夜の兎 | ナノ


▼ 6

 太陽が真上を少し過ぎ、世の中が昼食を楽しむ時間。インターン組もそれは同じであった。だが、昼休憩とは言え、パトロール中のヒーローに悠長にご飯屋さんで食べている暇はない。そんな訳で轟、爆豪、緑谷、エンデヴァーはエンデヴァー行きつけのパン屋でいつくかのパンを買い、ビルの上から街の様子に目を光らせながら食事をとっていた。


「……アイツはよ」


「下にいるぞ」


 爆豪の言う”アイツ”をすぐに理解した轟がビルの下に目をやる。そこにはゲームセンターがあり、子供の集団が店先の格闘ゲーム機に集まっていた。


「っしゃあ!!」


 その輪の中心で白い拳が空に突き上がる。昼食の調達にコンビニでも寄るか、と足を進めたエンデヴァーにサボっていたことなど無かったかのように「パンが食べたい」と言い出し、ちゃっかりそれを叶えたその人物は本当に食べたかったのかと疑問に思うほど、さっさとそれを食べ切り、子供達とゲームに興じていた。


「姉ちゃんパンチングマシンやって!ヒーローなんでしょ」


「んー、良いけど壊しちゃいそうだからなぁ」


「絶対無理だよ!俺のパパでも最高も無理だったのに」


「見てなー」


 吊るされたそれに軽く拳を振る。コンッという音と共に画面の数字が大きさを増し、しばらくするとそこには”MAX“の文字が大きく表示された。


「すげー!」


「ね?」


「何やってんだアイツ」


「住民と仲良くなってる…!」


 堂々とサボる名前を何も言わずに見ているエンデヴァーを爆豪が「なんか言えやァァ」と責める。だが、エンデヴァーは何も言おうとしなかった。正確に言えば、どう言っていいのかわからなかった。


「うむ…」


 サボり癖、守るべき対象の選別。注意すべき点は様々あるが、確実なのは言って聞くような人物ではないということ。そして、それらの行動が全て一貫した行動原理の上にあるように思えること。それに、エンデヴァーは女の子とも女性とも言えない微妙な年齢の年頃の少女の扱いが分からなかった。

 エンデヴァーは古いタイプの人間である。インターンの生徒は名前以外男性のみ。稽古をつけたことがあるのも当然男性のみ。もちろん、サイドキックには女性もいる。ヒーローであるからには性別は関係ないものであるし、それは理解しているが、それでもどのように言っていいのか分からなかったのだ。

 それに名前はそんなエンデヴァーの心情を見透かしているのか、生来のものもあるのか、相手の調子を崩す事が巧かった。距離を詰め、エンデヴァーの警戒を解き、戸惑わせたように。

 注意しようと思った時には甘やかな声で「エンデヴァさん」と呼ばれ、目を細め、「パンが食べたい」と要望を口にし、思い出した頃にはしれっと影のようにすり抜けている。実力が申し分無いのが尚のことタチが悪い。インターンの理由を嘘でも「強くなりたいから」と言わなかったのは、それを理由に責められることを避ける為だったのではないかと勘繰ってしまうほどだ。


「(“アレ”の行動基準は……)」


 それに行動理由は分かりやすいほど自己的だった。注意の目的である”なぜか”を聞く理由を必要としないのである。エンデヴァーはある意味では放任主義である。助言を必要としない者にも助言の必要が無い者にも何かを言うつもりはなく、3人の改善点を順に述べた。


「ショートはどちらも途上。まずは点での放出だ。氷の形状をある程度コントロールできていたな。あのイメージを炎で実践してみろ」


「デク、瞬時の引き上げが出来ている状態。そうだな」


「はい」


「意識せずとも行えるか?」


「えと…フルカウルは…できます。エアフォースはまだ…使う意識が…」


「ならばまずはエアフォースとやらを無意識でできるように”副次的な方”は一旦忘れろ」


「でも…並列に考えるんじゃ…」


「そもそも誰しもが日常的に並列に物事を処理している。無意識下でな」


 エンデヴァーは道路を走る車を指した。


「あくびしながら車の運転をしているあの男、奴も初めから運転できたわけじゃない。ハンドル操作アクセル・ブレーキ、前方・後方の確認、一つ一つ段階を踏みそれらを無意識で行えるように教習されている。まずは無意識下で二つの事をやれるようにそれが終わればまた一つ増やしていく」


「どれ程強く激しい力であろうと、礎となるのは地道な積み重ねだ。例外はいる。しかし、そうでない者は積み重ねるしかない。少なくとも俺はこのやり方しか知らん」
 

「同じ反復でも学校と現場では経験値が全く違ったものになる。学校で培った物をこの最高の環境で体になじませろ。なに、安心して失敗しろ。貴様ら3人如きの成否、このエンデヴァーの仕事に何ら影響することはない!」


 そう言い切ったエンデヴァー。


「あーっ!!」


 その時、下で叫び声がした。3人がピクリと動く。だが、エンデヴァーは動かなかった。なぜなら、そこに危険がない事に気付いていたからである。それを見て、動きを止めるインターン組。そして、4人は下を覗き込んだ。


「隠しコマンドも知らずに挑むなんてネ」


 勝ち誇った顔で子供を見下ろす名前が個性なのか目玉が飛び出して叫ぶ子供に向け、手のひらを伸ばしている。


「負けたーーー!!!」


「ほれ、それ寄越しなー?」


「俺のおやつが!!!」


 勝った報酬だろう。子供が差し出したチップスの袋を豪快に開け、大人気なくも目の前で食べ切る名前の姿が見えている。


「ヒーローがカツアゲしてんな」


「僅かな異音……」


 エンデヴァーは初めに街を知り尽くし、異音を逃さない、と言った。だからこそ、今の悲鳴に危険性がない事が分かったのだ。初めて来た2人も、轟もまだそこまで街を知らないが、それは街を知っているだけでは無いように感じた。


「管轄下の街だけじゃない…」


 ヒーローの仕事は管轄下の街ではない。管轄外の街ではエンデヴァーでも発見が遅れるのだろうか。3人はふと、そんな疑問を抱いた。


「管轄下の街はヒーローにとってのホームグラウンド。だが、管轄外だからと泣き言なんぞは言えん。経験でカバーするしかない」


 全ては経験。それがヒーローの礎である。3人はエンデヴァーの言葉でそれを理解した。学ぶことはまだまだ多い。


「姉ちゃんこれ知ってる?ヒーローガチャ!」


 眼下では子供と名前がしゃがみ込み、ガチャガチャを回している。危険性はひとつもない。昼休憩が終わるまではまだ少し時間がある。特に話すこともない4人は小さな平和を眺めた。


「またこれかぁー」


「交換する?」


「えっ、いいの」


「どっちもあげるよ」


 退屈に飽きたとあれほどインターンを楽しみにしていた割には、当て逃げ犯の追跡に少しも興味を見せず、追うこともしなかった名前が遊びに来ただけのような気楽さで子供達と遊んでいる。事務所で見せたギラつきも、エンデヴァーが見た体育祭での好戦的な面も見えない。


「アイツやる気あんのか?」


 その姿に爆豪は片眉を上げた。


「さ、流石にあるんじゃないかな?」


「昼だからってのもあるんじゃねぇか」


「彼女の課題はムラっ気だな」


 そんな話をされているとはいざ知らず、また別の子供とゲーム対戦を始める名前。


「やべー!負ける!」


「がんばれがんばれ」


「うぉりゃあああ!!」


 一撃に力を込め、子供が声を張り上げた瞬間、名前がピタリと動きを止めた。そして、画面にはLoseの文字が現れる。名前は負けたにも関わらずあっけらかんと笑った。


「やったー!!」


「ありゃ、負けちゃった」


 わざとか?そう4人が思った時、スクっと立ち上がった名前がマントを翻し、突然、店を後にした。


「どこ行くんだアイツ」


 マントの中から包帯に包まれた腕が伸び、首元のチョーカーのボタンに触れる。そして、シュルシュルと顔に包帯が巻かれ、傘が腰のホルダーに戻された。それと同時にもう片方の腕を出し、地面に両手を付く姿勢を取る。まるで、クラウチングスタートのような体勢だった。そして、次の瞬間、ボンッと爆発音のような音が上がった。


「準備しろ」


 遅れて聞こえる微かな悲鳴。それを聞き取ったエンデヴァーがすぐさま走り出す。3人もその後を追った。空中を進むこと数分。その視線の随分と先には名前の姿があり、その先には大きく上がる二つの個性があった。


「喧嘩だ!」


 周囲の人物がそう騒ぐ。どちらの個性かあたりには強い風が巻き起こり、周囲の車が少しずつ浮き始めていた。このままでは街が危険だ。そう考え、エンデヴァーがさらに速度を上げる。だが、その瞬間、一足先に到着した名前の蹴りがその人物の顔面に入った。


「けんかりょーせーばい」


「は」


 起こる轟音。そして、目の前の人物と入れ替わるように名前が現れ、もう一方も個性を発動したまま驚きに手を止める。名前は地面に降り立つよりも前に空中で体勢を変えると、固まるもう一方に蹴りを放った。2人の体は仲良く道路の向こうに吹き飛び、残った個性もすぐさま無力化される。それは一件落着の合図だった。


「今、アイツ何に気づいて動いたんだ」


 自然と足を止めた4人。轟がそう呟いた。エンデヴァーは異音を逃さない。つまり異音で敵の出現を察知した。索敵の個性じゃない限り普通はそうだ。だが、どう見てもさっきの名前はそれよりも早かった。彼女に索敵の個性はない筈なのに。緑谷、爆豪、轟に疑問が浮かぶ。エンデヴァーはじっ、と名前を見つめると、「さっき例外もいると言ったな」と言った。


「アレは勘に近いものだろう。それよりも確実性は高いものだろうが。肌で感じる、環境や経験次第ではそういうのに敏感になるヤツもいる。ヒーローには時折そういう瞬間があるが、それも経験があるからに他ならない。それに随時できるものでもない。ある種の才能だ。真似する必要はない」


 野生動物にも近い感覚。エンデヴァーは何かしらの英才教育でも受けたのだろう、と考えた。


「彼女の出自は一般家庭か?」


「一応…」


 一度、死んでいることを知っている3人は何度か目にしていてもどこか半信半疑なそれをしっかり目の当たりにし、見たこともない前世の豊富な経験の存在を感じ取った。当て逃げ犯や交通事故で先回りできない理由もきっとそこにある。逃げる敵に興味が持てないなどの趣向の問題もあれど、それ以前に争いの匂いにしか鼻が効かないのだろう。


「マジで人間味が消えてくなアイツ。動物か」


「いつでも分かるわけじゃないみたいだけどね…」


「所詮、勘だからだろ」


「十分、強みだけどな」


「戦闘特化って感じだよね。逆に救助とかは苦手みたいだけど」


 救助は苦手だが、鼻は効く。それをヒーローとしての強みと捉えるか、ただの喧嘩好きと捉えるか。敵にならないだけマシだが、本人に強い向上心も無く、あまりヒーローへの熱意も感じられない。


「課題はそれぞれ、だな」


 エンデヴァーは足を進めながら、そう言った。
 

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