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到着早々、制服のまま街中を疾走した一行。全員が顔見知りであるため特に問題はなかったが、本来であれば自己紹介ぐらいはしておくようなタイミングであること、コスチュームにすら着替えていない、とのことで少し狂いはしたものの、その後は予定通り、エンデヴァーの事務所へ向かうこととなった。
「相変わらずおっきいよねぇ」
駅近の一等地に立つガラス張りの大きなビル。何度か訪れたことのある場所とはいえ、やはりNo. 1の事務所なだけあると納得してしまうほどの立派な建物にはいつも感心してしまう。一体ヒーローの給料はどのぐらいなのだろうか。
救う対価は昨今のヒーローの話題でもあるが、大目に見ても聖人君主などでは無い自分は無償のヒーロー活動で身を粉にして働こうとは思わないし、称賛を糧に生きていけるような効率の良い体も持っていない。お金が特別好きな訳では無いが、自身の欲を叶えるものとして、最も手軽なものという認識もある。つまり、お金があればおまんま食べ放題、好きな物買い放題、というわけである。
俗世に疎く、戦えればOKという印象を持たれがちな名前だが、そもそもが悪党の出だ。もしも金が嫌いならそんなことはしていないだろう。金払いと仕事次第。納得できるなら悪だろうが正義だろうがなるという程度には金に対する興味を持っており、ヒーローの財布事情はなかなかどうして興味を掻き立てられる事だった。
「名前?何してんだ?」
そんな邪な考えをしているとは露ほども思っていないだろう轟が足を止めた名前を振り返る。少し浮世離れした彼をいつか「しょーちゃんに似てるなぁ」なんて時の将軍に例えて呼んだことがあったが、それはあながち間違いでもない。名前はなんでもないと首を横に振ると4人の後に続き、事務所に向かって足を進めた。
「ようこそエンデヴァー事務所へ!」
「「「俺ら炎のサイドキッカーズ!」」」
早々に自室へと引っ込んだエンデヴァーに変わり、バーニンに続き、サイドキックが歓迎の声を上げた。
「インターンの子達来たって!」
その歓迎の声はデスク周りで仕事中のサイドキック達にも届き、作業の手を止め、一瞬名前達へと視線が集まる。体育祭上位3名、そしてエンデヴァーに啖呵を切った緑谷、何かと話題の多いメンバーがインターンに来たとのことで、エンデヴァー事務所は謎の緊張感とわくわく感に包まれていた。
「今日から早速、我々と同じように働いてもらうわけだけど!!見ての通りここ大手!!サイドキックは30人以上!!つまァりあんたらの活躍する場は!!なァアい!!」
「面白え、プロのお株を奪えってことか」
サイドキック、炎の髪を持つバーニンの発破に爆豪がニヤリと笑った。
「そゆこと!ショートくんも!息子さんだからって忖度はしないから!!せいぜいくらいついてきな!!」
燃えた髪が感情と共に揺らめき、熱された空気が広がる。
「暑苦しぃーー」
「歯に物着せて!名前さん!!」
名前がヒャー、と前に両手で壁を作り、熱波に押されたように轟の方へと体を倒した。それにバーニンは気を悪くすることもなく、「名前さんも相変わらずだね!」とニカっと笑った。バーニンとは職場体験の際、同性ということもあり、何かと世話になった間柄なのである。
「活気に満ち溢れてる…!」
奥に広がるデスクへと目を向けた緑谷。先ほど、インターン組に集まった視線などものの数秒で消え失せ、休むことなく、ヒーロー活動に従事しているサイドキック達の姿がそこにあった。
「基本的にはパトロールと待機で回してます!緊急要請や警護依頼、イベントオファーなど1日100件以上の依頼を我々は捌いてる!」
頭を包帯で覆ったサイドキック、キドウが言う。
「それじゃあ早く仕事に取り掛かりましょうや。あのヘラ鳥に手柄ブン奪られてイラついてんだ」
「ヘラ鳥ってホークス!?」
爆豪の不躾な言葉に驚愕する緑谷。名前も緑谷とは違う意味で驚いたような顔をした。
「爆豪って敬語使えたんだ」
「アァ!?テメェに言われたくねーわ!!」
「威勢は認める。エンデヴァーの指示を待ってな!」
「100件以上捌くんだろ、何してんだよ」
「かっちゃんもうやめてヤバイ」
「ハッハッハッハッいい加減にしろよおまえ!」
バーニンに普通に怒られた爆豪を見て名前が吹き出す。すると、更に怒った爆豪が「テメェからやるぞ」とメンチを切った。
「いつでもどーぞ」
伏せていた顔を上げ、笑いの余韻を残しながら名前が言う。爆豪の顔を下から見上げるその顔はまるで戦闘中のようだった。いつからだったのか、かっぴらいた目の中にある瞳孔は開いており、ギラついている。その対象は爆豪ではない。だが、爆豪と同じ相手であった。ただし、ライバル心などではなく、ただ本能が欲しているから。
爆豪はその目を見た瞬間、もしも自分が名前と同じ意図を持っていたなら真っ先に潰されていたのは自分だっただろう、とすぐさま理解した。口には絶対に出さないが。
「俺は敵じゃねぇぞ」
「”理解してるよ”」
わかってるよ、そうにこやかに答える名前とそれとは反した漂う雰囲気に頭にハテナを浮かべながらキョロキョロと3人を見回すバーニン。
「はわわわ」
「前来た時よりギラついてるねー!名前さん!」
そして、からっと笑うと極寒の地で燃える炎のようにその雰囲気を溶かした。
「エンデヴァーさんのかっこよさ、知っちゃったからさー」
バーニンに笑顔を向ける名前に先ほどのギラつきは見られない。緑谷はホッとした。
「ハハッ!そんな感じには見えないけどー?あ、あとあの人既婚だから手出しちゃダメよ!」
「………」
否定もせず、ただ目を細めて微笑む名前。あれ、その場にいた全員の中に別の疑惑が生まれた。
「なんか言って名前さん!」
「ハハハ」と笑う名前を「ダメだよ!ホントに!」と緑谷が肩を揺らす。
「まー、しかしショートくんと名前さんだけの予定だったし、たぶん、2人は私たちと行動って感じね!」
爆豪、緑谷を指すバーニン。
「No. 1の仕事を直接見れるっつーから来たんだが!」
憤慨する爆豪を緑谷が「見れるよ、落ち着いてかっちゃん!」と宥める。
「でも思ってたのと違うよな。俺から言ってみる」
「轟やさしーねー。………ほっときゃいいのに」
ぼそり。すぐさま爆豪が吠えた。
「黙ってろ性悪!!!」
事件が多そう、という理由のみの参加である名前にとって、No.1の仕事という部分はそれほどそそられる事では無い。むしろヤキモキしている爆豪を見ている方が面白そう。そんな気持ちである。すると事務所最奥の扉が開き、エンデヴァーが現れた。
「ショート、デク、バクゴー、ヤト。4人は俺が見る」
こうして4人の本格的なインターンが始まった。
───────────
場所は変わってトレーニングルームへ。
「俺がお前たちを育ててやる。だがその前に貴様ら2人のことを教えろ。今、貴様らが抱えている”課題“、出来るようになりたいことを言え」
コスチュームに着替え、前に並ぶ。エンデヴァーは「知らん」と緑谷、爆豪を指した。
「力をコントロールして最大のパフォーマンスで動けるようにしたいです」
「自壊するほどの超パワー…だったな」
「はい。壊れないよう─────」
暇だ。
「……」
話し始めるエンデヴァーと緑谷。すぐには終わりそうに無い。飽きが来た名前は横並びのインターン生の列からふらふらと抜け出すと、怪訝な顔をするエンデヴァーの視線を背中に、誰かのしまい忘れだろう床のバーベルをごろりと傘で押した。
「(まぁ……いい)」
エンデヴァーは視線を緑谷に戻した。本来ならば、なんて態度だと叱りつけるところだが、この少女のそれはただの性分だと知っている。舐めているというわけでは無いが、爆豪のように最低限取り繕う気も無い。気持ちがいいほどにさっぱりとした……自己中心的な性格。エンデヴァーは言ったところで意味は無いだろう、と考えた。
「(止めろやァァ)」
「(暇そうだな…)」
爆豪、轟も名前を見る。
「……」
すると、名前はなんてこと無いように片手でバーベルの端を持ち上げた。そして、それをバトンのように手首を解すよう回し始める。
ぐるぐるぐるぐるブンッブンッブンッ
「抜けねぇようにしろよそれ」
危なっかしい…。ただの暇つぶし。添えただけのような手で回す名前に全員が思っていたことを轟が言う。なんせ、それはどう見ても100キロは有に超えているのだ。手からすっぽ抜けるなどあっては大惨事になる。名前は「んー」と聞いているのか聞いていないのかも分からないほどの気の抜けた返事をした。
「よっ」
あろうことか突然、それをぽーんと上に投げた。そして、端を手のひらで受け止め、バランスを取るオモチャのようふらふらと体を揺らす。
「床抜けるからマジで落とさないでね!!」
「んー」
またも同じ返事。名前がゆらゆら動くたびにサイドキック達はハラハラとした。緑谷お得意のぶつぶつが余計に耳に入ってこない。
「――どうにかしてそれらを平行処理しながら動けるようにトレーニングはしているんですがなかなかうまくいかなくて…」
「長くて何言ってんのかわかんない!」
「自分の分析か」
「あああああウゼー!」
楽しくなってきた名前が付近の会話を他所に、縦に伸びたバーベルの上にさらに拾ったダンベルを投げ置く。
「待って待って頼むからー!!」
キドウや他のサイドキックがハラハラするのを他所に「ほいっ」と軽い調子でもう一つ、二つと乗せていく。バーベルのウェイトプレートの上で三つのダンベルが小さなピラミッドを作った。
「つまり…活動中、常に綱渡りの調整が出来るようになりたいと」
あの長い説明を完璧に要約したエンデヴァー。なんとなくではあるが軽く内容を聞いていた名前はそれにくすくす笑った。それと同時に曲芸状態のそれが揺れる。
「あーーー!!!」
「揺れてる!揺れてる!」
揺れに合わせてサイドキックが揺れる。
「難儀な”個性”を抱えたな。君もこちら側の人間だったか…次、貴様は」
次に話を振られたのは爆豪。
「逆に何が出来ねーのか俺は知りに来た」
「ナマ言ってらー!!」
体をのけ反り、笑うバーニン。
「ふはっ」
「笑ってんじゃねぇぞクソ怪力女!!つーか、うるせーなさっきからてめー、何でいんだよ」
「私いま待機」
バーニンと爆豪のお笑いのような掛け合いに更に名前の手が揺れる。
「あああああっ!名前ちゃん!!!ストップストップ!」
サイドキック達はヒーロー名で呼ぶ事も忘れ、名前を止めようとする。だが、当の本人は大丈夫大丈夫と呑気そうに言い、「あ、それとって」と静止も聞かずに新しいダンベルを求めた。
「本心だクソが。”爆破”はやりてェと思った事何でもできる!一つしか持ってなくても1番強くなれる。それにもうただ強ェだけじゃ強ェ奴にはなれねーってことも知った。No.1を超える為に足りねーもん見つけに来た」
一皮どころか何皮も知らないうちに剥けていた爆豪。名前は驚いたように振り向いた。
「あーーー!!!」
落ちそうになるその塔にサイドキックが手を伸ばす。名前は背中のそれも気にせずに、ご馳走でも見るかのようにぺろりと唇を舐めた。
「将来が楽しみだなァ」
そしてそう呟いた。
「いいだろう。では早速…」
「俺も、いいか」
呼び止めたのは轟。エンデヴァーがグルンっと振り向いた。
「ショートは赫灼の習得だろう」
「ガキの頃、お前に叩き込まれた”個性”の使い方を右側で実践してきた。振り返ってみればしょうもねェ…おまえへの嫌がらせで頭がいっぱいだった。雄英に入ってこいつらと…皆と過ごして競う中で…目が覚めた。エンデヴァー、結局、俺はおまえの思い通りに動いてる。けど覚えとけ、俺が憧れたのは…お母さんと2人で観たテレビの中のあの人だ」
「俺はヒーローのヒヨッ子としてヒーローに足る人間になる為に俺の意思でここに来た。俺がお前を利用しに来たんだ。都合良くてわりィなNo. 1。友だちの前でああいう親子面はやめてくれ」
「……」
「……」
「ああ。…君は、何かあるか」
課題の報告ではなく、もはや意気込みである。3人が言ったなら最後の1人もついでにという事だろう。全員の視線が名前に向いた。
「私?」
首を傾げる。
「んーー、出来るようになりたいこと……」
考え込む名前は持っていたバーベルを上にぐんっと放った。
「うーーん」
「あーーーー!!!!!」
落ちてくる3つのダンベルを右手、左手に一つずつ、そして最後の一つを左足首に乗せて、最後に落ちてきたバーベルを体を前傾に首後ろで受け止める。
「お、おおーーー!!」
感嘆の声を上げたサイドキックに、ダンベルを床に下ろしてから曲芸師よろしく軽く頭を下げた名前。そして顔を上げるとバーベルを手に戻し、重りを繋げる鉄部分にグッと力を込めた。途端、メキメキと音を立てて、鉄は形を変える。
「無い。私、もう強いもん」
エンデヴァー、爆豪、緑谷、轟はその答えに目を見開いた。
「皆んなと違って個性に伸びしろなんてないし、今の私が出来る事で、まだ習得してないことはもう無いヨ。それ以外なら、話は変わってくるかもだけど」
名前は何百、何千、と戦い、勝ち続けた歴戦の夜兎だ。その血は濃く自身の体に流れており、闘争本能も戦闘センスも同族と比べても一線を画している。でなければ女が自身を突き通したまま生きることは難しかっただろう。つまり、何が言いたいかといえば、成長途中の子供とはわけが違う、ということだ。
弱みがあればとっくに死んでるのだから、今更、出来るようになりたい事なんて無い。勿論、自分も体は成長期なわけで、それに加え、元々人間だっただろう体は自身の力を完全には受け止めきれていない。だが、驕りではなくこの時点で何かを得る必要性は感じていなかった。
「伸び代がない。どんな個性だそれは」
「そのまんま」
「君は何のためにここに来た」
「退屈だったの」
「なら安心しろ。退屈なんてさせん」
ニッと笑った名前はバーベルを床に捨てると、エンデヴァーのもとへと二、三歩スキップするかのように駆け寄り、腕に自分のを絡めた。
「ふふ、だからここ選んだんじゃん」
「名前ちゃん!エンデヴァーが通報されるから離れぇ!!!」
「ぶはっ、それも面白いかもね」
「いや、それは勘弁してくれ」
轟に引き剥がされた名前だったが、その顔は至極、楽しそうだった。
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