形する。


「新技!!いいなァ、ソードだ!!」


 その剣を葉隠が掴み、ぐにょりと後ろへ曲げた。それが背後のロボットを破壊する。


「曲げたァ」


「見ててキモティーなァ」


「光の屈折をグイッと出来ちゃうんです」


 光の屈折を利用することで姿を消す葉隠ならではの技をぽけーと見る生徒達。


『えぇいカカレ審判の日は今日なり!!』


「そんなこと言っちゃ、ターミネイトされるよ」


 名前がそう言った時、控えていた芦戸が跳んだ。


「粘性MAX!アシッドマン」


 芦戸の身体を包むようゼリーが覆い、人型のそれがロボットを溶かす。


『ニンゲン…コワッ…』


 一部が溶け、繊維喪失したロボット達はそう言い残し、動きを止めた。



「こーんな」


「感じでーす」


「素晴らしい!皆拍手だ!芦戸少女たちは具足ヒーローヨロイムシャの下でインターンだったな」


「攻防一体の策が多くてついていくためにコンボや新技を開発しました」


 Vサインでジャブする葉隠の手がお腹を抱える青山の肘にとんと当たる。


「あ」


「とっととトイレ行きな?」


 名前はもきゅもきゅと綿飴を食べながらキラキラを背負う青山を見つめた。


「この調子で各々インターンの経過を見せてくれ!」


 次に尾白&佐藤。


「手数と先読みの力」


 ギャングオルカの元、インターンを行った耳郎&障子。


「索敵強化中!」


 ラーカーズの元で学んだ上鳴&瀬呂&峰田。


「最短効率チームプレイ!」


 ネイティブの元で学んだ飯田。


「物腰」


 ウォッシュの元で学んだ甲田。


「円滑なコミュニケーション」


 ホークス事務所の常闇。


「総合力向上!!」


 ファットガム事務所の切島。


「いかに早く戦意喪失させるかや!」


 リューキュウの元で学んだ麗日&蛙吹。


「決定力!」


 マジェスティックの元で学んだ八百万。


「予測と効率!」


 そして、残る爆豪&轟&緑谷&名前。


「底上げ」


「スピード」


「経験値」


 玉のように一撃での爆破でロボットを破壊する爆豪、断続的な火力の調整と共に機動力を上げ、ロボットを炎で燃やす轟。そして、鞭を使い、ロボットを破壊する緑谷。


「あれ?名前は?」


 クラスメイトがまるで観戦者と同じように3人をじっと見つめたままの名前に目をやった。それに気付いたロボットが迫る。


「?」


 名前はぼんやりとロボットを見つめたまま動こうとしない。


「いつも通りってことか?」


 熱意を持って修行するタイプとは思えない名前。言い方は悪いが、クラスメイト達は何かと問題はありつつも志の高い3人に名前がついて何かするようには思えなかった。


「知らねぇ」


 そう答えたのは爆豪。かくいう爆豪、緑谷、轟も同じことを考えていた。日々は過ごしていたものの、名前の変化には一つも心当たりが無い。克服すべき目立った課題も無く、自分たちの傍で新調した傘を弄りながら飄々と過ごしていた名前を見ている暇など3人にはもちろん無かったのだ。


『愚かなニンゲンよ。諦めタカ』


 BANG


 ロボットに向け、徐に銃を構えた名前が発砲する。銃口から飛び出たのは弾丸では無く、傘の先だった。


「あれ……」


 ロープを引きながら飛び出た先をヒョイっと最前線のロボが避ける。ロボットは『当たらナイ』と言った。


「そう?」


 ブンッ

 
 風を切る音と共に傘を振る。くんっと突然引かれた石突は金属の硬さとゴムの柔軟性を備えたロープを揺らしながら複数のロボットをうちに入れるように外側のロボットに引っかかった。


『審判のトキー!!』


 振り下ろされた腕を避け、ロボット同士の隙間を駆け抜ける。名前の片手は傘を動かし、もう片方の腕は伸びるロープを肘や手に引っ掛けては緩めたり、伸ばしたりと相澤にも似た動きをしていた。そのままロボットの集団を抜けた名前が上に跳び、ロボット達の前でぷらーんと傘を片手に空中で動きを止める。


『ウゴケ…ナイ』


 気付いた時にはロボット達はロープで一つにまとめられ、身動きを封じられていた。


『泣くキモチ…ワカッタ…』


「…新技術」


 ぐんっと腕に巻きつくロープを引く。引き締まったそれは連動し、ロボットの塊はグジャンっと音を立てて潰れた。それに比例するようにロープが伸び、名前の足が地面につく。


 タンッ


 傘が開かれ、インターン先を同じくしていた3人が走り出す。名前は手足の包帯を戻すと、日を避けるために片手をマントの中にしまった。


「チッ!テメェ今のなんだ」


「何って何」


 爆豪の視線が傘を持つ手に向けられる。よく見ればそこにはロープでついたのだろう赤い索痕の跡が見えた。


 イラァ…


 爆豪の額に筋が立つ。


「努力なんざしてませんって顔してたくせによォ!スカしてんじゃねェ!!」


「あの機能、攻撃にも使えたんだな」


「相澤先生のに似てる…!細かい操作もできるの?」


 同じところへ行っていたはずの3人の反応に「君らも知らなかったんだ」とオールマイトが苦笑する。


「んー。あんなに細かいのは無理だよ。コレ、力任せに動かしてるだけだから。空中移動とか、捕獲とかそのぐらいしか出来ない」


「ちゃっかり戦術の幅広げてんじゃねぇ!!!」


 カッ!!と目を釣り上げる爆豪。そんな爆豪に歩み寄った切島が声をかけた。


「おいバクゴーてめー冬を克服したのか」


「するかアホが!圧縮撃ちだ!」


 それを皮切りに他の生徒達も歩み寄る。

 
「轟くんついに速いイケメンになっちゃったねぇ」


「いや…まだエンデヴァーには追いつけねぇ」


 葉隠が轟に言う。そして、合同訓練で同じチームだった峰田が緑谷に声をかけた。


「緑谷使えてんじゃん」


「うん!ご迷惑かけました…!」


「名前、空中戦まで対応できるようなったんか」


 上鳴は続けて「カンゼンムケツー!」と体を大きく後ろにそらし、声を上げた。


「空飛べるわけじゃ無いけどネ」


「おまえらなァ!俺の個性がアレになっちゃうよお前…!」


 瀬呂が緑谷、名前の前でガックリと肩を落とし、項垂れる。緑谷は「そ、そんなことないよ!!」とそれを否定したが、名前は肩にぽんと手を置くとにっこりと笑った。


「薄れてんね」


「存在が!?」

 

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