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―――1週間後、朝!―――
「おはよーどーだい進捗はぁ!!!」
「朝からでけー声出すなぁ!」
朝から元気いっぱいのバーニンに朝から機嫌の悪い爆豪が返す。
「おはようございます。バーニン!」
「どうよ”エンデヴァーさんより早く撃退”。あ!いーやごめんね!!?デリカシーがなかった!!わかってるよ。そんな簡単にいきっこないよね」
朝の体操を兼ねながら元気よく緑谷、爆豪の2人を煽るバーニン。だが、まだ2人足りない。朝イチで轟の姿を見かけたバーニンは「あれ?」と首を傾げた。
「あ、」
後ろを向いた緑谷に釣られるようにエレベーターの方に目をやる。そこには今しがたどこにいるのだろうか、と考えていた轟の姿があった。「もう1人は…」ぐぐぐ、と体を横に倒し、バーニンがその後ろを見る。目を閉じ、夢現の名前ががっくんがっくんと頭を揺らしながら轟に手を引かれ、歩いていた。
「zzz」
「おせぇーぞ!!」
「悪りぃ。名前を布団から引き剥がすのに時間かかっちまった。昨日は惜しかったな。2人とも昨日の感覚を大事にしていこう。今日こそエンデヴァー追い越すぞ。おはようございますバーニン」
「惜しかったのは俺だバァアアアカ!!てめーは足遅ェんだよ、よって俺が上!!!」
騒ぐ2人の声も聞こえていないのか、轟の足が止まった途端、その背中に顔をぶつける名前。だが、それも眠りを起こす材料にはならないのか、そのまま倒れ込んでしまいそうにぐわんぐわんと頭を揺らしている。
「点での放出ってのが慣れねェ」
「ちょっとずつ掴めてきてる気がします」
「つーか起きろや舐め腐り女!!」
Boom!
容赦なく名前の顔面を掴み、文字通り目覚めの一発をお見舞いする爆豪。
「ちょ、かっちゃん!?」
「ブッ」
名前の瞼がゆっくりと上がり、赤い瞳を見せる。寝起きを見るような、そんな無防備な瞳に異性に不慣れな緑谷はすすす、と目を逸らした。
「ん、なに?もう朝??まだ無理」
やだやだ、と駄々をこねるように唸り、轟の背中に光と爆豪から逃げるように顔を寄せる。
「そんなあっさり…目覚ましじゃ無いんだから」
爆破されたことを気にも止めていない名前に緑谷は苦笑いを浮かべながら「凄い…」と呟いた。
「無理じゃねぇ!!起きろっつてんだよ」
「爆豪うるさい。イヤ。寝る」
「駄々こねんなやぁァァ」
もう1発、と手のひらを広げる爆豪。だが、名前の寄せられた眉と不機嫌そうな顔がもう一度背中から現れ、爆豪はアイアンクローの手を止めた。気にしていない素振りは攻撃そのものにであったらしい。「邪魔すんな。次やったらぶっ飛ばす」そんな声が聞こえてくる。
「乗るか?」
「いらない」
背中に乗るか?という轟の申し出を断り、名前はそのままドスンと勢いに乗せ、轟の背中に頭から倒れ込んだ。平均よりも高い背は少しの背伸びで轟の後ろ首の窪みにぴったりとハマり、体勢がしっくりときたところで体から力が抜けていく。
「エンデヴァーさんが来たら起こして……」
絞り出した一言と共に呼吸がゆっくりと長くなる。緑谷は心配の顔で名前を覗き込んだ。
「珍しいね。名前さんがこんなに疲れてるの」
「昨日は夜もついてったみてぇだ」
「僕らも追いつかなくちゃね」
課題も無く、力も体力も技術もある。口に出せるかはさておき、それは他の3人も理解していた。もちろんエンデヴァーも。そのため修行というよりも、さらにヒーローの仕事に近い活動がメインとなっていた。また体質的に昼間よりも夜の方が動きやすいということもあり「苦労なくして成長なし」というエンデヴァーのスパルタ、言いようによっては可愛がりで、名前は毎日では無いものの、昼に加えて夜のパトロールにも同行していた。
「心配だね」
「そんなもんねーわ」
結果、ただでさえ苦手な朝がさらに起きられず、半ば眠ったまま集合する姿が度々見られるようになった。緑谷や轟はそんな名前を心配していたが、そんな中でも気分が乗らなければ急にどこかへと姿を眩まし、しれっと休息を取っていることを知っている爆豪は「ケッ」と苛立ちを吐き捨てた。
「あれ?でもエンデヴァー。昨日は夜、休んでたよね?」
「サイドキックと回ってるらしい」
「な、なるほど」
名前は将来、サイドキックを持たず、1人でやっていくつもりがあるのかもしれん、そう判断したエンデヴァーは、自分のいない日は警察への連絡や事件の後始末など、サイドキックの動きを学ぶ機会を与えていた。本人に勉強しようと言う気があるのかは不明だが。
「名前、来たぞ」
そんな他愛のない会話をしていれば、集合時間が訪れ、エンデヴァーが自室から現れる。
「……」
しぶしぶといった様子で轟の背中から離れた名前は腰に付けていたパイロットゴーグルを取り外し、目元に装着した。レンズに反射し、隠れる目元は瞑っているのか、起きているのかも判別が付かないが、立っているのを見れば少なくとも眠っていないのだろう。4人の元に来たエンデヴァーはちらりと一度名前に目をやると、1日の予定を話し始めた。
「今日は…」
「……以上だ」
ヒーローには飛び込みの任務も多い。そのために1日の流れはそう多くない。エンデヴァーの連絡が終われば少しの隙間時間が生まれる。
「あれ」
その時、なんとなく動かした緑谷の目線が名前のゴーグルに止まった。
「名前さんのそれ…前のと変わってる?」
ゴツいフレームに大きなレンズの付いたなんの変哲もないパイロットゴーグル。いつから変わったのかは分からないが、いつか見たものよりも使い込んでいるような跡が見える。日焼け対策にもなり、野晒しの機体の中でも虫や風に振り回されないそれは、サポートアイテムとは言えないほどに最低限の機能のみの無骨な作りをしていたが、日に弱く、素早い動きをする名前にはぴったりなアイテムといえた。
「……」
緑谷は返事を待つが、名前に動きはない。すると突然、手を振り上げた爆豪が後頭部をスパーンっとはたいた。
「寝てんだろテメェ」
「……え?寝てないけど?」
数秒の間を開けてゴーグルが持ち上がる。現れた名前の目はしょぼしょぼと寝起きのような瞬きを繰り返していた。その上、取り繕う気も無いのか、先ほどの言葉とは反対に「爆豪に起こされた」とぼやいている。爆豪の額に筋が立った。
「アァ??んなしょうもねぇ嘘ついてんじゃねぇよ。じゃあさっき何つってた」
爆豪がエンデヴァーに一度意識を向ける。すると、それに気付いたのか、頷いた名前の顔が横を向いた。
「ヤクザモンの時かなぁ。新調したの。貰い物でネ」
緑谷の方を見て、ゴーグルを指差す。
「あ、そ、そうなんだ」
先ほどの頷きは何だったのか。爆豪は逆立っている髪をさらに尖らせた。
「そっちじゃねぇ!!!エンデヴァーの方だワ!!」
「えー?爆豪聞いてなかったの?今日はアレだよ」
「どれだよ」
「パン屋さんに万引きが出ないか張り込むんだよね」
グゥと名前の腹の虫が鳴く。
「テメェが食いたいだけだろうが!!!」
「お腹すいてきた」
うつらうつらしながらも朝食のバイキングを食べ尽くし、食堂に衝撃を与えた名前の様子を朝イチで見ていたサイドキック、キドウはギョッとした目を向けた。
「あ!そっか、名前さんはエネルギー消費が激しいんだったね」
合点がいったとでも言うようにポンッと手のひらに拳を置いたバーニン。
「そーそー」
制御しきれないパワーの代償が自壊である緑谷にとっては名前のそれは羨望と疑問の対象だった。どこまでの力が出せるのかの全貌が掴めていないため、なんとも言えないが、それでも本来なら彼女も自壊していておかしく無いはずだ。力を制御するためには自身の器を鍛え、それに耐えるための体を作る必要がある。それは例え違う個性だとしても同じはず。
強い力を制御するための力。だが、名前の細い手足にはそのパワーを制御出来る力も、踏み込みに耐えられる骨も無いように思える。
個性把握テスト以降、その話題は超常として捉えられ、言及されることは無かったが、同系統の個性である緑谷にとっては、回復力の強さもパワーも、それの代償がエネルギー消費というだけに止まっているのが不思議でならなかった。
「それだけで済むなんて……不思議だ」
「動けなくなったりもしないしな」
エネルギー消費が激しいとはいえ、動けなくなるようなこともない。代償とは言うが、致命的な弱点にもなり得ないそれは言葉だけのものに思える。緑谷は首を傾げた。
「エンデヴァーさん、パン屋さん寄っていい?」
エンデヴァーの隣に並び、ピタッとくっついた名前が彼を見上げる。エンデヴァーは名前を見下ろした。
「……」
よくよく見れば少し痩せたような気もするような、しないような。エンデヴァーは昨日、名前が夜のパトロールに出ていたことも勿論、知っている。そして、自分も娘がいる身だった。
少しの沈黙が生まれる。
「……5分だ」
「やったー」
「女に甘ぇんか」
「かっちゃん!!!!」
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